Part 4-4 Detonation stop code 起爆停止コード

D.C. 09:35 Nov.22th. 11月22日 午前9:35 ワシントン  カフマン本部長の運転する黒のダッジ・デュランゴの助手席にサンドラ・クレンシーは静かに座りカフマンに話しかけてこなかった。  本部長はホワイトハウスへハンドルを向けながら事の重大さに若い長官代理が畏縮《いしゅく》していると思った。だがサンドラがモバイルフォンを操作し始めたのをカフマンは横目で見て耳に意識を振り向けた。 「私だ。君の指摘は正しかったよ」  指摘? 核テロを事前にクレンシーに警告していた奴がいたのかとカフマンは興味をいだいた。 「いや、サダトからだ。公式ではない。合衆国との関係にかんがみて耳打ちされたととったほうがいいだろう」  いったい誰と話しているのだとカフマンは気になりながら交差点を左折させた。この時間は通勤混雑も緩和し車両はぐっと少なくなり流れも速かった。彼は前車に十分なゆとりをとり耳をそばだて続けた。 「いや、船は押さえる。陸揚げさせはしない」  そんな重要な方針をどこの誰かも分からない相手にとカフマンは驚き、長官代理が話している相手が強奪された核兵器を海の航路で持ち込もうとしていた事すらすでに警告していたのではと考えた。 「君がか? 本気か?──止めても行くつもりだな。部隊を引き連れて行くのか?」  その何者かはどこに行くというんだ? いいやどこの誰がどこへ? 部隊だと? 軍関係者なのか? 思わず口を開きかかり本部長は思い止まった。 「ああ、分かった。捜査権限はうちでとなるだろうから、犯人達を君が先に押さえたら引き渡して欲しい──ああ、そうだ。くれぐれも無茶するなよ。また連絡する、パメラ」 “パメラ”! クレンシーに警告を与えたのは女か。軍属の女でパメラとファースト・ネームがつく奴を捜すのは造作もないとカフマンは秘かににやついた。長官代理の弱味かも知れない人脈の一つでも握ればまだ出世の道は開けると思いながら、クレンシーがまた電話を操作しているのを横目で確認した。 「私は合衆国国家安全保障局のクレンシーというものです。大使にお取り次ぎ願いたい──そうです。NSAのサンドラ・クレンシー──ええ、長官代理です」  カフマンはクレンシーがロシア大使館へ繋《つな》いだのだと理解した。そういえば秘書のナターシャが読み上げた電話番号を何も控えずに自分を引き連れそのまま局を後にした事をカフマンは思いだし、以前に局員の誰かが長官代理は録音機のように会話を記憶していると話していた事を耳にしてカフマンはまさかと半信半疑に思った事があったと目を細めた。 「──そうです。閣下、お耳に入れたい事がありまして──いえ、貴方でかまいません。御時間をとりませんのでこのまま電話で──はい、オフレコということでお話しします」  カフマンはロシア大使館の駐米大使が誰だったか名前を呼び起こそうとした。だがなかなか出てこずに苛々しながら運転していると、知らず知らずにハンドルを握る右手人差し指がハンドルを叩いていることに気がついた。  もしや見られたかと長官代理を横目で見つめると、視線が合いカフマンは慌てて逸らした。いいや、あのうわさ話をしていた職員はクレンシーの事を“録音機”と言ったのではない。“デジタル・レコーダー”と表現したのだ。 「ウッディ、相手はロシア大使館付けイワノブレフ・チェレンコフ一等書記官だ。だが口を開かせる為に閣下と呼んでいる。運転に集中してくれたまえ。でないとプレジデント・パレスに辿り着けなかったらニックの心配事を増やしてしまう」  クレンシーがモバイルフォンを片手でふさぎ運転する部下に手短に説明した。カフマンは大統領の事を呼び捨てにしやがったと驚きがちがちになり額に冷や汗が吹き出すのを感じた。 「閣下、申し訳ありません。わたくし移動中でありまして、腰を据えたとは申し上げられない状況で──では短直に申します。六日前になりますが、閣下の母国中央管区で搬送中の核弾頭がすべて強奪されたのでは?」  カフマンは話の内容に驚愕し赤に変わったシグナルを無視してしまい交差点を突っ切った。だが横から鳴らされたクラクションなど耳に入らないほど電話の話に引き込まれていた。そうして長官代理がロシアへ何を忠告しようとしているのか理解に苦しんだ。 「──そうです。閣下、御否定なされるお気持ちは察します。しかし、我が国が盲目であるとは御考えにならないで頂きたい。流失したルートを掌握し、その内の八基のブラヴァ弾頭と残り一基の内、MIRV(:多目標再突入体)八基は幸いにして無傷で我が国が御預かりしています。問題は──」  カフマンは目を丸くした。九基のブラヴァ弾頭? その内の一つの弾頭のMRIV八基が無事? クレンシーはそこまで知っていたのか! だからサダトから連絡があった事を告げたとき否定しなかったのだ。だが“問題は”とは何だ? “問題は”とは──? 本部長はもはや助手席に身を乗り出して通話の内容をすべて聞きたい欲求に屈っする寸前だった。 「二基のMIRV(:多目標再突入体)が第三者の手に渡っているという現状。わたくしがうかがいたいのは解除コードです。地上での手動による強制起爆停止コードがあることは事実だと存じております──はい、そうです。必要な事態が想定されます──はい、かまいません。御待ちしております」  長官代理が通話を切った瞬間、カフマンは早口になって質問した。 「長官代理、どうやってロシアから強奪されたと知ったんですか?」 「ロシアから? 大使館付けの武官からはやんわりと否定されたよ。彼らにも対面がある。ウッディ、シギント(/SIGINT:電子的情報収集。NSAの得意分野)が万能ではないんだと常々私は思っている。対極するヒューミント(/HUMINT:人的情報収集。CIA等が得意とする分野)にも優れた人的資産が多くある。君はまだこの先我が局で伸びてもらわなければならない。交友を深めたまえ」  カフマンは長官代理がCIAの情報管理官と深い繋《つな》がりがあるのだと断定した。その某《なにがし》かがパメラという女である事に疑いようがなかった。そして自分より一まわり以上も若いこの男が自分を見限ってないことにわずかばりだが救われる思いがし、カフマンは見えだしたホワイトハウスへと意識を集めた。

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