Part 14-1 Rubicon River ルビコン川

NDC HQ Bld. Chelsea Manhattan, NYC 18:35 午後6:35 ニューヨーク市 マンハッタン チェルシー NDC本社ビル  ガンルームにマリーとルナの二人が戻ると皆の視線が彼女らに集まった。そうしてガラス壁の傍に座るパティが真っ先にマリーへ声をかけた。 「チーフ、サロームが再び市内に入って来ました。まだNSAと海兵隊リーコンズは彼を追っています。それとちょっと問題が」  パティに言われもうこれ以上の問題は止めて欲しいとマリーは一瞬思って尋ねた。 「何?」 「サロームがひどく困惑してます。昼にわたしが深く関わったから、自分達は“魔女”に追われていると──」 「“関わった?”、“魔女?”パティ、あなたイズゥ・アル・サロームに何か話し掛けたの?」  チーフに問われ少女は頭《かぶり》振った。 「捜査官を撃ち殺そうとしたから──レベル8で|憑依《ポゼッションニング》したの」  パティはすまなそうに小さな声で返答した。 「パトリシア、なぜその時点で報告しなかったの!?」  遅れて入って来たフローラがぎりぎりでそれを耳にしパティを厳しく問うた。それをマリーは片手を上げて制し少女に弁明の機会を与えた。 「だってヘラルドに憑依はいけないって止められてたから」  この娘は人の脳に直接語り掛けたり、聞きとったり覗いたりするだけでなく人を操れるんだとマリーは考え、おそらく人を思い通りに扱う事でパティが傲慢《ごうまん》な考えを持ったりしないようヘラルドは制約を掛けているのだろうと思った。  だが事は緊急性を要する。テロリスト四人に憑依《ひょうい》させ出頭させる事だって出来るではないかと思い彼女が少女にその事を問い掛けようとすると先にパティは激しく頭《かぶり》振った。  嫌!──チーフ。あれをやるとわたしに染み込んで来るから!  少女の激しい拒絶が意識に流れ込んで来てマリーは一瞬吐き気を覚えるほどの目眩を感じた。憑依《ひょうい》すると相手の事を深く受け入れてしまうんだ。そこにおぞましいものをはっきりと感じてマリーは素早くテロリストらを出頭させる事を諦めた。 「他の三人は?」  マリーに聞かれパティはわずかに眼を細めると数秒で答えた。 「三人とも地名をよく理解してませんが、ハッケツタウンにいます。こちらを目指してハイウェイを煉瓦色《れんがいろ》のピックアップトラックで走ってます」  ハッケツタウンといえばニューヨークから北西へ六十マイル(:約96.5㎞)ほどしか離れていない街だとマリーは気がつき、理由は分からなかったがテロリストらが大きく迂回して北部からマンハッタンへ来ようとしているのだとルナの知識から道路地図を意識に呼び起こしルートを想定した。  もうあまり時間はない。そう考えマリーは座っている皆の前で腕組みをするとわずかな間考え込んだ。パティとアリス、それに唯一のパイロット・ビッキー・ウェンズディを除き残り二十八名。四人のテロリストに対応しようとすると基本──|ワン・セル《一班》六、七名。その六、七名の内スナイパーとスポッター(:狙撃手助手。観測手)が各セル一組ずつ。  残るが襲撃手四、五名。どのセルかを削り、全地域へ差し向ける予備スナイパーを一組二名。これで四人の各テロリストに対応して指揮する私を入れ二十九名全員を使いきるのだが──いいや、不測の事態に備え予備の行動セルが必要だわ。  STARS本来の班割りは不均等になっている。第1セルから第6セルの内、第3セルがオールマイティーな二名、元SAS少佐のケイス・バーンステインとアン・プリストリだけの為二名。二名から六名の不規則な班割りになっていた。サロームを執拗に追って来ているNSA(:国家安全保障局)の捜査官や海兵隊リーコンズ(:海兵隊武装偵察部隊)も|撹乱《かくらん》しなければならない。  それをケイスとアンの二人だけに任せる事は可能か? そうすれば残った各セルのスナイパーとスポッターを襲撃手に回しより確実に四人のテロリストらからリモートコントロールのモバイルフォンを確保出来る。  第6セルのレイカ・アズマとハント・ストールだけに狙撃コンビをやらせる事は可能かしら?  そうマリーが考えた瞬間、二人のスナイパーの様々な能力と武装や経歴が頭に浮かび上がった。  レイカは狙撃銃メーカーの大手アキュラシー・インター・ナショナル社のデモンストレーターをしていた元社員だった。彼女が使う狙撃銃の一つに特殊なものがあった。  高エネルギー狙撃銃──ビーム・ライフル!? とマリーは驚いた。NDCは可変口径式のエネルギー・ライフルを開発し彼女に貸与《たいよ》している!  それなら幾つものビルをも貫通出来る。  パティとアリッサのもたらす高次元な情報を元に突出した技術を持つ彼女なら数百棟のビルを貫通しマンハッタン中を狙撃出来る。  ハントは通常レイカのスポッターを務めていたが、彼もとんでもない技量の持ち主だった。海兵隊でスカウト・スナイパーをしていた彼は湾岸戦争時に敵スナイパーや将校を数十人倒していて中には1.4マイル(:約2.3㎞)の距離から.50(:2.54x50/100㎝)x99mm口径弾を命中させていた。狙撃の必要性が出たならこの二人に任せよう。 「いいかしら、皆? テロリスト達四人に4つのセル──第1、2、4、5を差し向けます。第6は不測の事態に予備とし待機し事があれば向かわせます」  言いながらマリーは自分が納得しようとした。これ以上迷っても仕方無い。マリーはルナへ顔を向けるとさらに指示を出した。 「ルナ、マンハッタン全てのビルの階数と名称が判るマップを用意して。それと先ほどのJFK、バーニア航空1920発LAX行きに爆発物が仕掛けられている件、空港管理局に匿名でその旨を通達。それからアリス、あなた航空機に仕掛けられた爆発物を探して。犠牲者を出したくないから」  少女が金色にも見える瞳を耀かせハイと勢い良く返事をした傍らでサブチーフはマリーに頷《うなず》くと出入口まで急ぎ足で歩き、近くの情報職員に指示を与えだした。その間にマリーは座っている兵士達の中の二人に命じた。 「レイカ、ハント、あなた達二人は狙撃手として国連ビルの屋上から狙撃に備え待機。使用火器は二人ともハイパワー・ビーム・ライフル。狙撃距離は二マイル(:約3.2㎞)を越える可能性があるけれどマン・ターゲットを確実に射ち抜けるの?」  チーフの質問に兵士達の後方に座る唯一の日本人が即答した。マリーがよく見ると切れ長の漆黒の瞳で黒い長髪の静かな美しさを秘めている女性だった。 「問題ないわ。それ以上の距離で上昇中の旅客機にいるテロリストの頭部を狙撃した事があるから」  マリーはその発言に驚いたが直ぐに条件を与えた。 「何度も言うけれど、殺してはダメ。恐らくは歩くか、最悪駆けて移動する人物の手のひらを狙っての狙撃です」 「やれ、と言われれば指一本でも」  またもやレイカは即答した。彼女のその自信にマリーは瞠目《どうもく》した。数年かけて数万に近い実弾を使い六百ヤード(:約548m)でなんとか一インチ(:約2.54㎝)の標的を撃ち抜ける様になった私と天地ほどの差がある。その技術と自信の片鱗さえ理解できない。マリーがそう考えた矢先にレイカの隣に座る金髪のショートカットの男が片手を上げて発言を求めた。 「チーフ、いいですか?」 「何? ハント」 「俺も同じ武装でよろしいんですか?」 「ええ、ビル越しにスポッティングは不可能だから、それはパティとアリスに依存します。あなたもビーム・ライフルを用意して」  マリーは頷《うなず》き、第6セルの代わりのサブ・リーダーを誰にするか見回した。 「キャロル、貴女を第6セルの暫定《ざんてい》リーダーにします。レイカとハントの抜けた残り三人であなたが指揮しロックフェラー・センター・ビル屋上に待機しつつテロリストに対応した四つのセルの内、問題が発生したセルの援護に向かいます」  マリーの決定にブロンドの髪をまとめアップにしているキャロル・コールが了解と短い返事をし人差し指と中指を立てた右手を上げ了承した。  直後、出入口に立ってマリーの采配を眺めていたルナは一人の職員に声を掛けられ振り向いた。彼女は声を掛けた男性職員から筒状に巻かれた地図を受け取ると室内のホワイトボードへ向かい急ぎ足で歩きボードへ磁石でそれの四隅を張り付けマリーに声を掛けた。 「チーフ、用意が出来ました」  マリーが振り向くとそれはセントラルパーク外縁南部がわずか上に掛かる新聞全紙ニ紙分ほどの大きな俯瞰図《ふかんず》だった。縦横に渡る道路に囲まれて様々な大きさのビルがびっしりと印刷されている。各ビルには名称と最上階が表示され一部数十棟のビルは赤で塗り分けられていた。  マリーはその赤く塗られたビルが何なのか直ぐに気が付いた。すべて五十階以上の建物だった。ルナが地図を用意させた際にその様に気配りしてくれたのだとマリーは目尻を下げた。でも全員で地図を覗き込むには小さ過ぎる。マリーはパティとアリスの方へ振り向くと少女達に尋ねた。 「二人で全員にマップを見せる事は出来るの?」  二人が声を揃えて出来ますと答えたのでマリーは少女達を地図の前に呼び寄せ座っている兵士達へ背を向けたまま布陣説明を始めた。 「テロリストらは目立って高いビルを目指しています。彼らそれぞれを迅速に制圧する為にPFU(:個人飛翔装備)で移動するには上昇するよりも降下する方が短時間で移動できます。したがって五つのセルを市内中心と東西南北の最も高いビルに配置します。それではまず第1セル──」  マリーは手際よく五つの班を五ヶ所に振り分け始めた。だが分け終わる前にアリスがボードの前で大きな声で叫んだ。 「みっつけた~!」  マリーは中断しアリスの肩に手を掛け振り向かせた。 「どうしたの、アリッサ?」 「へへ~ん、旅客機の貨物室に木で梱包された陶器《とうき》の置物の中で小さな赤いデジタル数字が点滅してるの」  この娘は全員に地図のイメージを送り出しながら旅客機の中を探していたの? いいや、地図を皆に見せていたのはパティが──すかさずマリーが事態対処に指示を出そうとするよりも早く出入口で外へ振り向いたルナが大きな声で傍の職員へ命じ始めていた。マリーはその背中を見つめ微笑み、これで無駄に命が失われずにすむのだと安堵を感じた。 「チーフ、第5セルは?」  リーダーのマリオン・ルーフに尋ねられマリーは我にかえるとホワイトボードへ振り向き彼らの待機するビルを即決した。 「あなた達第5セルはロウアー・マンハッタンのウール・ワース・ビル」  マリーが指示した直後、アンが挙手せずに尋ねた。 「チーフ、第3セルは?」  マリーは真剣な眼差しで振り向くとアンへ説明した。 「あなた逹第3セルの二人はサロームだけを執拗に追いかけているNSAの捜査官達とリーコンズ達を可能な限り撹乱してもらいます」 「派手にィ?」  アンの明るい問いには何かしらの欲情が溢《あふ》れていた。 「ええ、出来るだけ派手に。ただし、重体者、死者を出してはいけません」 「任せなァ、チーフぅ」  そう言ったアンは薄ら笑いを浮かべながら首を回して脛椎《けいつい》を鳴らした。なまじっか美しいだけにどこまでも血生臭さが異様な女だとマリーは思った。だがケイスと二人だけで大勢を撹乱《かくらん》しなければならない。  それもプロフェッショナル達ばかりを相手に──贅沢は言えなかった。  この二人を私が支援する事にしよう。同時に一人のテロリストからリモートコントローラーを奪い取らなければならない。やるしかないとマリーはルビコン川を渡る覚悟(:重大な決意をして物事を始める意味)を決めて一同を見回した。全員の瞳が輝いていた。その意欲に見合う言葉をと押し殺した様に彼女は言い放った。 "All need to be to everybody in this room is a fixed point.(:あなた達全員に揺るぎなき信念が必要とされます) "All I need is your compliance and your fighting skills."(:私が望むのは忠誠心と戦闘能力) "The last woman and man standing !"(:闘い抜いて勝ちなさい!)  マリーが言い終わりルナが両掌を高らかに叩き合わせ声を張り上げた。 "Now,given command! Let's load up !"(:さあ、指令が下された! 出動!)  マリーの目の前で彼女の私設部隊兵が一斉に立ち上がった。

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