ファースタンバーグ家(前篇)

 装備の大半をキャンプレジューンの大隊武器軍曹に預け、身軽になった俺たちは、ジャクソンビルで一泊してから、アルバート・J・エリス空港から四七〇キロ離れたトリ=シティーズ空港へ飛んだ。盛大に寝坊して飛行機に遅れそうになり、毎度学習しないな俺ら、と笑い合う。    民間人ぽいラフな服装に、海兵所属を示すパスケースを首からぶら下げた俺たちは、アルバート・J・エリス空港の出発ゲートで護身用の武器を預けた。  俺はSIG P226を、レイザーは同じくSIGのP210-6。どちらも9mmパラベラム口径だ。  個人的には.357SIGのほうが好きなんだが、弾が高いし手に入れづらいし、拳銃の交戦距離なら9mmも.40S&Wも.45も.357SIGも、どれも大してかわりゃしない。  ちなみにP210-6のほうが全長は長い。ターゲット競技用の高精度な拳銃で、こいつにレイザーの射撃術が加わると一二〇メートル六発二秒ピンヘッド、なんてことができる。俺はせいぜい五〇メートルで集弾五センチ、八〇メートルでヘッドショットが精いっぱいだ。これぐらいは海兵スナイパースクールの平均点、の、下のほうってところだな。スナイパースクールで散々にしごかれたおかげでライフル射撃はずいぶんうまくなったが、拳銃はいま一つだ。  それともうひとつ、レイザーは愛用のタントーも預けた。こいつはオキナワ撤退戦のとき、助けた皇国軍の空挺大尉からもらったものだ。刃鋼のパイプに芯金を挿入して鍛えた満鉄造り、切っ先はコガラスマル造り。身厚く重心はやや前のめり、|スケルトンフルタング《中抜き全茎子》に|パラコード《降下索》グリップ、|ダブルヒルト《二重鍔》。刺突できる細身のナタって雰囲気だ。かなり乱暴に扱っているが、欠けもしなけりゃヨレもしない。一体何がどうなってんだか。  武器を預けて腰を軽くすると、なんだか落ち着かない。  これもまぁいつもどおりで、すっかり顔なじみの空港検査官──海兵上がりのラテン系──は「お勤めが長いとしっくりこないよな」と軽口でなごませてくれた。 ◇  トリ=シティーズまではボンバルディアの短距離旅客機。  フライト時間は一時間足らず。  退院してからの書類仕事や法務部とのやり取りでくたびれていた俺は、座席についた途端にストンと寝入っちまった。いつでもどこでも素早く寝るのは、兵隊の必須技能だ。  ところで俺たち|ぶよぶよ野郎《スライム》は訓練すると、体の八割は寝ながら、残りの二割は交代で起きてることができる。  つまり寝ながら隣に座ったレイザーの様子を伺ったり、周囲を警戒したりできるわけで、その日もそうしていたわけだ。まさか毛穴のいくつかがピンホール・レンズ式の目になっているとは、ミスター・シャカでも思うめぇ。  そうするとレイザー、ひじ掛けに置いた俺の右手に自分の左手を重ねて、にぎにぎしてるわけだな。猫かよ。かわいいかよ。  でもニヤけないように思いっきり顔しかめてるんだな。でも時々緩む。  美人可愛い黒エルフが俺の手を握って、顔しかめたりにやけたり。  かわいいかよ。  かわいいだな。  かわいい。  かわかよ。  かわ。  嗚呼、素晴らしきかな人生。  そうこうしてる間にキャビン・アテンダントの白エルフのお姉さんがやってきて、にっこりした。小声でレイザーに問う。 「お連れ様に毛布は?」  レイザーは無表情に首を横に振った。  キャビン・アテンダントは笑顔でうなずき、さらに小声で付け足した。 「ぶよぶよの皆さんて、猫の肉球みたいで、触ってると気持ちいいですよね」  レイザーは目ん玉まんまるにおっ広げて顔を真っ赤にし、急いでうつむいた。  白エルフのお姉さんは笑顔をさらに大きくすると、優雅に立ち去る。  レイザーはまだ俺の手をにぎにぎしていた。  そうかー。俺は猫の肉球か―。  にゃん。 ◇  トリ=シティ―ズに到着し、預けていた武器を受け取り、迎えに来ていたユダヤ人の執事さんの運転で、バトラー近郊のファースタンバーグ家まで移動した。  クルマは一九四二年型リンカーン・コンチネンタル。クラシックだね。  ただし中身は超最新と伝統技法が入り混じった、完全イカレ仕様。  エンジンはホンダ・オブ・アメリカの5.8リッターV8自然吸気DOHC32バルブ人工知能制御Vテックエンジン、ミッションは秋津洲から脱出してきたアイシン精機の八速セミオート。オートマチックモードならひたすらスムーズ、おっそろしく|滑らか《シルキー》な走りができるが、マニュアル・スポーツモードならインディ・マシンもびっくりのじゃじゃ馬に早変わりだ。  駆動方式は4WDで、デフケースはプロ・ホーシング・ワークス製のラリー用鍛造アルミ。すっげぇハードコアな逸品だ。もちろんLSDも入ってるが、最近はやりの電子制御なんて無粋なものは入ってない。せいぜい四段階機械式駆動力前後配分までだ。  ほかにもボディの強化と軽量化、前後ダブルウィッシュボーンサスペンションへの変更にガス圧リモート可変式ショックアブソーバーとクロモリ鍛造スタビライザーバーの装備、ワイドトレッドタイヤ装備とクラスVI+防弾が施され、リムジンなんだかラリーカーなんだか、装甲車なんだかよくわからない化け物に変貌していた。  ちなみにこれらは全部こいつは執事さんの要望でそうなってる。彼は外見上五〇歳ぐらいにしか見えないが、レイザー曰く「子供のときからこの見かけ」とのこと。魔法使いか、ひょっとしたらカバラ魔術の使い手なのかもしれないが、拳銃射撃と格闘技なら現役海兵の俺ですら歯が立たないってんだから、とんでもない話だ。  さて、なんで俺がこの車の仕様に詳しいかといえば、決まっている。  オキナワ撤退戦のあとの長期休暇で、俺とサムが組み立てたからだ。  試走させたときのことを思いだすだけでブルっちまう。マジ最高。  セダンてのは後席の乗り心地が最優先なんだが、それを維持しつつ走りも最高って、完全にチートだよな?  こいつならケン・ブロックも大満足間違いなし。    ◇  で、ファースタンバーグ家へ到着するまでの車内で、俺は執事さんとこのイカした車のことやら、黒エルフ居留地区外で行われてるラリー/ダート競技についてひとしきり盛り上がっていた。  そりゃあ、ファースタンバーグ家の玄関でリドリー上院議員とヴィクトリアさんに、ため息つかれて当然っていうか。  なぜって、クルマから降りてもレイザーはふくれっ面で、ずぅーーーーーーっと俺をぷにぷにぷにぷに揉んでいたからなんだな。   「猫かよ」 「ぶにゃん」 はーーーーーーーーーーーーー。 猫の真似する男勝りの黒エルフの相棒がかわいくてしんどいんだが?

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この作品の評価

124pt

かわいい……みんなかわいい……

2019.09.05 09:36

榊亮

2

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ああ、ついにお二人が結婚! 13年もなんと一途なこと!(笑)

2019.08.16 15:37

機人レンジ

1

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