サブカル雑貨屋、街で浮く | 漫画家時代のファンの女が飛び込んできて
軸井総一郎

なぜか登山

 木とか山とか、獣たちも僕らを祝福している。  どこまでも幸運がはみ出してくるマシュマロ。  このマシュマロを溶かさないように、生きていこう。  僕の前を歩くしきみのお尻のラインが丸みのあるカーブになっていて、その美しい尻の形はまるで上弦と下弦の月が合わさったようだ。  ずっと眺めていたい。撫でさすりたい。などといつも以上に浮かれてハイになり、ばかな感じに、頭がおかしくなってるのはなぜだろう。  山道をウォーキングしている。僕は家でゴロゴロしていたかったのだけど、しきみが山に行き、虫を捕らえ、虫かごに入れて封じ込めた上でありったけの花を虫の眼前に置いたら、さぞ悲しく悔しいに違いないと言うのである。その際、さざえの貝殻に花を詰めていき、「ひゃっはー! 花が俺の中で甘えてるぜ。愉快だぜ。てめえたちの薄い羽はコンドーム並に薄くて、何の役にも立たない。分厚い殻ならだいだい守れてしまうんだぜ」と僕が憎憎しい悪役を演じると虫たちは怒りのダンスを踊るだろうなんてしきみは言う。もう、踊る訳あらへんがな。メルヘンと現実の区別がついてないんかい?  山の中腹辺り。でも、中腹かどうかなんて、めったに山に登らない僕にはわからないのさ。イエイ。それっぽい石碑があるから、たぶん、そう。  五分ほど立っていたけど、しんどくなってきた僕らは砂利にしゃがみこんだ。不法投棄されたソファーでもあれば、楽に休めていいかもしんないと思ったと同時に、左手の急坂からタンバリンを持った九人のピエロが現れた。しかし妙なのが顔はピエロのメイクなんだけれど、彼らの着ている服はナース服やレースクイーン、バスガイドで金色の派手な色調に統一されていて、おや、この人たちは異世界の住人なのかなと思ってしまった。  金ピカの女装をしたピエロの男達はタンバリンを地面に置くと、土下座するように頭をタンバリンへ降ろし、叩き始めた。ピエロたちはタンタン、とタンバリンの音を口で唱えて再現して、滑稽だった。しきみがバスガイドの帽子を取ったのだが、ノーリアクション。そして彼らはするする下っていった。奴らの通り過ぎた後に柑橘系の爽やかな香りがした。そのギャップがおかしかった。しきみは帽子をかぶってうさん臭く笑う。  斜面に黄色い花が咲いていた。ぽつんと咲いている。木陰からイノシシが出し抜けに出てきたと思ったら、花にかじりつき、辺りに撒き散らして、どこかへ走り去っていった。  ぶらぶら歩いてる。彼女の裸をイメージするけど、なぜか毎回カスタードやりチョコレート、生クリームなどで彼女の全身が覆われているんだな。へそ辺りに白黒の碁石が一個ずつデコレーション感覚で乗っているんだな。しきみは「ドライ、ツヴァイ、アインス」といきなりドイツ語でカウントするから、何だい? 不思議なゲルマン魂だね、と心の中でツッコんでいたら、彼女が僕に話しかけてきた。 「海と山と空中と地底の四種類しかないよね」 「どういう話だい?」 「人間が行けるところじゃ。もっと色々な、変わった世界に行けたらいいのに。地面が果物の皮でできてて、皮をめくると紫の果肉がパッションみたいな」 「どこまで行っても普通な世界ばかりだよね」 「そうぽる。さらさらしすぎなの、なんか」 「いっそ意味もなく、橋をかけまくってそこらじゅうを橋だらけにするとか、同じ物を極端にドバッと増やしてみると面白いかもな」 「なるべく意味がないものがいいよね。毒にも薬にもならないような。でも本当はブラックな雰囲気好きかな」 「もしかしたら、もう意味のないものだらけかもしんねえ」 「なんで?」 「動物から見たら、たいていの物はどうしていいか、使い方とか捨て方とかわからないよね」 「一日ごとに、今日はエゾシカの気分で、誕生日は馬の気分で、なんて風にやったらどうらろ?」 「生まれた日だから馬ってか、はは、寒い」 「なんで? なんでひどいよねー、ひどいぽるよー」 「まるで? 海鳥で産み鳥みたいなシャレは利かないかい?」 「海の家なのに、海にテーブル打ち付けたりしてないっていうか、それ自体は砂浜か路上かなんかにあるの、なんで?」 「あっ、栗とウニがっ」 「何も無いじゃない。あなた下山してスーパーまで行って栗とウニ買ってきてここに仕掛けて、山に来る人驚かせなさいよ」 「嫌だよ。しんどいよ。もし手握る時僕が左手に栗、右手にウニを握ってたら、どっちを握る?」 「両腕をつかんで、あなたの顔に押し付けてあげるにゅ」 「痛えな、そりゃ」  のんびりと、のんきに喋りながら歩いた。和三盆という言葉が浮かび、しかし和三盆が何だったか思い出せなくて、もやもやした。

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