花冷えと悲嘆、そして赫赫の傘 | ☆★☆★☆1☆★☆★☆
玖宮 黎飛

1、1−4

 一体いくつ保有しているのだろう。  もしも噂通りならば、|點弦《テンゲン》は軍規制レイド級の戦闘をたった一人でクリアしたという。  つまり、120以上の召喚獣を保有していることになる。  少し遠くから見ていた綾華たち三人は、ゆっくりと円の中心にいる|點弦《テンゲン》の方へと近づきながら感嘆した。  「|點弦《テンゲン》さんの噂は本当だったんですね……」  「そうだよ。誰もちゃんと信じていないけど、|點弦《テンゲン》くんはいつも独りになろうとするし、そのために努力してる感じがする。プライベートな話もたまにしてくれるけど、いつも距離を取ろうとしてるように感じる。オフ会にも一度も来てくれないし。何か悲しい事情があるのかもね。あの明るさはただの技術、コミュニケーション能力っていう鎧だと思う」  「神様に囲まれる|點弦《テンゲン》さん、とても美しいのに、とても悲しく見えます。中国の神様もたくさんいる。中国サーバーは日本の次にアメリカサーバーと同じに開設されましたから古いです。だから神様とか鬼も多く登録されています。いっぱい集めるの大変だったと思います。それに……、ちゅう?ちゅうし?あ〜……、言葉が出てきません」  「ちゅ……、ああ、わかった!忠誠心が全員100なんだ。怨霊の忠誠心を100にするのってものすごく大変だし、時間かかるんですよね。そういえば、僕たちからレイドに誘うといつも参加してくれますけど、|點弦《テンゲン》さんから誘っていただいたことは一度もないですね……」  「僕もない。|點弦《テンゲン》くんとは一番古い付き合いだっていう自信はあるけど、一度も誘ってもらったことないなぁ」  三人は切ない気持ちになった。  特に綾華は胸が氷の針でチクチクするような、物悲しい気持ちに目を伏せた。  「……そういえばモンスター来ないですね」  「あの集団に立ち向かうのは僕でも遠慮したいな」  「僕も〜」  セピアは身体いっぱいに空気を吸い、できうる限りの大きな声で|點弦《テンゲン》に声を放った。  「|點弦《テンゲン》さーーーん!全員出しちゃうとモンスターが怯えて出てこないみたいですーーー!」  「あ!そうだよね!ごめーーーん!」  |點弦《テンゲン》もハッとしたように少し照れながら一体を残して他のみんなを円に戻していく。  |點弦《テンゲン》の前にいるのは、美しく揺蕩う黒髪に、幾重にも草花を添わせ、優しく微笑む一人の女神。  「ふふふ。きっと私を選んでくれるだろうと思っていましたよ。アマイモンだったらどうしようかと内心ドキドキでしたけれど」  「あはは。カヤノヒメ様はどんな草花も愛しておられますし、それに、お強いですから」  「まあ、褒めても何も出ませんよ。ふふふ。アマイモンが出せるのは毒草や魔界の植物ですものね。私ならなんでも出せますから。ふふふ」  「麗しい|見目《みめ》からは想像もつかないほどえげつない攻撃しますもんね」  「あら、失礼しちゃうわ」  カヤノヒメは日本の草花の神様で、「鹿屋野比売神」と書いたり、「|草祖《くさのおや》草野姫」と書いたりする。  イザナギとイザナミの娘で、山の神であるオオヤマツミの妻だ。  ゲーム内の設定では、別名の「|野槌《ノヅチ》」と呼ばれると不機嫌になるようで、それにちなんだクエストもあるくらい有名な神様だ。  もちろん、神様なので、カヤノヒメを|魂混《コンコン》に選んでいるプレイヤーもいる。  このゲームの複雑なところはそこにある。  プレイヤー同士が戦う場面において、もし自分が使う技が相手の|魂混《コンコン》由来のものだったら、相手にはダメージは与えられず、むしろ回復させてしまうことがあるのだ。  例えば、A神の力を使った技ではA神と|魂混《コンコン》したプレイヤーにダメージを与えることはできない、という感じだ。  今回でいうと、|點弦《テンゲン》はカヤノヒメと|魂混《コンコン》しているプレイヤーには攻撃することはできない。  モンスターにはそれは適用されない。  例え神の眷属であっても。  ガオォォオオン!  グルルルルゥゥウウウウ!  「きた!」  「おや可愛い。私の美しき眷属たちの苗床にでもなってもらおうかしらね」  「あはは。ゲームの時よりも結構怖いことおっしゃるんですね」  「そうかしら?うふふ」  カヤノヒメの微笑みに、|點弦《テンゲン》はつられてにこりと笑った。  内心、冷や汗が背中を伝うのがわかるほど、自分のある感情と思考がせめぎ合っていた。  ああ、俺はどうすればいいんだ。  ずっと思っていたけど、やっぱりそうだった。  怖くない。  全く怖くないんだ。  怪物や悪霊、その他諸々が襲いかかってくること。  そして、無惨にも命を奪うことも。  ゲームだから?  違う。  ゲームの時はそれこそなんとも思わなかった。  ゲームの趣旨はこの世界の平和を守ること。  プレイヤーキル、通称PKと呼ばれるプレイヤー同士の戦いにも興味はなかった。  プレイヤー同士の戦いはこのゲームの世界を平和に保つのに必要ないし、現実ではないから。  現実でやると捕まる。  犯罪だ。  俺は家族に迷惑がかかるのは絶対に嫌だった。  このクソみたいな悪意に満ちた世界で唯一輝く存在。  誰に何言われたって、何をされたって手を出したことはなかった。  思春期も、他の家に比べたら俺は随分と大人しかったと思う。  家族を愛しているから。  俺のせいで家族が悪く言われるようなことは絶対に嫌だったからだ。  だからこそ、今も迷っている。  このゲームの世界はどこまで現実に影響を及ぼすのだろう。  このゲームの中で起きたことは、もし現実に帰れたとして、持ち越されてしまうことはあるのだろうか。  銀行口座は繋がったままだ。  パソコンの画面はどうなっているのだろう。  そもそも身体がどうなっているのか想像がつかない。  帰れないのなら、それはそれでもいい。  家族に会えないのだけが本当に残念だし悲しいが。  ああ、画面がブラックアウトしていたらいいなぁ。  今から行う戦闘シーンは別に映っていても構わない。  でも、もしプレイヤー同士の戦闘が映ってしまったら?  父と母は驚いてしまうだろうか。  俺の顔が嬉しさに歪んでいることに。

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