脱出と攻撃

 この闘技場にVIP席は2種類ある。  1つは、砂かぶり席。  選手が舞い上げた砂が飛び、時には汗や血を浴びるほど近い席。  もう1つは、個室空間。  砂被り席とは逆に離れた席。 しかし、10人くらいは入れる広々とした個室空間。  その個室で1人が呟いた。  「なんとに醜い……」  ベルトが恐竜に食われた直後の呟きだった。  所々で悲鳴が上がる。女性だけではなく男性の悲鳴も混じってる。  あまつさえ、「早く助けろ!」と声があちらこちらで上がっている。  その様子を醜いと表した人物が1人……いや、獅子の頭を持つ半獣半人の戦士を人物と言っていいのだろうか?  彼は魔獣将軍 ラインハルト。魔王の幕僚の1人だった。  人間に化けて、ベルトの動向を探るという命令を受けて、ここにいる。  軍人気質の彼に取って、スパイ行為を矜持を揺るがす命令ではあったが……それでも彼の高い忠義心は良しとし、甘んじて受けたのだ。  さて、そんな彼が何を「酷い」と感じたのか……  それは人の不平等さであった。  この観客たちは、怖いもの見たさで集まった人間たちだ。  安全な位置から人の生死に見て楽しんでいる。  しかし、今はどうだろうか?  英雄の死を前にすると、途端に人間らしさを発揮している。  (これはどういう茶番だ?)  ラインハルトはアゴに手を当て思考を続ける。  彼が思う、人という種族は無意識に不平等を望んでいるのではないか?  それが、この死しても良い人間。死すべきではない人間を分けている。  「唾棄すべきだな」  この瞬間、ラインハルトは配下をこの場に召喚する事を考えた。  膨大な魔力と引き換えに召喚できるのは魔獣10匹。  観客たちは抵抗することなく虐殺できるだろう。  「厄介なのは、控え室で待機している闘技者たちか。だが……私1人で殺れるな」  地面に魔方陣が浮き上がり、それが発動する直前――――ラインハルトは魔力を止めた。  恐竜がベルトを口内から吐き出したのだ。  「ほう……内部から歯を叩き折ったか」  彼は自分でも気づかないうちに笑みをこぼしていた。  もうはや、魔獣召喚の事を失念している。  彼は魔王軍幕僚であり四天王と言われる前に1人の武人であった。  戦う者は、たとえ敵であれ敬意を払わざる得ない気質。  それが魔王軍にそぐわない彼の欠点であるとは――――  当然、彼は気づかない。  ・・・  ・・・・・・  ・・・・・・・・・  「ぺっ」とティラノサウルスから吐き出されるベルト。  だが巨大な恐竜の肺活量である。   まるで大砲の砲弾に生まれ変わったかのようにベルトの肉体は地面に向けて発射される。  肉体はきりもみ状態。視界は高速で回転する。  まるで津波に飲み込まれたように――――  前後左右上下不覚。  しかし、ベルトは体を丸め回転を制御。そのまま着地に備え――――地面へ衝突した。  舞い上がる砂煙の中、立ち上がるベルトの姿が浮き上がっていく。  無事。  だが、地面との衝突によるダメージを大きい。  その衝撃で言うならば前戦の『不破壊』が放った投げ技よりも上。  「――――ッ!? 体が動かない……」  だから、動けない。  (回復まで数秒。およそ……3秒弱)  戦闘下では致命傷と言える膠着時間。それを見逃すティラノサウルスではない。  ぶーんと野太い風切り音。   舞い上がった砂煙を切断するような切れ味を秘めたナニカが向ってくる。  回避は不可能。   ベルトは防御を硬め、僅かながらでも、襲い来る攻撃を軽減させるために音の方向とは逆に飛んだ。  鞭のように撓らせて高速で接近する物の正体。  それは――――  尻尾だった。 

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