第六話

 ―王都ウリバルト ハンターギルド本部の受付―  王都ウリバルト。フォルセ王国のあらゆる富が集まり、この世界に住む人類の叡智が結集されて作り上げられている都市。  すでに、この地に人類が集落を作り始め一〇〇〇年の時を越えようとしていた。  餌として凶竜に追われる日々に恐怖を抱いて暮らしていた人類は、ウリバルトという安息の地を得て、子を産み育て、そこから新たな都市を作り出し、住むべき場所を拡げ、今日の繁栄を築き上げている。  そんな人類の転換点となった王都の目抜き通りに、王城の次に広さと壮麗さを持つ、石造りの神殿のような建物が鎮座している。  この建物は、この世界に人類の住むべき場所を与えてくれた、狩猟と繁栄の神ヴリトラムを祭る神殿であり、凶竜を狩るためにヴリトラムから祝福を受けた超越者とも言える、|狩猟者《ハンター》たちを管理するための組織であるハンターギルドの本部ともなっていた。  |狩猟者《ハンター》には、ハンターギルドが認定した公式猟団に所属する者と、猟団に所属せず、自由に依頼を受けるフリーハンターに分類されるが、いずれもハンターギルドが各地に作ったハンター訓練校を卒業し、狩猟と繁栄の神ヴリトラムの洗礼を通過した者のみが、|狩猟者《ハンター》として認められることになっている。  そうした|狩猟者《ハンター》を管理統括する組織であるハンターギルドは、フォルセ王国において、大きな権力を握っており、政治経済にも多くの影響力を持つことでも知られていた。  そんな大きな力を持つ、ハンターギルドの前に降り立ったローランドとイェスタの二人は、馬車を乗り継いで、北部のガレシュタットから昼夜兼行の移動を行い、一週間ほどで到着していた。  元々、王都に住んでいたイェスタにしてみれば、数年ぶりの帰郷であったが、本人はさほど楽しくはない様子であった。 「なんじゃ、イェスタ殿は王都出身だと聞いておったが、里帰りは嬉しくないのか?」 「王都は色々とあったからな。それに、俺は猟団を追放された男でもあるし、この街にあんまりいい思い出なんてないさ。もう誰も俺のことなんか待ってないしな」 「辛気臭い顔をするなっ! そんな顔のやつが猟団長だと思われると、うちが舐められる」 「いてぇっつーの。バンバン叩くな。ジジイ」  暗い顔をして、虚ろな目をしているイェスタの背を、ローランドは遠慮なくバンバンと叩いて元気づける。  そのローランドの能天気さに、久しぶりの王都帰還で陰鬱な気持ちになっていたイェスタの心は少しだけ気持ちが上向く。 「まぁ、気にするな。ちょっと無駄に力が余ってるだけだ。それよりも、新任猟団長の面接試験にいくぞ。これが通れなかったら、王都に来た意味もないからな」 「分かってる。真面目には受けてやるよ。だが、認めるか認めないかは、ハンターギルドのさじ加減次第だ。公式猟団の新猟団長に、今季公式狩猟実績ゼロの男が就任するなんて聞いたことがないからな。通らなくても俺を恨むなよ」 「その時は、潔く解散するしかないのう。フリーハンターでなら、ワシの定年も関係なくなるから、数人で組んでやるしかあるまい」 「マジか! ジジイの頭の中はネジが一本、ふっ飛んでいるんじゃねえのか。定年過ぎてフリーハンターとかド阿呆だろう」 「うるさいわい。都市の皆を護るのがワシの使命だ。ヘタレのお主には言われたくないわ。つべこべ言わずに、とっとと行くぞ」 「ジジイ、俺はヘタレじゃねええ!」  イェスタは、ローランドに手を引っ張られながら、数年ぶりにハンターギルド本部の門をくぐり抜けて内部へと足を踏み入れていった。  二人が入ったハンターギルド内部には、壁に掛けられた凶竜と|狩猟者《ハンター》の戦闘の様子を描いた絵画や、あまたの|狩猟者《ハンター》たちが狩った凶竜の骨や角、そして鱗や爪などが、ガラスケースに戦利品として陳列され、人類に恐怖を与え続ける凶竜を狩る唯一の人類である|狩猟者《ハンタ―》の権威を見せつけていた。  そのような陳列品が並ぶ中、床に敷き詰められた赤い絨毯を踏みしめて、ローランドとイェスタは本部の受付へ向かい歩く。  ほどなくして、広くなった空間の中央に、槍と盾を構えた豊満な肉体を持つ女神像が置かれ、その前にはお揃いの紺色の制服を着た、綺麗な女性たちが仕切られたカウンター席に座り、|狩猟者《ハンター》と思われる人物や、討伐依頼に来たと思われる住民たちと話し合っている場所に出ていた。  この場所が、王国内での|狩猟者《ハンター》のすべて活動を統括するハンターギルド本部の受付であった。 「どのような、ご用件でしたでしょうか?」    二人は空席だった窓口に近づくと、対応した受付嬢に来訪の目的を告げた。 「わしはローランド・ラッザリと申す。三部ランク所属の|辺境の狩猟者《フロンティア・ハンター》の猟団長をしておるが、今季で定年を迎え引退するため、来季の新猟団長についてハンターギルドの猟団統括部に判断を求めに来たのだ。統括部長を呼んでもらえるだろうか?」 「|辺境の狩猟者《フロンティア・ハンター》のローランド様。あ、はい。確認しました。今、取り次ぎますので、ここでしばらくお待ちください」  受付嬢がローランドたちに席を勧めると、一礼して奥の部屋に消えていった。  しばらく待つと、でっぷりと肥えた男が汗を拭きながら、さきほどの受付嬢に先導されて、二人の前に現れた。 「これは、これは、ローランド殿。お久しぶりですな。受付嬢から大体のあらましを伺いましたが、そうですか今季でローランド殿も引退の年なのですね」  受付嬢に勧められた打ち合わせ用のテーブルの対面に座った肥えた男が、このハンターギルドの中でも猟団への指導を司る部署の責任者であった。 「ファルマ殿、永らくご無沙汰しておりました。ワシもついに引退の時期がやって参りました次第で……。ワシとしては残念なのですが、これはハンターギルドの決めた規定なので、仕方ありませんな」 「久しぶりにローランド殿のお顔を見たと思えば、もう引退の歳になられましたか。私としてもやれるうちはやってもらいたいと、常々思っているのですが、六〇歳以降は超越者としての力が一気に衰えると、ギルドの研究部から言われておりましてな。このような規定を設けねばならないのです。|狩猟者《ハンター》も加護が無くなれば、ただの人になってしまいますからな」 「まぁ、仕方ない事です。定年後はフリーハンターとして余生を過ごそうと思っておりますぞ。まだ小型の凶竜程度には遅れはとらぬつもりなので」 「そうですか……ご無理なされぬように……。で、本日は新任の猟団長の審査をしてもらいたいとのことでしたが」  ハンターギルドの統括部長であるファルマは、ローランドの隣に座っていた新猟団長のイェスタをチラリと一瞥する。  すると、すぐにファルマの顔色が一変し、顔から滝のような汗が流れ出したかと思うと、せわしなく目を泳がせ、ハンカチで額の汗を拭い始めた。 「イ、イェスタ殿!? 人相こそ少しお変わりになられてますけど、かつて|狩猟者の栄誉《ハンターズ・オナー》を獲得されたイェスタ殿ですよね!? はぁ!? イェスタ殿がローランド殿の猟団の後釜なのですか?」 「ファルマ、でけえ声で俺の名前を言うんじゃねえ。なりゆきだ。なりゆき。俺はこの数年間、公式狩猟記録ゼロのタダのフリーハンターのイェスタだ。そのことを忘れるんじゃねえ。|狩猟者の栄誉《ハンターズ・オナー》を取ったイェスタはすでにもういねえよ」  過去の自分を知る人物に会ったことで、イェスタは不貞腐れたように椅子から足を投げ出し、そっぽを向いた。 「そうなのだ。我が猟団の後釜候補が、今季中にAランク狩猟免許を取れなかったため、やむえぬ処置として、このイェスタ殿を来季のうちの猟団長としてスカウトしたのだ。なので、ハンターギルドには、この人事案を認めて頂きたくてこうやって面会に来た訳なのだよ」  過去、公式狩猟成績がゼロの|狩猟者《ハンター》が猟団長に就任した事例は一件もなく、イェスタもそのことを知っているため、ローランドの嘆願は無駄な労力であると思っていた。  王都までついてきたのは、そうしなければあの場がおさまらなかっただろうし、酒代を払える持ち合わせがなかっただけという理由もあったからだ。  イェスタの思惑通り、ローランドの嘆願を聞いたファルマは、途端に苦り切った顔で考え込んでいく。  前例のないローランドの嘆願内容に即答が出来ないでいる様子が見て取れるのであった。 「そういうご用件でしたか……。確かにローランド殿の猟団は、Aランク狩猟免許を持たれた方がいらっしゃいませんからね。その代わりにイェスタ殿を立てて、後任までのつなぎとされたいという訳ですな……。むぅ、困りましたな……。規定こそありませんが、今季公式狩猟成果を上げておられぬイェスタ殿を猟団長に据えるのは、いささか難しい案件ですよ。私としてはイェスタ殿の残した、過去の実績があれば大丈夫だと思うのですけどね。ハンターギルドも狩猟成果至上主義な所もありまして、私の一存では……」 「言った通りだろ? 俺みたいにポンコツ化した|狩猟者《ハンター》をギルドが猟団長として認めてくれる訳ねえんだって」 「じゃが、わし以外にあの地で、Aランク狩猟免許以上をもっているのは、お主しかおらんのだ。ファルマ殿、特例で認めてくれ。頼む。このままでは、ガレシュタットが廃棄都市になってしまうのだ」 「そう言われましても……善処したいのですが……他の猟団との兼ね合いもありますので……」  受付カウンターでローランドが、ファルマに詰め寄り、必死にイェスタの猟団長就任を認めてもらおうとしていた。  受付のある広間の周りには、過去の英雄イェスタが、久しぶりに王都に現れたことで、ギルド内にいた若い|狩猟者《ハンター》たちが集まり、真剣な表情で三人のやりとりを眺めていた。  消えた英雄として王都の人の記憶からは消えたと思われていたイェスタだが、彼が打ち立てた五年連続の|狩猟者の栄誉《ハンターズ・オナー》受賞の記録は、未だに破られておらず、若い|狩猟者《ハンター》から見れば、伝説クラスの憧れの存在として語り継がれていた。 「ファルマ殿、その案件認めてやれば良いのではないか?」  押し問答をしていたローランドとファルマに向かって、ギルド内の野次馬の中から声が掛かった。  周囲の人が声の主に視線を送ると、そこには常にトップに君臨し続ける|華麗なる獅子王《スプレンディッド・ライオンキング》の猟団長マルセロの姿があった。  数年ぶりに帰った王都で、師匠マルセロの姿を見つけたイェスタが、バツの悪そうな顔をすると、席を立ってその場から立ち去ろうとする。 「逃げるのか? せっかく追放してやったのに、フリーハンターとして数年間も無駄にした上、今度は『三部の末席に名を連ねるのが、やっとの弱小猟団の猟団長』か。我が弟子だったとはいえ呆れ物も言えんな。いや、そんな猟団の猟団長にすら、してもらえぬのだったな」  マルセロの挑発するような言葉に、キッと表情を険しくしたイェスタが睨みつける。  イェスタ追放後もマルセロの猟団は、フォルセ王国のトップ猟団として君臨し続けており、現国王からの信任も高いままであった。  そのため、彼は|狩猟者《ハンター》に対し、絶大な権限を持つハンターギルドにおいても、かなりの影響力を行使できる権力を持っているのだ。 「う、うるせえ。俺は逃げてねえぞ。ただ、ハンターギルドが認めないだけだ。俺が猟団長に就任したら、あんたの猟団くらい簡単に引きずり落とせれる」 「ほぅ、それは面白い。三部の弱小猟団が一部のトップに君臨するわしの猟団を引きずり落とすとな? ファルマ殿、ローランド殿の嘆願を聞いて、そこのポンコツ|狩猟者《ハンター》を猟団長に据えてやればいい。どうせ、一年持たずに猟団は解散すると思うがな。ギルド内の手回しはわしが請け負ってやる」 「マルセロ殿!? そ、それはマルセロ殿が根回しをしてくれるという訳ですかな?」 「ああ、わしがギルド内の了承を得ておこう。大口を叩いた不肖の弟子が引退するように引導を渡してやるのも、師匠としての務めだと思うのでな」 「ふざけやがって! 絶対後悔させてやるからなっ! ローランド! 俺はお前の猟団の後釜に座って、あそこで偉そうに能書き垂れてるクソ師匠に逆に引導渡してやる」  ボロカスに言われたイェスタが激高して、マルセロに掴みかかろうとしたのを、ローランドが羽交い絞めにして押さえ込む。 「イェスタ殿、そういきり立つなっ! マルセロ殿が猟団長就任を後押ししてくれるのであれば、お前は問題なくうちの猟団長に就任できるはずだ。今ここで、暴れて問題を起こすべきじゃないぞ。|狩猟者《ハンター》なら狩猟結果で語るしかないのだ。それが|狩猟者《ハンター》の鉄則だと訓練校で嫌というほど教え込まれたはずだろう」 「ちぃ、そんなこと言われなくても分かってるっ! くそ、もうここには用はないから帰るぞ。すぐに帰って、来季に向けての準備を始める!」 「フハハ、せいぜい田舎の猟団長で朽ち果てろ。腐れ馬鹿弟子め。ハハハ!」  敬愛する師匠であったマルセロからの罵声を背に受け、言いたい言葉を呑み込んだイェスタは、ローランドを引き連れると、足早にハンターギルドを立ち去っていった。  その後、ほどなくしてハンターギルドよりの使いから、イェスタの|辺境の狩猟者《フロンティア・ハンター》の猟団長就任の認可状が、ガレシュタットのローランドの下にもたらされることになった。

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