第20話 黒沼の過去

法務大臣から必要な事は全て聞き出した。内調が鳴海を監視している事も。そして総理大臣が鳴海を何とかしたいと考えてる事も。まぁいい。それはその内に対処しようと鳴海は考えた。 そして今回の事は内密にしてやるから、ミーティング等でわかった俺に関する情報を教えろと言った。 「それはわしにスパイになれと言ってるのかね」 「他に助かる道があるとでも思ってるのか。 なんならこのビデオを週刊誌や、 メディアに流してやってもいいんだぞ」 「いや、まて、待ってくれ。それは困る」 「なら俺の指示に従え。わかったな」 「わかった。そうしよう」 そう言う事で鳴海は、この法務大臣を自分のSにした。 次にあの女優の後始末だ。マネージャーのバックに誰がついてるか。それがまず先決だろうと鳴海は『勇源会』の時沢に電話を入れた。 「女優の太井峰子のマネージャーの坂崎を締め上げて 誰の為に働いているか吐かせろ。 どっかのバックがついてるはずだ」 「わかりました」 「様子がわかるまでしばらく待つか。 しばらくバタバタしていたので 詩芽と遊んでやるのを忘れてたな。 今日はどっかに連れていってやるか」 「詩芽、明日はもう大阪に帰るんだし、 今晩はどっかで飯でも食うか」 「ほんと、所長」 「ああ、本当だ」 「でも亜里沙さんは? また置いて行ったら後で文句言わないかな」 「今日は仕事が入ってるそうだ。 だから遅くまで帰って来ない」 「そうなんだ。良かった」 「何が良いんだ」 「いいえ、こっちの事です」 こんばんは所長と二人でデートだと詩芽は喜んでいた。 「で、何処に行きたい」 「あのさー、私、歌舞伎町に行ってみたいのよね」 「あんなとこに行ってどうするんだ。 夜は子供の行くとこじゃないぞ」 「私、もう子供じゃないから」 「そうか、俺には子供に見えるがな」 「もう所長、しらない」 そうこう言いながら二人は夕闇の歌舞伎町を歩いていた。色とりどりのネオンが交錯する遊幻の世界。そんな感じだった。 すると狭い路地から肉を打つような物音が聞こえて来た。こう言う音には二人共敏感だった。 その路地に入って見ると中は少し広くなっていた。その奥で一人の大柄な男が、四人の若者と言うかどう見てもハングレの様な連中に殴る蹴るの暴行を受けていた。その男は何も抵抗せず、ただ大きい身体を丸めて小さくしていた。 「ねぇ所長、 あれ何とかしてあげないとやばいんじゃない」 「放っておけ。死にゃしないよ」 「そんな事言ったって」 そう言って詩芽は近づいて行った。そして、 「ねぇ、あんたたち何やってんのよ。 もっとしっかり蹴りなさいよ。 そんなんじゃあいつ寝ちゃうよ」 「なんだーお前は。馬鹿か。 怪我したくなかったら向こうに行ってろ」 「ほんとこいつら見る目がないんだから。 いけない。それは私も一緒だったわ」 「何か言ったか、おまえ。俺らをなめてんのか。 やっちまうぞ」 「まぁ、やれるもんならね」 こっちを振り向いた一人が詩芽に殴りかかった。その手を取って詩芽は投げた。確かに投げた。 しかしそれは真横にだった。縦にならわかる。しかし横にだ。それも3メートルは離れていると思われる横壁に投げつけた。 何処にそんな力があるんだろうと思われるような投げっぷりだった。勿論これは力ではない。気を使った投げ技だった。 「何だ。このアマが」と言ってもう一人が突っこんで来た。それをカウンターで詩芽は蹴った。 するとその男は大男を蹴っている二人の男達の頭を超えて突き当りの壁に激突して落ちて来た。 そのままだったらその大男の上に落ちるはずだったが、その男は器用にかわした。 「何だ、やればやれるんじゃないの。 いつまでボケてるのよ。この馬鹿」 詩芽にしては厳しい言葉だった。 その言葉を聞いてその男は立ち上がった。 「何だ。まだやろうって言うのか。このウスノロが」 そう言ってまた殴ろうとした時、二連の蹴りが二人の腹部に炸裂した。数メートル飛ばされて二人はピクピクと痙攣していた。 その男はそのまま詩芽に向かって襲い掛かって行った。手前2メートルから飛び前蹴りで詩芽の身体を二つにへし折ろうとした。 しかしその時詩芽は既に蹴りの横に陣取り、腕刀でその男の喉に打ち込んでいた。プロレスのラリアットの様な技だった。 それでその男は空中に浮いままコンクリートの地面に叩き落された。普通なら脳震盪位ではすまないだろう。しかしその男は顎を引いて後頭部をカバーしていた。 「何だ、まだ出来るんじゃない、武藤さん」 「師匠。すみません」 そう言って武藤は両膝と両手をつて涙を浮かべていた。 「なぁ、武藤、 久しぶりにまたみんなで焼き肉食べに行かないか」 「鳴海さん」 武藤は良く食べた。一人で6人前は平らげただろう。腹が減っていたのかも知れないが、それにしても良く入るものだ。腹が落ち着いてから武藤は語り始めた。 ある日突然、館長が道場を閉めると言ってビルとの契約を打ち切って『養武館』も解散すると言った。あまりに突然の事だったので誰もが驚いた。訳を聞いたが館長は「すまん。時が来た」と言っただけだった。 それで他の指導員達は違う道場に働き口を求めて去って行った。武藤も始めはそうしようと他の道場を訪ねたがどうしても指導方針が合わず、いつも古参ともめる事が多く追い出される事になった。 やはり武藤は不器用な男だった。そう言う事が何度か続き、面倒になった武藤はホームレスの生活をしていると言った。 「武藤さんって変わらないわね」 「すみません。世渡りが下手で」 「なぁ、武藤しばらく待ってろ。思いついた事がある。 3-4日したらまた来るからそれまでこれでしのいでいろ」 と言って鳴海は3万円渡した。 「鳴海さん。こんな事してもらっても 俺は何も返せません」 そう言って拒否しようとしたが、 「これはお前に対する未来投資の一部だ。 将来必ず返してもらうさ。だから今は受け取っておけ」 そう言って武藤に受け取らせた。武藤はありがたくて札を頭に頂いて涙を流していた。 食事が済んで帰り道、詩芽が 「所長、武藤さんをどうするつもりなんですか」 「まぁ、明日だ。何とかなるかも知れん」 最近の『エリハルコン・プロダクション』は当初よりタレントが増えて規模も大きくなった。その為に会計担当者も入れたしマネージャーも増やした。 ただ転籍や逃げて来たタレントも多いので、まだロケ現場等で意地悪を受けたり邪魔をされたりと言う事がある。 そう言うのはマネージャーの豊洲が何とかかわしているが、中には外部から暴力を振るわれる時もあると言う。 そう言うものに対する体制がまだ出来てはいなかった。週末なら鳴海がいるが週日ではどうしようもない事が多い。 それで鳴海が武藤の事を話した。ここの警備兼対外交渉として使ったらどうかと。要するに用心棒だ。そう言う事でならと亜里沙も豊洲も了承した。 それで鳴海と詩芽は翌日武藤を迎えに行った。ともかく武藤を事務所まで連れてきて、明日からここで働けと言った。 武藤はビルの看板を見上げて、ここが『エリハルコン・プロダクション』と言う芸能プロダクションだと知った。 「俺、芸は何も出来ませんよ。 出来るとしたら空手の型位です。 そんな俺にここで何をさせる気ですか」 「その空手の腕を使ってもらいたいと言ってるんだよ。 ただし自分から喧嘩は売るな。守るだけにしろ」 「要するにお前はここの用心棒みたいなものだ。 どうだやってみるか」 「俺で役に立つなら是非やらせてください」 「よし、それで決まりだ」 「良かったわね。武藤さん」 「ありがとうございます。師匠」 それから武藤を亜里沙や豊洲に紹介して正式に契約を結んだ。これでやっと武藤もホームレスから足を洗えると言う訳だ。鳴海はこの前渡した金で服を買えと言った。 「わかりました。この金は必ず返しますから」と律儀な事を言っていた。 新しい仕事に手を出した鳴海は雑務に追われていた。まさか宮使いがこんな面倒なものだとは思わなかった。 勿論それでも鳴海は一応は社長と言う身分なので、融通は利くはずなんだが実際には雑務に忙殺されていた。こんな事なら引き受けるんじゃなかったと思った。 しかしそれも始めのうちだけで、慣れて来るとそれなりに息抜きも出来る様になった。そう言えばそろそろまたあの闇試合の時期だ。今回はどうするかなと考えていた。そんな時、 「鳴海さん。そろそろよね」 「何がだ」 「決まってるじゃない。試合よ」 「闇試合の事を言ってるのか」 「そうそう、だって私達チャンピオンだからさ」 「お前達は余興組だろう」 「それでもチャンピョンはチャンピョンよ」 そうだな、もう一度位はいいか。それと一つ気になる事もあると鳴海は思った。それは黒沼の事だった。何か妙な事を言ってた。 それと闇試合のチャンピョンがどうして引退したのか、それも少し気になった。一度黒沼に聞いてみるかと思った。 それで黒沼に電話して試合の前に会えないかと言った。黒沼は構わんよと言う事だったので、まず二人で会った。 そこで鳴海が気になっていた事をストレートに聞いたら、始めはどうしようかと迷っていた様だが話す気になったようだ。 黒沼の話はこうだった。 3年前、黒沼は何故闇試合を引退したのか。闇試合には一般試合と特別試合と言うのがあった。 一般試合とは極普通の試合だ。極普通と言ってもここでは殺人も許されるので、それを普通とは言わないかも知れないが。 特別試合と言うのは一般試合の上位5位に入ったら帝王に挑戦する資格が出来る。帝王と言うのはこの闇試合に君臨する絶対王者だった。 今まで10年間誰にも負けた事がない。引き分けもない。全てをKOないし殺人で勝利している。 この帝王に勝てた者が次の帝王を引き継ぎ賞金1億円と数々の特別な権利を有する事が出来る。それは闇社会及び上流社会における一部特権も含まれる。 黒沼はチャンプだから十分過ぎる挑戦権があった。しかし彼にはまだ確信が持てなかった。自分が勝てると言う確信が帝王の技はそれ程優れている訳ではない。技量と言う点では自分の方が上だと思っていた。しかし破壊力が違い過ぎた。 あの破壊力の前では技巧など意味をなさない。ともかく誰も防御出来ないのだ。当たればそこが破壊される。受けたら受けた手が壊れる。これではどうしようもない。だからこその帝王であり、絶対王者なのかも知れない。 黒沼はどうしたら勝てるかと言う事をずーと考えていた。いくら技術を高めてもあいつのパワーが全てを無駄にしてしまう。 それなら、そうだあいつのパワーを上回ればいい。そう言う事だろう。そう思った黒沼は特訓に特訓を重ねた。 そして自分の足を鋼鉄の様に鍛えた。始めはビール瓶で、やがて鉄棒で殴っても痛くない程に。そして何でも手当たり次第に蹴りでへし折り始めた。 そうして出来上がったのが『鋼鉄の足を持つ男』と言う訳だ。黒沼の前にはどんな防御も不可能だった。受けた手はみなへし折れ、膝で受けた足も折れていた。もはや黒沼の蹴りを止められる者はないとまで言われるようになった。 そして黒沼は初めて帝王の前に立った。流石に帝王と言われるだけの事はある。物凄い威圧感だ。しかし黒沼も長年チャンプの座を守り抜いた男だ。こんな事で怯みはしない。 体力は向こうの方がある。巨漢210センチに160キロだ。決着は短期決戦がいいと判断した。だから黒沼は果敢に下段を攻めた。ローキックで帝王の足を折ってやると。 今まで黒沼が本気になって折れなかった足は一本もなかった。執拗に帝王の左太腿、それも急所の風市、それから膝関節を潰しにかかった。 この猛攻には流石の帝王も耐えきれなくなったのか遂に膝を折った。これこそが彼の待っていた瞬間だった。この高さなら頭部に蹴りを極められる。そう思って自分に出し得る最大最高の蹴りを放った。相手は腕を上げ頭部をカバーしていた。 そんなもの俺の蹴りの前では何の役には立たんと渾身の蹴りを叩き込んだ。はずだった。しかし折れていたのは自分の足の方だった。そんな馬鹿なと思った。何であの状況で俺の足が折れるんだと。 しかし現実は厳しいものだった。立ち上がった帝王は薄笑いを浮かべ、足には少しのダメージも負ってはいなかった。罠にハマったのは黒沼の方だった。あの状態で蹴りを出させ、その蹴りをへし折る。全ては帝王の仕組んだ罠だった。 足を引きずりながら辛うじて立った黒沼に帝王は掌底を見舞った。それを胸の急所、壇中に受けた黒沼は場外まで十メートル近く吹き飛ばされた。肋骨は数本折れ、内臓もかなり損傷した。そしてそのまま意識を失ってしまった。 しかし、それはむしろ不幸中の幸いだったのかも知れない。もしまだ帝王の前に立っていたら、完全に命を取られていただろう。 それで黒沼は闇試合を引退する事になった。身体の回復には半年かかった。引退はしたがそれでも黒沼は身体を鍛え続けた。いつの日にかと。 そして前回、鳴海にまた足を折られた。しかしその技が帝王の使った技と同じに見えた。だからもしかしたらこの男ならと思った。黒沼が鳴海を闇試合に誘い込んだ理由がそこにあった。

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