ヨゾラとひとつの空ゆけば | ふたつめ。河と火薬のエレスク・ルー
帆多 丁

第33歩: 自分の火葬

 ドゥトーが魔力を吸いこんだ。尾の切れたラガルトがその肩に張り付いている  杖を両手で持って体を支えるようにし、自分と同じ姿の遠隔身体《コッポヘモート》に向かって、寂しげな視線を送っている。 「おいでませい、火トカゲたち」  厳かな声色でそう言うと、とん、と軽く杖をならした。その先から輝く赤銅色のさざ波がたった。  さざ波が盛り上がって、遠隔身体《コッポヘモート》を取り込んでいく。 「ツェツェカフカさん、火! 火が!」  部下の警邏《けいら》が慌てるのを、警邏長が押しとどめる。  さざ波に見えたのは、トカゲだ。  明るく赤銅色に輝くトカゲだ。  杖の先が巣穴であるかのように、火トカゲたちが無数に這い出ては遠隔身体《コッポヘモート》と床の血糊の上を走り回っていた。  火トカゲの走った跡が、みるみるうちに灰になっていく。それを何度も繰り返して、人型だった物がどんどんと縮んでいく。所々で上がろうとする炎の芽を、トカゲはすかさず飲み込んで行く。  アルルはじっとその光景を見ていた。遠隔身体《コッポヘモート》は自らの「作品」なのだとドゥトーは言っていた。  魔法の完成にどれぐらいの試行錯誤が費やされたのかアルルにはわからない。しかし、何かのついででは作れない事は確かだ。時間を費やして、もしかしたら途中で投げ出して、またやり直して。  胸が痛んだ。  そうやってつくった物を自らの手で燃やしているのか。  正確に、寸分の漏れなく。  何もかも焼き尽くすような暴力的な炎ではなく、壊れてしまった自分の分身と、そこから零れた血糊だけを灰に還《かえ》していく。  徹底的だ、とアルルは思う。  これが、ヴィリェルム・"ドゥトー" = ツェツェカフカの魔法か。  ドゥトーの形をしたものは、十《とお》数える間に灰の塊になり、無数のトカゲたちは出てきた時とは逆に、杖の先端へと吸い込まれるように帰って行く。 「自分を火葬にする日が来るとも思わなんだよ」  深く、吐息とともにドゥトーは呟き、アルルを振り返った。 「やれ、やれだ。この灰を集めて仕舞っておきたいのだが、手伝ってくれんかね?」 「……」 「アルル君?」 「えっ? あ、はい。わかりました。魔法《フィジコ》を使いますが、いいですか?」 「地味だの」 「昨日そう言ったじゃないですか」  ヨゾラからしてみれば、灰の塊が宙を浮いて皮袋に収まっていく様子は充分面白かった。が、ドゥトーには物足りなかったらしい。  床は灰で多少汚れていたが、それだけだった。遠隔身体《コッポヘモート》と、その血だけを燃やしたんだ、とアルルが教えてくれた。 「さて警邏さんがた。お待たせしたが、そろそろ行くとしよう」  灰の袋を左の部屋にしまってドゥトーが戻ってくる。すでにフエルトの真っ青なローブを着込んでいた。 「どこ行くの?」  とヨゾラは問いかけた。 「猫が……!」  と言いかけた部下を警邏長がまた押しとどめる。 「儂の家に入った泥棒を捕まえに行くのだよ」 「ふーん」  泥棒は捕まえるものだ、というのはヨゾラもわかる。追いかけたことも、追いかけられた事もある。 「せっかく来てもらったのにすまないが、今日は嬢ちゃんと話す時間はなさそうだ。一番橋ちかくの旧市街を、散歩でもしておいで」  ちょっと肩をすくめたドゥトーに声をかけたのはアルルだった。 「俺も行きます」 「いやいやいや、気持ちはうれしいが君には関係の無いことだぞ?」   驚きと多少の拒絶を込めてドゥトーが返す。 「確かに俺は余所者ですけど『じゃあこれで』ってわけには行かないですよ。それに」  アルルは杖を拾い、しゃがんで鞄の背負い紐に手を通す。顔が低くなって、ヨゾラとちょっと目があった。 「もう関わってしまいましたからね」  ぐっと力をこめて立ち上がるアルルは、高く伸び上がっていくようにヨゾラの目に映る。その靴の革をぽふっと叩く。  見下ろしてきた所にヨゾラは言った。 「乗せろよー」 「自分で歩けよな」  ちょっと呆れているような口調だった。  なんだ。とヨゾラは思う。  《《やだ》》って言えるんじゃないか。

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