1話 マンティコア脱走事件

 朝早くからリアナに叩き起こされた俺は、眠気でふらつく足取りでとある場所を訪れていた。  目の前にあるのは、俺たちの住む辺境の城壁都市、ポック街の真ん中にある冒険者ギルドだ。外見は巨大な煉瓦造りで、ところどころにギルドの紋章である絡み合う竜の意匠が彫られていた。  周囲を見れば、真新しい皮鎧で武装した若者から玄人らしき冒険者、それに多くの商人などがひっきりなしに出入りしている。  最近魔物が凶暴で人手不足らしいし、依頼を探すならここ以上に手っ取り早いところはないので人が集まるのは当たり前だが、それにしても早朝からご苦労なことだ。  俺はこの先も、あそこまで精力的になることはないだろう。 「なるほど、冒険者ギルドですか。ここで依頼を斡旋してもらうと」 「ああ、ここは冒険者以外にも、魔物討伐の依頼なんかだったら召喚士組合の人間にも仕事をくれるからな。それに上手くいけば仮組み期間が終わる半年後には、俺たちは召喚士組合本部の方で正式タッグとして登録される。でも他の仮組み連中と比べれば『実績』面では遅れをとってるし、遅れを取り戻すには実戦で『実績』を稼ぐのが手っ取り早いしな」  ちなみにリアナも気にしてたその実績とやら、アイゼア王国召喚士組合の本部の人に聞いたところ、ぶっちゃけ人の役に立てば何でもいいとか。  要するに「社会への貢献点=実績」みたいなものらしいので、実績の中身は極端な話、相棒の精霊と一緒に社会インフラ整えました、でもいいらしい。  肝心なのはその内容が、どれだけ多くの人々のためになったか、だ。  たとえば水精霊の力で街一つ分の上下水道維持しています、とかは言うまでもなく社会への貢献点が尋常じゃないほど高く、高度な実績となる。  とはいえ基本的に、仮組みタッグは戦闘系の依頼を受けることが多い。  その理由は、また分かりやすいもので。 「冒険者ギルドに依頼が来るくらい危険な|人間の天敵《魔物》を倒せば、世のため人のためになったと、分かりやすく本部の連中も実績として数えてくれるしな。というか、大体の仮組みタッグはそうやって実績を稼ぐらしいぞ」  そもそも少し前の俺たちみたく、比較的危険の少ない小規模な護衛依頼や適当な砦建設に従事して、コツコツ何でも屋みたいに実績を作っていくか……なんて地味な考えの奴の方が稀だったのだ。  ちなみにそうあることではないが、本部の独断と偏見で実力不足と判断されれば、仮組み期間で俺の精霊使い生活は終了し、寮から追い出されてしまう。  それは勘弁願いたい限りだ。  今回の魔物討伐は一応本部に「俺たちそこそこ強い魔物くらいなら対処できるぞ」とアピールする狙いもある。  ともかく、ある程度戦えればそう簡単にタッグ解消、本部の名簿から即除名はない筈だ。 「それで、どの依頼を狙うのですか?」 「お前だけで無双できそうなやつとか……」 「……」 「……って冗談だ冗談! そんな怖い顔するなよ……!?」 「……むう」  頼むからそんなむすっとした顔で凄まじい殺気出さないでくれ。  周りの人がびっくりして、小さく飛び上がってたぞ。 「ともかく、今日の狙い目は肩慣らしも兼ねて、中位クラスの魔物一体だ。下位じゃ大した実績は稼げないし、丁度いいだろ」 「つまり、今日以降は上位クラスも狙うと? 珍しく殊勝な心がけですが、何かあったのですか?」  不思議そうに下から覗き込んでくるリアナに、どう答えたらいいもんか、と少し悩んだ。  お前の震える姿はもう見たくないんで、実績にも金にもなる依頼をこなしたい……と正面切って言うのは恥ずかしすぎたのだ。 「……ま、アレだ。仮にも相棒が火・水・地からなる有名御三家出身の|上位精霊《お前》だからな。久しぶりの実戦でも二人がかりなら、俺が立ち回りをミスらなきゃ中位一体くらいどうにか……ん?」  突如として轟く爆音に、自然と首がそちらを向く。  見れば遠方で、黒煙が立ち上っていた。  次いで聞こえてくるのは悲鳴、破壊音、それに野次馬らしき声……。 「ジーク」 「分かってる、これチャンスかもな」  召喚士組合に正式所属する精霊使いは一応、一年間の仮組み期間、つまり研修期間をくぐり抜けた者ということで、最低のE級でも給金や待遇は下級役人並みが約束される。  加えて戦闘可能な職種だからか、仮組み期間内における取り決めに、こんなのがある。 『直接人命に関わる事件を即時解決した仮組み召喚士は、正規召喚士として認定する』  要約すると、直接人命に関わる事件をその場で解決すれば超高得点な実績とされ、お偉いさんが表彰みたいなのをしてくれて。  それでアイゼア王国召喚士組合の正式所属精霊使い、正規召喚士になれるということ。  うまくいけば自分の足で日銭稼ぎながらの仮組み期間と、今日でおさらばできるかもって寸法だ。  当然ながら、真面目に事件解決っていうのは柄じゃない。  それでもリアナのためだと思って、行くだけ行ってみるのもいいだろう。 「走るぞ!」 「行きましょう!」  俺たちはごった返す人ごみの中、街を駆け抜けていった。  ***  騒ぎが起こったらしい付近はもうある程度住民が掃けていて、理性なく力任せに暴れたと見える破壊の爪痕が残るだけだった。  ギルドと同じ煉瓦造りの街並みはヒビだらけにされ、石畳には大穴が空き、舗装されていた水路は土砂が混じって茶色く濁って溢れていた。 「街のど真ん中がこうなるなんて、とても人間技じゃないな。どう思う?」 「同感です。大気中の魔力も乱れがありませんし、人間の仕業ではないですね」 「魔術を使った痕跡なしか。なら、十中八九魔物の仕業だな」 「ジーク、あそこを」  リアナが指し示した先には、瓦礫に混じって、人の背の数倍はある檻がひしゃげていた。  その手前には、巨大な暗幕がはためいている。 「大方、移送中の魔物が麻酔から覚めて暴れたってところか。ついでに、街中で魔物を移送するのは当然ご法度だから、ばれないよう暗幕をかけていた、と」 「……密輸、とでも?」 「その線が濃厚だろ。もしくはたまに聞く、秘密裏にサーカスに運んでた魔物が街中に逃げ出し大惨事、とかじゃないか、どうせ」 『ゴオオオオオオ!!!』  周囲を警戒しながら進むと、前方から咆哮が轟き、耳をつんざく破壊音が生じた。 「近い……!」 「広場の方か!」  懐から望遠鏡を取り出し、咆哮が上がった方を覗き見る。  立ち昇る黒煙に、破壊されて水を滴らせる噴水。  我先にと人々が駆けて視界から去った次の瞬間、筋肉の隆起した前脚が望遠鏡の視界いっぱいに入り込んだ。  あの大きさなら望遠鏡は必要ないと、物陰から接近して様子を窺う。  次第に明らかになる街の破壊者は、やはり人の背丈より数回りも大きな魔物だった。  人の胴をひと噛みで二つに割ける大顎、全身隆起し血管脈打つ強靭な筋肉。  体型は獅子似だが、その面は印象的で、猿によく似ていた。 「マンティコアだと……!? サーカスの出し物にしては、可愛げなさすぎだろ!」 「あんな凶悪なものを、街中に運び込むなんて……! 一体誰がそんな真似を」 「考えるのは後にして、今はあいつを抑えるのが先決だ。いけるか?」  リアナは不敵に微笑み、魔力を膨張させていく。  髪と瞳から淡い燐光を放つリアナは、力強く答えた。 「当然、先手必勝ですよ!」  飛び出すリアナは、瓦礫の上を器用に跳躍してマンティコアに差し迫る。  破壊の余韻に浸っていたらしいマンティコアがリアナに気づいたのは、間抜けにもリアナの術の射程範囲内だった。 「水精術・滝縛《タキシバリ》!」  リアナが虚空から召喚したワンドを振るい、噴水から溢れ出る水を操ってマンティコアを雁字搦めにし、動きを封じる。  我が相棒ながら流石は御三家出身、水精霊の一角。  煉瓦建築を粉々に粉砕するマンティコアを抑え込み、ジリジリと全身を締め上げている。  だが、それでもマンティコアは石畳を砕きながら踏ん張り、少しずつ拘束から脱出しようとしていた。 「くっ……ジーク!」 「任せろ!!」  リアナを援護するべく、こちらも魔力を解放して魔術を行使する。  これでも精霊であるリアナを召喚できた身、魔術の心得はある。 「封印術・縛鎖!」  半ばルーチン化した動作で拳を打ち鳴らし、得意の封印術を心の内とも言える場所から引っ張り出し、起動させる。  詠唱にせよ動作にせよ、無意識に行われるほど体に染み付いた予備動作を行うことで、魔術の起動は迅速かつ容易に成功する……とは、どっかのお偉いさんの言葉だったか。  そんな基礎を思い出しながら、俺は虚空から自律機動する鎖を召喚し、リアナに続いて上下左右からマンティコアの動きを封じにかかる。 『ゴアアアア!?』  マンティコアは怒りの雄叫びを上げるが、村一つ危機に晒すという中位クラスの魔物でも、リアナがフルパワーで縛っていることもあり、そう易々と抜け出ることはできない。  早々に勝負あった……このままだったら。 『ゴオオオオオオ!!!』  雄叫びと共に瓦礫の上から襲来した黒い影。  その姿を視認した時にはもう、驚愕以外の感想が出なかった。 「二体いるのか! ……チッ!?」  新手のマンティコアの噛みつきを回避するべく、その場から強引に飛び退く。  とっさの回避に集中力を割いた結果、一体目のマンティコアの拘束が緩み、巨躯が力を取り戻して暴れ出した。 「ジーク!?」 「この程度、どうってことない!」  口では強がるが、事態は芳しくない。  俺の腕では一人で新手のマンティコアを縛ったところで、即座に抜け出されてしまう。  かと言って攻勢術の類を撃とうとしても、そっちの腕は軍用とはいえ火・水・地からなる基礎攻勢術くらいしか撃てないので、動きの素早いマンティコア相手に当たるかどうか。  狙うなら至近距離での一撃必殺、それ以外にはあり得ない。  しかしそれをどうやってのける、リアナが手一杯の今……! 『グオォ……!』  ふと、猿似ゆえに表情の読み取りやすいマンティコアの顔が、ニヤリと歪んだ。  その視線の先へ振り返った時、背筋に悪寒が走った。  そこには瓦礫の陰でうずくまる、少女の姿があった。  ──逃げ遅れたのか! 『グオオオオ!!』  マンティコアが嘶き、瓦礫を少女に蹴り飛ばしたのと、俺が地を蹴ったのは同時だった。  少女の盾になるようにして飛んだ俺は、瓦礫に弾き飛ばされ、石畳の上を盛大に転げた。 「ジーク!? よくもやってくれましたね……!」 「……リアナ、俺はいい。そいつを抑えててくれ」 「でも、血が……!」  リアナは殺気立って躍起になっているが、それじゃいけない。  精霊は魔力の塊、だから術で魔力を使いすぎるのはリアナの身を削ることになる。  無理は禁物だ。 「いいから、こっちは任せな」  口の端から垂れた血を二の腕でぬぐい、俺は立ち上がった。  眼前には、こちらを見下ろす卑下た笑みのマンティコア。  背後では、少女が暴威に震えているのが分かる。  なまじ弱い奴をいたぶる、人質代わりに狙うって方向に頭が回るだけ、マンティコアは厄介極まりない。  こんな化け物を一人で相手取るなど、正気を疑われてもおかしくない。  体中痛いし、やっぱり真面目に働くなんて馬鹿げてるなと笑えてくる。  ……それでも。 「ここで尻尾巻いて逃げるのも寝覚めが悪いし、やられっぱなしも癪だ。──散々暴れまくったそのツケ、払わせてやるッ!」 『ゴオオオオオオ!』  マンティコアが嘶き、こちらへと飛びかかって来た。  あの巨体が少しでも掠めれば、俺は間違いなく瓦礫の中に叩きつけられて、それで終わりだ。  それでも思考は妙に冴えていて、自分が何をするべきかを冷静に判断できた。 「封印術・縛鎖!」  両拳を打ち鳴らし、四方からマンティコアを拘束する鎖を出す。  マンティコアは自身を追う鎖を跳躍して抜け、包囲網を掻い潜ろうとしていた。  このままではまた飛びかかってくるのは時間の問題、でも、それでいい。 「所詮、フェイントだからな!」  俺は鎖の一本を手繰り寄せ、その先端を操作し、瓦礫を括り付けてぐるんと振り回す。  空を切る音を生じるそれは、即席のモーニングスター。  勢いのまま、跳躍して宙に浮くマンティコアの脳天めがけ、振り回した得物を叩き込む。 『ゴオオオオオオ!?』  頭を強打されてたたらを踏むマンティコアに肉薄し、俺は右腕に魔力を溜め込んだ。  次いでその魔力を封印術の要領で閉じ込め、腕の中で急速に圧縮して、力を溜め込む弓のイメージで引き絞る。  これは異なる魔術の二重発動のような超絶技巧ではなく、あくまで体内の魔力調節。  だから、この技に詠唱はいらない。  必要なのは研ぎ澄ました集中力のみ。  ギリギリと魔力が締め上がる感覚に、腕が灼熱を覚えていた。 「その牙食いしばれ、猿頭ッ!」  繰り出した右拳がマンティコアの顔面を捉えた刹那、封印を解いて圧縮した魔力を解放する。  限界まで圧縮封印された魔力は、暴発気味に解放されたことで矢のように射出され、マンティコアの頭部に炸裂した。 『ゴォァ……!?』  牙をひしゃげさせ、マンティコアはたたらを踏む。  小規模とはいえ、並以上の攻勢術に匹敵する衝撃に耐えきれず、俺よりも数回り大きな巨躯がよろめき倒れた。  まずは一体、次に、もう一体。 「リアナ、合わせられるか!」 「完璧にこなしましょう!」  瓦礫の山を駆け上がり宙に浮いたところで、俺はリアナが拘束しているマンティコアに向けて片足を振り上げた。  同時に、今度は振り上げた足に魔力を溜め込み圧縮する。 「今です!」 「最高だ!」  リアナが水で弾きあげたマンティコアの頭が右足の真横に来たところで、一気に蹴り込み圧縮魔力を解き放つ。  小爆発音と大型弩弓並みの貫通力が、マンティコアの頭部に炸裂した。 『ゴ、オオ……!』  一体目が倒せて、同じく二体目が倒せない道理はない。  リアナが縛っていたマンティコアもまた、ゆっくりとその身を地に横たえた。  ……同時、たまたま大口を開けて倒れたマンティコアの舌の上に、何やら三日月状のルーンが刻まれているのが見えた。  そのルーンはマンティコアが目を閉じるのと同時に一瞬で消え、目の錯覚な気がしなくもない。  しかし肝心なのはマンティコアが倒れたことだ、見間違いでも構わない。 「何はともあれ、上手いこといってよかったな」  リアナの横に着地した俺は、一仕事終えて晴れやかな気分だった。  一方リアナはそうでもないらしく、表情が妙に曇っている。 「えーと、まさか文句があったり、とか?」 「いえ、文句はないです。文句ではないのですが……」  リアナは腰に手を当て、渋い顔をしていた。 「久方ぶりの実戦でもこれだけ腕を振るえるジークならば、やはりいくらでも働き口があるでしょう。それを今まで腐らせていたこと、どうにも勿体ないことだと思いまして。確か中位程度の魔物は、手慣れた冒険者が数人がかりで追い詰めるのが定石と聞いて……」  またくどくどと小難しい話を始めたリアナ。  逐一聞いていられないと、俺はリアナの話を強引に遮った。 「落ち着けって、できることと好きなことは違う、人間これに尽きるだろ。ついでに俺はマトモに働くのが嫌なだけで、正直者は馬鹿を見るとも言う。これがこの世の真理と道理であり、俺が得た教訓だ」 「……甲斐性なしもここまで堂々と言い切れれば、立派と言えるのでしょうか……」  どこか遠くを見る目になったリアナに、追加で一言。 「何を今更、お前の相棒はそういう奴だ」 「なっ、自分で言うのですか!? しかし昔はもっと……ああもう全く、貴方と言う人は……!」  頭を抑える仕草をするリアナに、俺はサムズアップをしながらこう言ってやった。 「諦めも肝心って言うだろ?」 「…………」  リアナが固まって、真っ白に凍った。  精霊あるある、感情の変化が体に現れるってやつである。  ──後から思い返すと、この時の俺はマンティコアを倒して大分調子に乗っていたんだろう。  当然と言うか案の定、この後俺の額には涙目で解凍されたリアナのワンドが力強く振り下ろされた。  正直、マンティコアにもらったダメージの倍くらい痛かった。

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