対人恐怖症の美容師

 食卓にはスーパーで買ってきたほうれん草と鮭のクリームコロッケと肉じゃがが並んでいる。 「あなた、体験サナギってのはどうだったの」  お母さんがクリームコロッケをおいしそうに頬張りながら、聞いてくる。 「お母さん、ツナギだよ。変な間違い方しないでよ」  私の眉がやや吊り上る。 「インドネシアの女の子に日本語を教えたり、猫カフェのオーナーに会ったりした」 「変わった経験してるもんだね」 「他に講座をチェックしたけど、ピエロの格好をして空き家が荒らされないか見張るものとか、鍵っ子を集めて劇をやったりとか」 「それもなかなか面白そうね」 「私もあんた産んでずっと家で時間過ごしてきたし、学生時代の友達ともたまにしか会わないし、どうしようかな」 「まさか母さんも参加する気なの?」 「ついていってもいいかな」  母は期待に満ちた目で私を見る。 「一人で行くのもなんとなく気が乗らない時があるから、まあいいけど。帰り何かおごってよ」  ゆるキャラがいる美容室として知名度を伸ばしてきている美容室こぴっとを尋ねた。こぴっとは甲州弁でしっかりという意味。店主の大藤さんが勝沼出身とのこと。  入口の自動ドアが開き、話題のゆるキャラを見てわあと驚いてしまった。  身体中にうどが生えた狸のうどぽんは痒さを覚え、はさみで頭の一部のうどを残して余計な箇所を切った。モヒカンの髪型ならぬうど型をした彼は黙々とお客さんの髪を切っていた。  うどぽんは腕前や容姿を褒められるともじもじと照れるポーズをする。  うどパイをよく差し入れにもらうらしく、私たちに食べきれないパイを1ダースほどくれた。  うどぽん、なんてイイヤツ。  店のシャンプーにはうどエキスが使われているようで、もはやお客さんは苦笑いするだとか。  私と母はアシスタントとして受付や掃除を主にこなす。  美容資格を持っていないので、シャンプーやヘアカラーを塗るなどのお客さんに触れる業務はできないが実は今回の体験ツナギはうどぽんの妹、うど子になるのが課題だから、そちらのほうが重要だろう。  13時、待っているお客さんは5人。  二人組の女子高生、主婦と男の子、OLが待合イスに座っている。  うどぽんはファンの女の子をショートボブに整えていく。彼女ははにかんだ表情で鏡に映るうどぽんを熱い眼差しで見つめている。やりとりする声で気付いたが、中の人は若い女性なのに驚く。  ありがとうございましたの挨拶の後に、とっておきの姿へと変わったお客さんが美容室を後にする。  須藤さんはサーファーのような見た目のスタイリスト。  浅黒い肌に、ワックスで立てた短い髪、短パンでワイルドな印象だ。  しかし、子供の客にも落ち着いたテンションで接客するので、意外である。  15時に大藤さんに和室に呼ばれた。  うど子の着ぐるみは抜け殻のように畳の上に置いてあった。白い体に緑の手のひら型の髪が炎のようにゆらめく。紫のリボンがついただけで女の子っぽくなるってすごい。  困ったような八の字の眉と星が多く入った少女漫画の瞳がチャームポイント。 「よく似合ってるよ。体型もバランス良いし」 「なんか緊張します」 「うどぽんよりも目立ってもいいから」 「えー、ハードル上げますね」 「着ぐるみ作るの、私だけでやるからアイデアは固まりやすくても、作業で手間取ったわ」 「一から服を作るのは大きいケーキを作るような手間がありますよね」 「じゃ、うどぽんタイムでよろしく」  うどぽんタイムとは16時から一時間、うどぽんが日舞を踊ったり、子供たちと一緒に輪投げを楽しんだりして好評を買っている美容室のイベントのことだ。  美容室の近くにある児童公園のスペースの一部でやっている。 「よろしくお願いいたします」  大藤さんは通常業務に戻るため、和室を出ていった。  突然ふすまが開き、小学生の男の子と女の子がドタドタと入ってきた。ランドセルを放り出して、二人とも私の前まで走ってきて囲むようにする。  ちょうど学校から帰ってきた大藤さんのお子さんがうど子という格好の遊び相手を見つけてテンションを上げる。  男の子の方は人気サッカーチームの赤いTシャツとジーンズ、女の子はハムスターの絵が描かれたピンクのTシャツ、黄色のスカートを履いていた。  うろ覚えだが、男の子は真希、女の子はみつ子といった気がする。 「わあ、ママがもうそろそろできるかもと言ってたうど子だー」 「いも芋ヤロウ食べる?」  私は声を出すか迷って、黙って首をノーの方向へ振る。申し出はありがたいが、喉が乾いては困るよ、僕ちゃん。 「学校長いし、くたくただよ」 「バク転してよ、余裕でやれるほど器用なんでしょ」  小学二年生の娘さんはいかにも子供らしい無理難題を吹っ掛けてくる。 「大した給料もおみやげも出せないけどやる気出してな」 「人使いそこそこ荒くても勘弁ね」 「宿題代わってよ、ゆるキャラは陰でだいたいやってくれてるんだよ」  真希くんはよほど宿題をやりたくないのか、反応を引き出そうとしてなのか、厚かましく変な駄々をこねる。  そんな都合のいいゆるキャラがいたら、私こそ子供の頃に真っ先に頼っているだろう。 「中身イケメンなの?なら、お母さんにかけあってカット代安くしてあげようか?」  黙っていてもかまってほしいのか矢継ぎ早にしゃべり倒すので、たまらず反応を返した。 「イケメンでもないし、女だしこれからイベントに登場しなきゃいけないの」  私は早口で告げた。  途端にみつ子ちゃんの顔が宿題を忘れた時のようなものに変わって、私は吹き出しかけた。  オセロやってよと真希くんがランドセルからそれを出した。  子供を追い払うのもめんどくさく感じられ、一戦戦えば16時前には離してくれそうだと考え、私はいいよと引き受けてしまった。  思えば、甘えすぎる態度だった。

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