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   1-6 「鍵をやったのか?」  アンナがいった。「私の意見を無視したな」 「してない。ここにある」  エリオットはアンナに鍵を見せる。指先には土から掘り返した鍵がぶら下がっていた。 「奴に渡したのは?」とアンナ。  壁から背中を離す。黒猫が床に降りた。家の中を歩き出す。 「うちの鍵だよ。あいつならいつでも歓迎だ」 「本物の鍵は私が預かる」 「俺には荷が重い」  鍵を放った。 「なかなかの魔導士だったな」と鍵を手にとってアンナ。 「顔は見えなかったぞ」 「いつ顔の話をした?」 「悪い悪い。ちょっとそこで待っててくれ、今クショーノフの店の名前を探す。ここらへんに手紙があったはずだ、たぶん」  足元に散らばった紙をみる。「あぁ、ちょうどあった。これだ」  そのうちの一枚を手に取った。アンナに渡す。 「ル=ゴフ商会ね」  アンナは呟く。 「通りの名前もあるだろ?」 「あぁ。クショーノフのダレン通りだ。扉に茨の飾りがついてる、とある」 「これで場所はわかった。じゃこれでいいか? 鍵も渡したし、店の名前も場所も教えた」  エリオットはいった。 「ん?」とアンナ。 「なんだよ」 「お前、抜けようとしてるのか」 「いや――」  もう手に負えない。家も荒らされ魔導士まで出てきた。できれば関わりたくない。 「ここで抜けたら、たぶんだが――、殺されるぞ。ま、これは私のささやかな意見に過ぎないが、お前はどう思う?」 「俺はそうは思わない。危険はあんただ」 「阿片だぞ。これは金になる」とアンナ。  ついに本音を口に出した。「ヴェトゥーラの絡んだ阿片の密売だ。おまけにこの鍵とさっきの魔道士、それにお前の家も荒らされている。誰だかわからない魔道士はお前の家を知っていた。たぶんエドゥアールと仕事をし始めたときから尾行されていたんだろうな。お前は阿片密売の片棒を担いで、相棒が死んだ今、片棒じゃなくて全てを一人で背負ってる。家も割れて、この分なら名前も何もかも割れてる。これから毎日、朝日を拝むたびに生きてるってこと、ただそれだけに感謝できる素晴らしい人生が待ってるわけだ。そういう人生に憧れるか?」 「説明がうまいんだな。感激したよ」 「私と一緒にいたほうが安全だといっている。それにお前は私に返すものがあるはずだ」 「なんだかんだいって、あんたも危ない状態なんだろ。俺は何かエドゥアールに関する情報を知っている可能性もあるし、手元に置いときたい。違うか?」  エリオットが言い終えると、アンナが近づいてきた。 「お前、やっぱ勘違いしてるな」  アンナがエリオットのみぞおちに拳を食らわした。胃があがってくる。鈍い痛みが腹にまとわりつく。 「自分に価値があると思ってるなら改めたほうがいい。私を面倒に巻き込んでおいて。このクソボケ馬鹿野郎が。阿片に魔導士、それに忌々しいサウスタークのクソったれ諜報員。これはお前の言うとおり私も非常に不味い。そんなの言われなくてもわかってる、クソが。だがな、この私はこの事件を探って命乞いをしようなんて思ってない。お前、巨大な蜂の巣を見たら、どう思う?」 「あぶない、かな」 「私は蜜だよ。甘い蜜だ。わかるな?」  あくまでアンナの狙いは金だ。この騒動に首を突っ込んで阿片に関わる金を狙ってる。 「いいか。この鍵は売れる。ル=ゴフ商会の関係者は喜んでこの鍵を買うはずだ。阿片と奴らを繋ぐ証拠だし、あの魔導士が欲しがるくらいだ。金になる」 「悪党相手に商売かよ。危険すぎる」 「意見するな。金を返すまで私の犬だということを忘れるなよ」 「態度は改める」  痛みの響く腹をさすった。「だからもう暴力はなしにしてくれ」 「いいだろう」  けつを蹴られた。「朝になったらクショーノフに行くぞ。準備してくるから、お前はその妹をどこかへ非難させておけ」  アンナは黒猫と一緒に部屋を出て行った。    ■  マリアノフの中央に流れるルスターク川を渡って、この街で一番栄えているリブス通りへ。通りを二本奥へ入ったパン屋がエリオットの妹、カテリーナの住む家だった。  エリオットは扉を叩く。扉にかけてったパン職人組合が定めた飾りが揺れた。 「ちょっと何、こんな時間に」  日付が変わる手前だった。疲れた声の女性が出てきた。  たるんだ頬と深いほうれい線に二重顎の太った中年女性。大きなシーツを一枚、素肌に被って出てきた。 「カテリーナは?」とエリオットは中年女性にいった。 「あぁ。エリオットかい」  中年女性はカテリーナの母親だった。名前はアマンダ。エリオットの母親ではない。カテリーナは腹違いの妹だった。 「カテリーナは無事か?」 「上で寝てるよ」  気だるそうにアマンダが答える。 「カテリーナをどこか避難させてくれて」 「何かトラブルかい?」とアマンダ。 「ちょっとしくじって」 「詳しくは話せないってわけね」 「さすが。勘がいい」 「私の心配は? 私は逃げなくていいってのか?」 「あんたも逃げたほうがいいかも」 「控えめだねぇ」  アマンダが皮肉をいったところで「お兄様――」と奥から声が聞こえてきた。カテリーナだった。  掴まると話が長くなるし、妹には嘘を吐きたくない。 「俺はいく。とにかくカテリーナを二、三日どこかへ預けてくれ」 「はいはい。できたらやっとくよ」  クソ、アマンダめ。 「頼むから。ニ、三日でいいんだ。ここじゃない場所へ預けてくれ」 「わかったよ。早くいきな」  アマンダの対応が不安だ。だがもう行くしかない。アンナが待ってる。  エリオットは念を押してその場を去った。

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