なんで俺なんだよ?

「それはともかくとして。休暇に入ったらすぐにハーディの墓参りをします」  俺の言葉に皆が頷いた。お前の無茶があいつを殺したんだ、とは言われない。  下手したら死んでいたのは俺の方だ。 「それから、昇進の件ですが、そろそろ例の件を進めていただいてもいいかと思うんですが」 「ああ、そういやそうだな。もういい時期だろう」 「なんの話ですか?」  俺が水を向けると中佐殿はぽんと手を打ち、レイザーは怪訝な顔をした。 「お前を将校にしようかっていう話」 「え? やだよ。なんで俺なんだよ」  努めて何気ない風を装って言うと、レイザーは冗談だと思ったのか軽口で返してきた。  当然中佐殿は眉をひそめる。上級曹長殿は無表情だ。 「いや……俺いっつも言ってたろ、『お前が将校で俺がその先任下士官とかかっこいいよな』って。お前もいいなって言ってただろ」 「え? 真面目な話? ピロートークの冗談じゃなくて?」  レイザーがきょときょとと俺と中佐殿の顔を見比べる。  中佐殿と上級曹長殿は超でっかいため息をおつきになられた。 「……ジョニー、お前そういうとこだぞ……」 「え? え?」 「……申し訳ございませんです……」 ◇ 「はぁ……きちんと説明しなかったのは悪かった。すまない」 「だから二人で通信大学受けてたのかよ? MBAとか臨床心理学とか、海兵引退したあとのこと考えてんのかと思ってたぞ」 「うん。ごめんな。でまぁ、俺がお前に将校になってほしいってのは、いつも言ってる通りなんだけど、中佐殿は子飼いの部下から中佐殿のやり方をよくわかってる、下士官上がりの将校を欲しておられててさ」 「ええー! そんならおにいが将校になんなにょ! 俺はやだぞ!」 「「おにい」」 「あ」  穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。あのほら、秋津洲の神話で太陽神がお隠れになったやつ。あんな感じで一つ頼む。  でもって俺の秘密の呼び名を口走ったレイザーは、中佐殿と上級曹長殿の声に自分が何を言ったか気がついて、真っ赤になって縮こまった。頭の上にケトル置いたら、たぶんめっちゃいい勢いでお湯が沸く。めっちゃいい勢いで。 「おい、お前らちょっとたるんどるんじゃないか? 春だからって頭の中まで春なのか?」 「まぁまぁ」  さすがにバート上級曹長が気色ばんだが、似たような心当たりがあるどころではないらしい中佐殿が慌ててとりなしてくださった。頬に赤みが差している。  その表情を見て上級曹長殿は不承不承に矛を収められた。  中佐殿、すんません。 「はぁ、もう。今日はもうその話は無しだ。ただし、休暇明けまでに片をつけろ。いいな、一等軍曹に二等軍曹」  中佐殿は頭を押さえながら、袖の引き出しから真新しい階級袖章を取り出した。一等軍曹が俺のぶん、二等軍曹がレイザーのぶん。  上級曹長がむっつり黙ってそれを受け取り、俺たちに渡してくださった。  レイザーのほうを覗き見ると、ほっぺたがぷっくり膨らんでいた。  実年齢は俺より歳上なのに、そういう子供っぽいところが時たま出るのが愛らしいが、彼女を怒らせたのはこの俺だ。  どうしたもんかなぁと思いながら、努めて真面目な顔で中佐殿に聞き返す。 「休暇明け、ですか?」 「明日から私も休暇なんだよ。愛しの旦那さまのところで羽伸ばしちゃいかんってのか?」 「いえ、そんな。いつもありがとうございます。お袋たちも喜びます」  中佐殿は俺の実家の斜向かい、カスタムカーショップ経営のサミュエル・ホーキンズ海兵隊中尉(退役)の奥さまでいらっしゃる。そして旦那さまのサムは、俺がちびっこでいじめられっ子だったときよく構ってくれた、義理の兄貴みたいなもんだった。  休暇のタイミングが合えば、俺の実家の庭で肉焼きながらのんびり世間話をして過ごす、というのがここ一五年ほどの俺たちのお約束だ。 「ともかく、二人ともよく話し合って、よく考えてくれ。お前らのどっちかが将校になってくれたら嬉しいけど、まぁ無理にとは言わんさ。ふたりとも休暇は明日から。本日の課業はこれにて終了だ。解散して良し」 「|解散《ディスミス》!」  中佐殿は慈しむような視線を下さり、バート上級曹長はいつもの調子で声を張り上げた。  俺とレイザーはここぞとばかりに背筋を伸ばして敬礼し、きびきびとした動作で部屋を出た。 「バーベキューは休暇終わり二日前だからなー! ネタ仕込んどけよー!」  アイアイ、マム。 ◇  俺たちはキャンプ・レジューン内の共同墓地に埋葬されたハードテイルの元を訪れて、ひざまずいて花を捧げた。  ハードテイルと俺たちの付き合いは長く、学ばせてくれたことも多かった。  九年前、当時の|海兵特殊作戦部《MARSOC》は|武装偵察隊《フォース・リーコン》上がりの連中ばかりで、俺たちはなんとなく部外者扱いを受けていた。  だが、ハードテイルはそんなことは関係なく、親身に接してくれるイカした野郎だった。サムやフィッシャー一等軍曹、スコット先任曹長のような。  海兵隊は大きな一つの家族で、みんな兄弟みたいなもんだ。 「その兄弟を殺したのは俺だ、とか思ってる?」  はっと振り向くと、レイザーがじっとこちらを覗き込んでいた。 「俺はおにいのそういうところ好きだけどさ。だめだよ、あんまりそんなふうに考えちゃ。俺たちは兄弟たちの分も生きていかなきゃ」  彼女は墓石に目を移すと、ゆっくりと諭すようにそう言った。  目をしばたき、長いまつげが震えた。 「そうだな」  軽いため息とともに立ち上げると、レイザーも立ち上がって手を繋いできた。 「いつも心配かけてすまない」 「へへ、ちょっとは元気出た?」 「ああ。ありがとな。お前に説教される日が来るとは。できれば中佐殿みたいな感じになってくれると最高なんだけど」  俺がニヤリとしてそう言うと、レイザーはまたぷっくりとほほを膨らました。 「その話は今日はやめようぜ。腹立つし」 「そうだな。頭ごなしに話進めて、すまなかった」  俺はそっとレイザーの頭を抱き寄せ、可愛らしいつむじにそっと口づけた。 「愛してる」 「知ってる、よ!」  レイザーは照れ隠しに、腰の入ったワン・インチ・パンチを叩き込んでくる。 「んむっ……」 「じゃあな、兄弟。地獄であったら、また教練つけてくれよ!」  墓石の下から渋い声で、「さっさといきやがれ、この色ボケコンビめ!」とハードテイルが怒鳴ったような気がした。

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この作品の評価

124pt

かわいい……みんなかわいい……

2019.09.05 09:36

榊亮

2

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ああ、ついにお二人が結婚! 13年もなんと一途なこと!(笑)

2019.08.16 15:37

機人レンジ

1

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