父のこと 05

 夫はわたしにこう言った。 「きみは自分を責めることはない。もともとお義父さんは妹にせがまれるままに、何十万も何百万もお金を貸していたんだ。妹にはカネをやって、自分にカネがなくなったら姉にせびるってどうよ。同じ娘だろうが」 「でも――それはお父さんの勝手じゃないの。お父さんのお金なんだから」 「お義父さんは鬱だったんだし、お薬をもらっても飲まなかった。年金をカタに借金して、次の日に取り立てられるから自殺したんだ。だいたい、妹が家の権利書を持ち出した時点で妹と縁を切るべきだったんじゃないか? しつけるのは親の義務だろう。借金のことだって、妹の旦那に言うべきだった。これだけお金を借りてるから返してくれってね。それがダメだったなら、自分でも働くべきだったんだ」 「でも定年を過ぎてるのよ?」 「自殺したところは名古屋で、近所にはコンビニもあったはずだ。店員になれば、少しは生活の足しになったんじゃないのか。それ以前に」  夫は、じっと目を見つめた。怒りと悲しみがその中に宿っていた。 「きみのお父さんは、東京にいる自分のきょうだいに借金をしていた。つまりお金がなかったんだ。それを返したから借金地獄に落ちてしまった。いったいきみのきょうだいは、なにをしていたんだ。お義父さんがどこから借金をしたのか、聞こうとしなかったのか」  わたしは考えに沈んでしまった。  伯父さんや伯母さんたちが、どうしてわたしに父の借金のことを話してくれなかったのかもわからなかったが、連絡先を知らなかった可能性もある。いとこはわたしのメールアドレスを知っているはずだが、報せる義務などなかっただろう。夫の言いたいことはいちいちもっともだとは思う。父は自分自身を律することができなかった人だった。そう考えれば気が楽になり、すべての責任を妹に押しつけることができる。  でもわたしは知っている。お父さんのことを、わたしは面倒に思っていたのだ。優しい言葉をかけて構ってやり、世話をするのが嫌だったのだ。義母のほうが好きだった。言いたいこともはっきり言わず、ぐずぐずしている父が情けなくて、くやしくて、げっそりしていたのだ。父はそんなわたしを知っていたに違いない。  そんなふうに思う一方で、自分を責めることで、悲劇の主人公ぶってるんじゃないかと自分を笑う声があった。本来責めるべき人間はほかにいる。妹を乗せて父にせびらせた人間や、権利書の話を持ちかけた人間。妹にまったく落ち度がないわけではないけれど、悪意を持つ人に罰が下らないのはどうなのだろうか。  わたしや家族以外はすべて敵だと実母は言った。敵に陥れられて父は死んだ。その敵のなかに肉親がいる。考えが足りないくせに口先のうまい人間が。  それに気づいてわたしは背筋に冷たいものが走るのを感じた。自分の過去を全て知っていて、いざとなったらわたしを陥れることができる人間、それが妹。  許せない罪を許すのがクリスチャンだと人は言う。許すことで自分や家族が危険にさらされる可能性がある場合、どうすればいいのか誰も教えてくれなかった。  妹に憎しみを感じる以上に、危険を感じる時が来ようとは……。  人生とは、なんとふしぎなものだろうか。

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