166 【 再生と破壊 後編 】

 再び天から降り注ぐ揺り籠の群れ。  1発につき10人の命。それが1回の作戦で、数百発が消費されていく。  そして投下地点の坑道には、まだ多くの友軍がいた。  彼らは領域の再生により道を塞がれ、進退|窮《きわ》まった兵士達だ。  だがそんな彼らを、眩い閃光が包む。  直視できない程の閃光に、立ち昇る無数のキノコ雲。地上は真っ黒な粉塵に覆われ、その様子はまるで地獄そのものだ。  空から落とされる命、地上で消え去る命。人の命で作った破壊は留まる事を知らず、見る物を畏怖させた。  だがリッツェルネールもまた、無意味な死を望んでいるわけではない。  死は絶対に避けられない。だからこそ、それを最大限無駄にしない事が彼の使命であったのだから。  第二次炎と石獣の領域戦が始まって、3回目の大規模投下。  だが1回目、2回目のデータを元に行われた今回の攻撃は、以前より遥かに精度が上がっている。  全体地図を元に、何処にどれだけ落とせばどの道が繋がるか、きちんと把握しての攻撃だ。  ごく短期間の間に、まるで巨大な蟻塚のような内部を記憶し作戦を立案する。  間違いなく、今それが出来るのは彼だけであっただろう。  ◇     ◇     ◇  再びの爆撃と、再侵入。その様子を感じ取った|相和義輝《あいわよしき》は、自分の甘さを痛感するしかなかった。 「参ったな……」  領域を修復した直後、それもまだ友軍が近くにいるのに爆撃を敢行するとは思わなかった。  いや、本当なら予想しなければいけなかったのだ。相手は人間の命を爆弾にして落とすような連中なのだから。  ただ不幸中の幸いか、今回は石獣の被害は少ない。下げたばかりだったのが幸いした。  とはいえ……。 「もう一度やり直しだ。エヴィア、頼む」 「ダメかな。もう魔王の体は限界が近いよ。本当なら、連続してやるような事じゃないよ」  初めて会った時のような無表情。しかしこれは、それだけ真剣って事なんだろう。  確かに、領域の修復なんて普通はホイホイやるものじゃないだろう。だが――。 「正確な数を知りたい。あと何回出来そうだ?」  沈黙したままじーっと見つめていたエヴィアだったが……。 「2回が限度かな。でもそうすると、魔王は1か月くらいは動けなくなるよ」  今この状況でそうなったら、もう後が無い。それにこれは1か0かの話じゃないだろう。  今と2回目の間。次の1回は、1か月動けなくなる程ではないが、それなりに負担が掛かるという事か。 「エヴィア、全域ではなく、ピンポイントでの修復は可能か?」 「出来るかな……それなら次の一回をやってもしばらくは動けるよ。でもそれでも、負担が大きいことには変わりはないよ」 「……構わない、やってくれ」  後続に控える60万の兵士。全てを防げないにしろ、タダで入れてやるわけにはいかないのだ。  魔王魔力拡散機に魔力を送りながら、一部だけを重点的に直す。  最低限、領域の境界線だけでも塞がなければならない。  ◇     ◇     ◇ 「城主殿、再び領域の修復が始まったようですよ」 「ああ、その様だね」  リッツェルネールはミックマインセから渡された資料を確認するが、そこには全域ではなく、一部の穴のみが修復されていく様子が写されていた。  主な箇所は領域の境界線。そしてそれ以外にも数か所不自然な修復箇所が見られる……。 (……全域の修復ではないのか。それにこの修復箇所……罠と見るか必死と見るか……いや、そもそもそんなに細かく選択できないのかもしれない) 「どう考えます?」 「そうだね……」  正しくは分かるまい。だが、魔王が意味も無く中途半端な修復で終えるとも思い難い。 「……単純に考えるなら、修復は3回が限界。それも限定的な範囲のみだ。勿論、回数でなく規模である可能性もある。面積、質量、全て計算させてくれ」  どちらにせよ、|暫《しばら》くは修復を行えないと考えていい。  いや、作戦を変えてきた……? 全域を修復するのではなく、より効率よく細かな修復を何度も行うように……。  だとしたら持久戦だろうか? 揺り籠の数は足りるだろうか?  どちらにせよ、情報の蓄積が必要だ。 「ムーオス自由帝国に再度の大規模攻撃を要請。それと、飛甲騎兵隊発進準備。ああ、あともう一つ……」  言いかけて、考える。  流れの中で決めていた事だ。だが、本当に今このタイミングで正しいのか。  考えても結論は出ない。これは少々、ギャンブル性が高い作戦だからだ。  だが、見える範囲だけをやっていても勝算は無い。人知の及ばぬ域を超える――それを人知によって成さねばならない。  その先にこそ、今まで人類が到達できなかった本当の勝利があるのだから。 「もう一つ、ハルタール帝国軍に伝達。精鋭部隊は予定通り魔障の領域を強行突破し、奥に確認された針葉樹の領域へ進軍せよとね」  これで上手くすれば詰みだ。だが、ハルタール帝国軍を動かす以上、確実性を高める必要がある。 「ラッフルシルド王国の民兵が8千ほど残っていたね。それとスパイセン王国も3万人程民兵がいたはずだ。彼らを炎と石獣の領域へ突入させろ」 「……彼らの装備では、全員死にますよ」 「構わない。突入だ」  リッツェルネールは軍略家として、類まれな才能を持っている。  それは人間の死に対して、一切|頓着《とんちゃく》しない事だ。  人の命など、目的へ向かうために消費するカードの一枚にすぎない。無論、自分自身の命でさえも……。  ◇     ◇     ◇ 「マリクカンドルフ様、リッツェルネール司令官から緊急電文です」  駐屯地で待機していたマリクカンドルフの元に、少し小柄で筋肉質の女性が駆け寄ってくる。  くすんだ金髪に愛嬌のある丸顔。髪は正面からだとショートに見えるが、後ろは一房分だけ伸ばしている。  白に赤紫の2重の線が入った|半身鎧《ハーフプレイト》を|纏《まと》い、背中には厚みのある刃渡り130センチの大剣を担いでいた。  彼の傍付きであり、参謀の一人であるラウリア・ダミスだ。  ケルベムレンの戦いからずっと行動を共にしており、事実上の副官でもある。  実際の副官はミルクス・ラスコンだが、彼は現在、別動隊60万人を率いて炎と石獣の領域近くへと移動中だ。 「様ではなく将軍と呼んでくれたまえよ。全く、いつまでも陛下だの様だの呼ばれるのは疲れたのだがね」 「でもまだ言葉の端々に、王様っぽさが残っていますよ。まあ、そんな事はどうでも良いと思います。こちらの電文は緊急ですので」  普段は日向で丸くなる猫のように大人しいのに、作戦中は勝気な面もうかがわせる。  だが端々に隠し切れない暢気さが出るのは地だろうか。  元々はケルベムレンという、それなりの規模はあるが内地の安全地帯にある街の警備隊長だ。  実績といえば、落とし穴の作成に橋の解体、建設等。要するに工兵隊であり、あまり実践慣れはしていないのだろう。  やれやれと思いながら電文を確認し、そっと目を閉じる。  作戦開始からここまで、リッツェルネールの指揮には問題は無い。同胞を預けるに値するだろう。  しかし、その裏に人の心を感じ得ない。だがそれは、現場と後方という立場の違いを考えれば仕方のない事と言える。  心に引っ掛かるものが無いわけでは無い――が、 (最後に人類が勝っていれば、それで良いか……)  その為ならば、喜んで捨て石にもなろう……。 「当初の予定通り、特別侵攻隊はこれより魔障の領域へと突入。後方にあるという針葉樹の領域を目指す。上空から確認した限り、針葉樹の領域は我らの世界に近い。だが油断はするな。どんな平穏な地に見えても、そこは魔族の土地なのだ」 「「「オオオオオオーーーーーー!」」」  大地を揺るがす大歓声。彼の背後に控えるのは、既に飛甲板に乗り込み待機中の大軍勢。  120万の兵員が、既に出撃準備を完了させていたのだった。  そしてその上空を、コンセシール商国の飛甲騎兵隊が通過する。  彼等の目的もまた針葉樹の森。  人類軍は、いよいよ炎と石獣の領域を包囲せんと動きつつあった。  ◇     ◇     ◇  玉座の間から続く倉庫。  |相和義輝《あいわよしき》はエヴィアに膝枕されながら、横になっていた。 (あそこまでの物量を用意しているとは思わなかった……)  魔人ヨーヌの探知範囲も無限では無い。  おそらくあの飛甲母艦たちは、相当遠くで待機していたのだろう。  いやもしかしたら、今も新たな部隊がこちらに向かっている最中かもしれない。  あの調子で爆撃されたら、ここもいつまでもつか……。  それ以前に、人類軍の侵攻を防ぐ手段が足りない。  再び|明かり《ライト》を狙って破壊する暗闇作戦を行いたいところだが、人類軍は坑道全体に広がりつつある。  もう見つからなかった魔王に興味は無いという訳だ。  地表に近い所に下手に石獣が集まったら、それこそ再び爆撃で一掃される。  彼等は同胞ごと容赦なく焼き払う。だがこちらは、そんな消耗戦に持ち込まれたら万事休すだ。  だが深い所の|明かり《ライト》だけを限定して攻撃とはいかない。石獣はそこまで賢くないのだ。 「かなりお手上げだが、まだ負けてはいない。ルリア、シャルネーゼ。|死霊《レイス》と|首無し騎士《デュラハン》にも出てもらう。絶対に守り切るぞ!」 「いつでもご命令ください、魔王様」 「大丈夫だ。たとえ小さくとも、我等は精霊だぞ。大船に乗った気でいるが良い。ハーハッハッハ!」  ちょっと不安だが仕方が無い。  本当は|蠢く死体《ゾンビ》や|屍喰らい《グール》らの|不死者《アンデッド》も参加させたいところだが、石獣は|不死者《アンデッド》と人間との区別がつかない。  あちこちで死体に憑りついたは良いが、全部そのまま石獣に喰われているのだ。  以前に通った時は、魔人が人型の肉は食うなと命令済みだったようだ。  だが今は違う。人間と戦闘中に、そんな命令は出来ないのだ。 「いいから、魔王は休むかな」  ちょっと怒ったようなエヴィアに叱られる。  うん、言いたい事は分かる。  最後の修復をしたとき、目と耳から血を流してぶっ倒れたそうだ。今も手足の関節に激痛が走る。  内臓も全体が痛い。熱くは無いが重い感じで、出血しているような気もする。なかなかに重症だ。 「エヴィアはゲルニッヒみたく、俺の体は治せないのか?」 「これはゲルニッヒでも直せないかな。魔力障害だよ。魔力が変な風に貯まってるから体の機能が損なわれているよ」  言われても、何がどうなのかはよく分からない。  そりゃそうだ、俺の世界には魔力なんてものは無かったのだから。  分かっているのはこの痛みと|眩暈《めまい》、吐き気……体のあちこちが訴える体調不良のサインだけだ。 (じっくりやるしかないな……)  追い詰められている事は解る。  俺は今、負けつつあるのだろう……だけど、負けるわけにはいかないのだ。  ◇     ◇     ◇  真っ暗な坑道を進む二人の反応を、糸のように細い触手が感知する。  ラジエヴが伸ばしていた触手の一本だ。  偽魔王として人類軍を混乱させた後、ラジエヴは忽然と姿を消した。  理由は簡単だ。幻の魔王は存在しないからこそ価値があるのだから。  結果として、人類軍は無謀な突撃を敢行して多大な犠牲を出した。  そしてそろそろ魔王の元へ戻るか、それともまた気ままに生きるか……そう考えていた時に現れた侵入者。 「本当にこちらで合っているの?」 「知らねえよ。ただ先っていったらこっちって話なだけだ」 「途中何か所かあった枝道は、まだ|地図《マッピング》が出来ていない……で良いのよね?」 「ああ!? そんなのあったのか? 気が付かなかったよ」 「あ、貴方ねぇ……それでも本当に、あのティランド連合王国の王位継承者なの?」 「あのティランドだからな。あははははは!」  人間の声だと、ラジエヴはすぐに理解した。  数は二人だろうか。あれは大した脅威にはならない。その内に石獣が喰らうだろう。  そう思考が巡り再びどうしようか考えた時、頭にパズルの様なピースが|嵌《はま》る。  今から向かおうとした魔王へと至る道。そして今、人間達が進む道。それが重なってしまったのだ。  ――処分の必要がある。  ラジエヴの触手がずるりと動き始めた。

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この作品の評価

78pt

とりあえず1話だけ……。 と思ったら、一節一節読みたくなる! 続きが気になる! なすごく興味深い作品です。 えっどういうこと?! なんで?! とうまく思わせてくれますね! すごく面白い。 続きが楽しみです!

2019.02.25 20:27

皐月原ミナヅキ

3

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