異聞平安怪奇譚 | 将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
豚ドン

ギコン

 先程まで、|化生《けしょう》と相対していた|将門《まさかど》と|飯母呂《いぼろ》衆達の近くまで火の手が迫りくる。  将門は小太郎の顔を|見据《みす》え、口を真一文字に結びながら、考えを|纏《まと》める。 「小太郎」  ややあって、考えが纏まったのか口を開く将門。  将門の瞳には炎が映り込み、燃えていた。――|復讐《ふくしゅう》の炎か、|義憤《ぎふん》の炎か、知るのは将門只一人。 「|偽魂《ぎこん》の術で、この女子は助かるのだな」  小太郎は|確《しっか》りと、首を縦に振る。そこには確固たる意志が宿った左目が光っていた。 「うむ。……では、小太郎任せたぞ」 「|御意《ぎょい》。……では、将門様、女子の横に」  将門は小太郎に言われたとおりに、横たわった女子の腹の隣に、太刀を置きながら正座し、胸を張る。  小太郎は|神妙《しんみょう》な面持ちで将門の対面、女子を挟み、座る。  小太郎の人の手に戻っていた両腕が、将門の瞬きのうちに鬼の腕と変わる。  男二人は静かに|頷《うなず》き合う。    小太郎の鬼の腕が再び、将門の腹に触れ、音も無く、腹奥へと進んでいく。  将門は|玉雫《たましずく》の汗を流しながら、漏れ出そうになる|呪《しゅ》を留めるのに力を割き、耐える。  腹を|弄《まさぐ》っていた小太郎の腕が唐突に止まり、ゆっくりと引き抜こうとする。……が、しかし、拳が半分ほど、将門の腹から出たところで、小太郎の表情が曇る。  嫌な音を立てながら、鬼の腕に食らいつく蛇の頭が、将門の腹から顔を覗かせる。――将門は太刀の峰を覗かせ、|石火《せっか》の早業で、小太郎の拳に食らいつく、|鎌首《かまぐひ》を両断する。  蛇の頭は地に落ち、砂塵となり消えゆく。 「将門様の中に巣食い暴れる呪、とは異なる願い。……平将門の末を見たい。という小さな願い」  小太郎がそう言いながら、掌を上に向け開く。……其処には、一つの小さな|虹玉《にじたま》があった。  その玉を見た将門は笑みを|洩《も》らす。 「そして」  小太郎の左腕の長い指二本が将門の胸に、ずぷりと突き刺さり、ゆっくりと引き抜かれる。  鬼の指の先には一本の細長い、金の色を自ら発する糸。……指に糸を一巻きほど取れば、自然にぷつりと切れ、余った糸は将門の胸へと戻っていく。 「将門様の命の一端」  小太郎は金糸と虹玉を左指で摘み、女子の胸に埋める。――瞬く間に胸の傷が塞がり、心の臓がその鼓動を取り戻し、頬に赤みを帯び始める。 「偽魂の術。ここに成りました……意識は|追々《おいおい》、戻りましょう」  小太郎は両拳を地面に立て、頭を下げる。  将門が立ち上がろうとした。……まさにその時、獣の臭いを捉え、太刀に手をやり警戒をする将門。  対照的に頭を下げたまま、落ち着きながら口を開く小太郎。 「|猿《ましら》……覗き見していた狐を全て狩れたか?」  いつのまにか散っていた、影三つが小太郎の元に|参《さん》じ、片膝をつきながら首を垂れる。 「粗方は狩りましたが……|幾《いく》ばくかを逃してしまいました」  小太郎は頭を上げ、天を|仰《あお》ぎ見る。 「そうか……将門様。化生が戻ってくる前に急いで離れましょう」  将門は頷きながら、未だに意識を戻さない女子を背に担ぎ、ゆっくりと歩み出す。  ……風が吹き荒ぶ。燃え盛る木々から、将門に向かって吹く熱風に、押されるように小太郎の方へと顔を向ける。 「小太郎、|取木《とりぎ》の民……いや、今回の戦さで、被害を受けた全ての民に伝えて欲しい。望むものがいれば、豊田で将門が手厚く保護をする……と」  涙こそ流れていなかったが、その顔には|幽愁《ゆうしゅう》が刻まれ、影が落ちていた。 「御意」  小太郎の短い肯定の言葉。将門の心に背負ったモノが少し軽くなったのか、静かに微笑み、黒丸の元へと足を向ける。  将門は|女子《おなご》を乗せ、黒丸を駆り、火の手を避けながら、野本へと向かう。  将門は馬上で、此度の件を|平良兼《たいらのよしかね》義父や、|良乃《よしの》……そして、従兄弟であり|平國香《たいらのくにか》の息子である、|平貞盛《たいらのさだもり》に何と言えばと頭を悩ませ、心ここに在らずといった状態であった。 「|貞盛《さだもり》……お前の名誉の為、一族の為に、|國香《くにか》伯父上が化生を引き入れた事を、秘しておくのが最善なのか……」  その問いに答えるものは居らず、風切音と黒丸の荒い息が将門の耳に入ってくるばかりであった。  暫く走っていると、前方より騎馬武者が群れを成し、向かってきているのを将門の眼は|捉《とら》えた。  全員が|煤《すす》と血泥に塗れ、戦さ帰りであった事が|窺《うかが》い知れる。 「兄い! 将門兄い! 燃やしてきました! 完膚無きまでに叩き潰してきました!」  将門の姿を|目敏《めざと》く見つけた|将頼《まさより》は、馬上から大きく手を振り、千里までも届くような大声を張り上げていた。 「将頼の純粋さ……いや、馬鹿さか? 何にせよ、心が洗われるものよ」  笑いながら言ち、将門は考えを切り替え、将としての顔となる。 「良くやった! 流石自慢の弟に、我が手足よ! 全軍、これより豊田に帰還するぞ!」  将門の言葉に軍は雲の如く動き、馬上から各々が勝鬨の声をあげる。  将門へと徐ろに馬を近づける将頼。その顔には返り血が点々と付き、明るい笑顔をしていた。 「|将頼《まさより》、苦労をかけたな。|源護《みなもとのまもる》は居たか?」  |俄《にわ》かに|将頼《まさより》の顔が曇り、頭を横に振る。 「いいえ、居りませんでした。しかし、館も全て焼き払いましたので、再起には時間を要すと思います」  源護を逃した。――それは将門の心に不安の種を残す報告であった。  しかし、不安を表に出さないように|毅然《きぜん》とした態度の将門。 「それよりも、兄い。その女子は……|白髪《はくはつ》の|天女《てんにょ》の様な女子は如何される、おつもりで?」  将頼は黒丸の背に載せられた、白い髪が目を惹く、意識を失ったままの女子を指差しながら問う。 「この者は重要な者だ」  将門はさらりと言葉を返す。  しかし、将頼は思っていた返事ではなかったのか、口元と眉が下がる。 「いや、そうではなくて……兄いの新しい嫁ですか? そうでなければ自分に……」  そこまで言いながらも、将頼が顔を赤らめながら口籠る。  将門は言わんとした事を理解し、笑う。 「そうだ、新しい嫁だ。安心せよ、その内に将頼にも良い巡り合わせがあるぞ」  将門はついつい新しい嫁だと嘘をついた。――言っておかねば、将頼の|懸想《けそう》が|拗《こじ》れ、新たな火種になるやもと考えた結果であった。  将頼の背を叩き、黒丸の速度を上げる将門。……将頼に良い嫁を見つけてやらねばと心中で零す。  豊田に戻ってからの将門は慌ただしく動き回った。  此度の件を、虚実入り混じり説明し、|女子《おなご》の事を良乃や君乃に虚を交えて、懇々と説明し、|将平《まさひら》には焼け出された民達の対応を任せ、小言を言われ続ける。  ゆらりゆらりと、仄暗い穴の底で揺れる二本の金色。 「|偽魂《ぎこん》の術。……|反魂《はんごん》とは、また違った術」  カンカンと鳴き声が周囲に響き渡る。  甲高い笑い声が合わさって、反響し、大合唱となる。 「嗚呼、これだから|定命《じょうみょう》の者は面白い。本来の術の使い方とは違うのだろうけど……幾らか試せば……此方の使い方の方が面白くなりそう……」  いっそう激しさを増して揺れる、二本の金色。 「平将門がどんな顔をするか……楽しみで仕方ない」

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