藍より出でて藍よりも青く | 第二章 冒険者編
藍豆

第四十八話 不測の事態

「何か来る!」  才吉は警告を発しながら金一の両脇に手を差し入れ上体を持ち上げると、扉の外――彼らがやって来た通路側へと引きずり出した。  ロベールとハンナも急ぎ銀杏を運び出す。  そうして扉の外で息をひそめ、一行はホール内の様子を窺った。  緊張のためか、汗が頬を伝う。  そのとき、何やらハンナが才吉の袖をクイクイと引っ張ってきた。 「今は動かない方がいい。じっとしてて」  彼女の行動の意味を即時撤退を促すサインと捉えた才吉は、ホール内部に視線を向けたまま小声でそう答える。  だがハンナは袖を引く手を止めようとしない。 (どうしたんだ? こんなときに)  怪訝そうに振り向く才吉――その目に信じられない光景が飛び込んできた。  引きつった表情を浮かべるハンナの頭の上に、なんとバスケットボールほどの透明なゼリー状の物体が乗っていたのである。 「!!」  思わず声を上げそうになり、才吉は咄嗟に自分の口を塞いだ。 (なっ、ななな、なにこれ!?)  驚く才吉の目の前で、その物体はただプルプルと震えている。  ハンナの後ろではロベールが目配せをしながら、そっと懐のナイフに手を伸ばそうとしていた。  すると突然ハンナの表情が変わる。その顔は、見る見るうちに歓喜に溢れていった。 (!! まさか!)  ある可能性を直感した才吉は、身振り手振りでロベールの行動を止める。  彼は不可解と言わんばかりの顔で才吉を見返すが、おとなしく握ったナイフを元に戻した。 (このハンナの表情……ひょっとしたら使役獣の前駆生体かもしれない)  そんな才吉の意識は大きな羽ばたきの音によって瞬時にホール内へと引き戻された。  扉の隙間から流れ出た空気が頬をかすめていくなか、才吉とロベールは物音を立てぬよう細心の注意を払いながらそっと中を覗き込んだ。 (なんだ……あれは?)  それは飛竜《ワイバーン》の姿をしていた。ただし筋肉も皮膚も臓器もない、骨だけの存在。  おそらくはスケルトンの亜種、その大きさから何体もの魔法種が寄せ集まった複合体と想像される。 「こいつは珍しい。骨飛竜《ボーンワイバーン》とでも言うのかね」  ロベールが囁き声で呟く。 (人の背丈の数倍はある……あんな骨だけの翼でどうやって飛んできたんだ?)  才吉がそんな疑問を感じた直後、骨飛竜《ボーンワイバーン》は何かに気付いたように首をもたげた。 (!! 気付かれたか!?)  才吉たちの身体に再び緊張が走る。  だが魔物の顔は明らかに別の方向へ向けられていた。  次の瞬間、広げた両翼に白い紋様が輝く。 (白!? 風属性の魔法か!?)  風を巻き起こしながら羽ばたく翼には、風壁魔法《ウインドウォール》によって空気の飛膜《ひまく》が形成されていた。  骨飛竜《ボーンワイバーン》の体がフワリと浮きあがった途端、何者かの声がホール内に響き渡る。 「放て!」  声と同時に、骨飛竜《ボーンワイバーン》に大量の矢が浴びせられた。  だがそれらは内部の魔法体どころか骨すら破壊するに至らず、魔物はほとんど無傷のままであった。  あまりにも予想外な展開に才吉たちは逃げることも忘れ、ただ呆然とその光景を見守っている。  すると骨飛竜《ボーンワイバーン》はその頭部に赤い紋様を輝かせた。  まるで火炎放射器のように発せられた赤い炎が、ホール内部を舐めまわすかのように踊り狂う。 「グギャアアア!」  断末魔の悲鳴が幾重にも重なって響いた。 (この炎、まるで煉さんの火炎魔法《フレイ》だ)  あまりの熱風に魔法障壁を持たないロベールが顔をそむけた瞬間、一瞬消えたと感じた骨飛竜《ボーンワイバーン》の赤い紋様が再び光を発した。  直後、凄まじい爆発音とともホール全体が振動する。 (なっ!? まさか……爆裂魔法《イクスプロード》!?)  才吉が驚愕の表情を浮かべたそのとき、後方の天井が崩れ落ちた。  通路内に土埃が立ち込め、才吉たちは咄嗟に袖口で口を塞ぐ。  崩落に巻き込まれるかと一瞬肝を冷やしたが、天井の落下は一部に止《とど》まっていた。 (退路を断たれた! なんてことだ!)  通路が塞がれたため、残された脱出経路は前方のホールだけ。  焦りながらもとにかく機会を窺おうと、才吉とロベールは再び扉の向こう側へ視線を戻した。  彼らはそこにまたも信じ難い光景を見る。  彼らの目に飛び込んできたもの――それは空中で両手剣を振りかざす黒い全身鎧《フルプレート》の剣士の姿であった。  両手剣が骨飛竜《ボーンワイバーン》の片方の翼に振り下ろされ、付け根から切り落とす。すると翼を形成していた骨が支えを失ったように一気に崩壊する。 「何なんだこりゃあ……バケモノの博覧会かよ」  ロベールは思わず声を漏らしていた。  火属性上位魔法を立て続けに放つ骨飛竜《ボーンワイバーン》の危険度は、生身の飛竜《ワイバーン》の比ではない。小型のドラゴン並みの攻撃能力といえる。  そしてそんな魔物の片翼《かたよく》を葬り去った黒い剣士の実力も驚異的だ。  しかし、飛行能力を失い地面に落下した骨飛竜《ボーンワイバーン》の反撃は予想以上に素早かった。  体勢を崩しながらも、着地直後の黒い剣士めがけて尻尾の骨――尾椎《びつい》が薙ぎ払われる。  周囲に散乱した骨を砕きながら迫る攻撃を、黒い剣士は避けきれなかった。  鎧と骨がぶつかる音が響く。  だが脇腹に直撃した尾椎は、黒い剣士の体を数メートル横にずらしたところでその動きを止めた。 (すごい! あの攻撃を受け止めた!)  即座に振り下ろされた両手剣によって尾椎が破壊されたそのとき、再び骨飛竜《ボーンワイバーン》が赤い紋様を浮かび上がらせた。 (あぶない!)  才吉がそう思った瞬間、後方へ飛び退いた黒い剣士の目の前で爆発が起きる。  辛うじて直撃は免れたものの、その身は吹き飛ばされ、才吉たちが隠れる扉へと激突した。大きな金属音が響いたはずだが、爆発音の直後でよく聞き取れない。  黒い剣士は意識を手放したように倒れ込み、その手からは両手剣が滑り落ちた。  この状況はチャンスと同時にピンチでもあった。  骨飛竜《ボーンワイバーン》は飛行能力を失い、落下して地に伏せている。ホール内は続けざまに発せられた爆裂魔法《イクスプロード》の影響で視界が悪く、行動が目立たない。目の前には魔法道具《マジックアイテム》らしき両手剣、才吉たちの存在はまだ気付かれていない。  まさに奇襲攻撃のチャンスである。  一方で黒い剣士は倒れ、唯一の脱出経路であるホールにはいまだ骨飛竜《ボーンワイバーン》が居座っている。そして自力で走れそうもない仲間が二人。  まさしくピンチといえる。  そんな状況の中、才吉は両手剣を拾い上げホール中央へと一気に走り出した。

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33pt

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