切腹の人

 授業が終わって、優歌と麗莉、瑠佳、淳、利美、よしみが校門を出てくる。 「ん~~~。今日も疲れた~」  瑠佳が歩きながら気持ち良さそうに背伸びをする。 「授業の半分寝てたのに?」  ニヤニヤ皮肉っぽい笑みを浮かべて、麗莉は突っ込む。 「いや~半分も授業受けたんだよ? 授業中に寝るのにも結構体力使うよ?」  瑠佳は真面目にそう言った。 「はいはい言ってろ」  呆れたように笑いながら麗莉は突き放すように、しかしかまた暖かみのこもった調子で言う。 「な~にそのリアクション」そう言って瑠佳は優歌に向かって「優歌ちゃんはどう思う?」 「えっ? えっと……」  少し困ったような反応を示して、優歌は苦笑する。 「何で優歌に振った」と利美。 「優歌ちゃんはそんなことに一番遠いもんねぇ」  優歌の肩に手を回しながら、淳が話し掛ける。 「でも、私も夜更かししたら眠くなっちゃうよ。その時は授業の内容が全然入んないから、結構困ることも多くて」  優歌は穏やかな調子で言った。昼に見せた躊躇いや迷いのようなものは、もう見られない。麗莉は気取られぬ程度の安心感を、その顔に浮かぶ。 「ねぇ、バス来てるよ!」  よしみの掛け声に、他の五人は少々慌てた様子でバスに向かって走った。  彼女達は天楽までバスに乗っていくと、そのまま町中を色々うろついた。彼女が入っていたのは、「天楽ライフ」というファッションビルで、地下二階から八階と屋上の全十一フロアあるビルである。  どの階にも若い女性向けの店があるが、特に三階から五階に多く集中している。最初は一つの店に入るなり、六人はバラバラになって服を見ては、ハンガーにかかった服を前にかざしてモデルの真似事をしていた。優歌は麗莉と常に共にいた。  淳のおすすめの店に皆で入っていく。そこは比較的可愛い気のある服を販売している店だった。六人は集まって、特に淳と瑠佳とよしみが率先して、優歌に似合う服を探したりした。  優歌のために桃色のフリルブラウスや水玉模様のスカート、ハートの入った長袖などの少々派手なタイプの服をそれぞれチョイスした。優歌は、皆冗談でやっているのかと思っていたが、淳や瑠佳、よしみは明るく、しかし真面目な調子で似合うと思うと彼女に言った。 「私、あまりこういうの似合わないと思うけど……」  優歌は躊躇いがちに言う。普段白や黒や茶色を基調とした服を着ている優歌にとって、五人の選ぶ服やスカートが少々派手だった。 「そんなことないよ~」淳が少々テンション高めで答える。「優歌ちゃん可愛いから絶対似合うって! こんなの着ないの? 勿体無いと思うなぁ~」  普段比較的クールな淳は、小さな女の子が人形で着せ替えごっこをする時の様に、麗莉の前にあれこれ服をかざす。女の子の言う「可愛い」という賛辞は信用できないと時に言われるが、ここまで無邪気に、あっけらかんと思ったことを言っている調子は、この説を揺るがせるのに役に立つだろう。  少なくとも、淳の言葉には、決して嘘が感じられなかった。瑠佳が悪戯っ子の様に、後ろから優歌の頭に帽子を被せた。 「きゃっ!」  小さく叫びながら、優歌は瑠佳の方を振り向く。瑠佳は可笑しそうに笑いながら淳の後ろに隠れる。 「もう~」  優歌は小さく微笑んだ。 「優歌は綺麗系じゃないか」  麗莉は横から口を挟む。 「それは私も思うな」利美が同意した。「優歌はシックなのが似合うと思うよ」 「う~ん……」  よしみがあごを抑えたまま、優歌の身体に視線を上下に這わせる。 「どんなコスプレ似合うかな~」  淳がよしみの後ろから、アフレコでもするかのように、冷やかすような口調で言う。 「いや~。ホントに何のキャラが似合うだろ」  よしみは真面目な口調で答えるともなく答えた。 「えっ!?」と優歌は驚く。 「マジで考えてんのか!」  淳は思わず突っ込む。 「……優歌ちゃん」  目を細め、優歌をしっかり見据えながら、よしみは口を開く。 「な、何?」  どことなく警戒しつつ、硬い笑みを浮かべて、優歌は返事をする。 「こうやって……」よしみはポーズを取り始める。「こういうポーズを取ってみて」  よしみが優歌に示したポーズは、両足を広く開き、右足を内向きに左足の膝を少し曲げ、人差し指と中指くっつけて真っ直ぐ立てた右手を真っ直ぐ左側の地面に向けて、人差し指と中指の間を大きく開いたピースサインを作った左手を左目の方へ持っていくというものだった。 「あぁ? なんか見たことあるなぁ……日曜の朝か?」  麗莉はよしみのポーズを見て、思い出したようにそんな感想を漏らした。よしみのポーズは、確かに幼児向け魔法少女のポーズである。 「ひ、人前だよ。さすがにちょっと恥ずかしいよ」  優歌は焦りながら、必死になって誼の要請を拒否した。残念なことに、その必死さも、相手に押し込まれかねない程の弱さであったが。 「勇気を出して優歌ちゃん。私もこのままでいるから」  何の恥じらいも感じさせない無意味に堂々とした態度でよしみは優歌を説得する。 「う~……」  そう言いながら、優歌は躊躇いがちに、よしみと同じポーズを取っていく。両手両足、一つ一つの挙動が遅い。しばらくして、よしみほどしっかりとしたものではないが、優歌もよしみと同じポーズを取った。その顔は、火が出そうなほど真っ赤だった。  瑠佳がiPhoneで何かの検索をする。 「ほら、これこれ」  瑠佳は他三人に、iPhoneを見せる。そこには、ピンクと白を基調とした、ポニーテールの魔法少女と青と黒を基調にした、笑みを浮かべた魔法少女の画像が映っていた。ポニーテールに加え、精一杯勇ましそうにしていながら、結局隠しきれていないその大人しそうな顔つきが、より強く、優歌を思い出させる。 「へぇ~」  麗莉は納得したような顔つきでその画像を見る。 「確かに似てるかも」と利美。 「ちょっと頼りなさげなのが特にね」  本来なら突っ込み役の淳も、この時は可笑しそうによしみの行動に乗った。 「もっと自信満々に出来たら良いんだけどな~」  少々不満気に、よしみは優歌に抗議した。 「そ、そんなこと言っても」  赤面した顔で笑みを浮かべながら優歌は訴える。正直、どうすれば良いのか分からなかったのである。  そんな様子を見た麗莉は優歌に近付いていく。淳、瑠佳、利美が麗莉を目で追った。麗莉が優歌の隣に立つと、優歌は目だけを麗莉に向ける。麗莉は優歌と同じ方向を向いたまま、先ほど瑠佳のiPhoneに映っていたもう一人の魔法少女と同じポーズを取る。  右足を前に出し、左足を少し後ろに下げ、両手に拳を作り、右手の拳からは一本人差し指を立て、左手を下に、右手を上に向ける。右手の人差指が、上を指す形に立っている。その姿は、実に堂々としたものだった。  優歌は、少し驚いた様に目を見開く。 「どうだいよしみ、決まってんだろ」  麗莉はよしみに尋ねる。 「さっすがは麗莉! やる時はしっかり決めると来た」  よしみは感心したように、テンションの高いままにそんな感想を言った。 「お~」  淳が気楽に感嘆とした調子でそう漏らす。 「似合ってんじゃん。二人で悪者退治でもして来たら?」  可笑しそうにニヤニヤしながら、利美が言う。 「それも悪くない。私達なら全戦全勝さ。なぁ優歌」  余裕のある、勇ましくも優しい笑みを浮かべて、麗莉は優歌に問い掛ける。 「……うん。そうだね」  微妙に恥じらい、頬もまだ赤いが、それでも幾分嬉しそうに、優歌は返事を返した。 「天楽リブ」を出た六人は、愛読している漫画の新刊の発売を思い出したよしみの提案で本屋に行くことになった。本屋で六人は当初、よしみの新刊探しに付き合ったが、彼女が他の漫画を探し始めたので、五人はそれぞれ思い思いのコーナーで本を読んで、時間を過ごした。  優歌は一人小説コーナーを彷徨き、本を物色していた。適当に一冊抜き出して適当なページを開いては読み、再び本棚に戻した。  とある文庫コーナーで彼女は本を一冊抜き取り、再び本を読み出した。 「何を読んでんだい?」  優歌の横から麗莉が顔を出して尋ねた。他の五人もそこにおり、よしみは既に数冊本の入ったビニールを持っていた。彼女の気付かぬ内に、そこそこの時間が経っていた。 「『潮騒』?」そう言って、麗莉は表紙を見る。「あぁ、三島由紀夫」 「知ってる。腹切りの人でしょ?」  瑠佳が逆手に握った拳を腹の前で横に引く。 「皆そう言うんだよね」  優歌は苦笑する。 「三島……」淳が何かを思い出そうとして、人差し指の先をあごに上向く。「何か聞いたことあるなぁ……」 「あんたの場合はあれでしょ? 映画の」  考えている淳に向かって、利美が反応する。 「あっ、そうだ『春の雪』だ! あれの妻夫木と竹内結子がマジ綺麗なの!!」  思い出したように淳は少し声を上げる。 「これでしょ?」  優歌が本棚から『春の雪』を取り出して淳に手渡す。 「これが原作なんだ~」本を受け取って、感慨深そうに淳は呟き、本をめくる。「うわっ、文字が一杯」 「そりゃそうでしょ」とよしみの突っ込み。 「ホントに色々読んでんねぇ優歌」  その様子を見て、麗莉は感心する。 「見つけたものを適当に読んでるだけで、そんなに沢山は読んでないよ」優歌は謙遜した様子も見せずに言う。「三島由紀夫は言い回しとかレトリックとかが難しくって、結構読むの大変だし……」 「そんな感想が出るんなら、結構読んでると思うけど」麗莉は優歌の態度を少し可笑しく思いながら言う。「どんなのが面白かった?」 「う~ん……」優歌は少し考える。「『永すぎた春』と『愛の疾走』、怖かったけど『愛の渇き』は面白かったかな」 「優歌ちゃん」瑠佳が二人の話に割って入る。「これなんて読むの?」  瑠佳は優歌に向かって表紙の文字を見せてくる。 「『豊饒(ホウジョウ)の海』って読むんだよ」  表紙を覗き見ながら優歌は答える。 「ほぉ~」  表紙を見ながらよしみは、関心があるのかないのかよく分からない気の抜けた返事を返した。 「確か、これ書いて死んだんだよな。三島由紀夫って」  麗莉は優歌に尋ねる。 「そうだよ。これが遺作」優歌はそう肯定しつつ『奔馬』を取り出し、適当にページをめくる。「『豊饒の海』なら、これが一番好きかな」  ――この後少女達は本屋を出ていく間、自分達の学校に、いざという時に腹を切ることが出来る男がいるかどうかの考察が、主に優歌、麗莉を除く四人を中心に始まった。男子生徒の名前が挙がっては、その男子生徒の裏話や暴露話、嘘かホントか分からぬ噂話が飛び出して、徹底的にこき下ろしていった。  その結果、自分達の通う学校には、現段階でも将来的にも、切腹の出来るような男はいないという結論を付けて大笑いした。本人不在の場で、勝手に名誉が卑しめられて笑われている男子生徒を思い、優歌は苦笑することしかできなかった。  そうして、彼女らは本屋を出ていった。

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