作家の話⑥

 6. 【尾毛貴美雄】東京 /9月4日7時47分  伊吹山に執筆のための取材に行ったのは1月前だ。文学青年なんだったら旅行記でもしたためてみたらどうだい、だなんて軽く言っておきながら大変な取材旅行になった。そもそも真夏に山に行く時点で楽なはずがない。  結果を先に言えば、翌日足がひどい筋肉痛で冗談抜きでまともに動けなくなったことは忘れない。  日帰り可能とは聞いていたが、実際の登り降りで6時間以上歩かされるなんて聞いてなかった。  平らな道を6時間歩くのでも足が棒になりそうなものを、よくぞまあ行って帰ってこれたものだと今更ながら思う。  そもそもドライブウェイがあるなら車で行けばいいものを、「こういうのは体験がものを言うんだ」とか言って徒歩でのルートを推し進めてきた。今思えば近々読んだ本か見たドラマに影響でもされたのだろう。いや、もしかすると何も考えてなかった可能性すらあり得る。  でも、そもそも忙しかろうと引きこもる僕を連れ出してくれるほど気のつく響が、3日も何もないなんてことがあるだろうか。  考え始めると邪推が始まる。便りがないのは元気な証拠、という言い方もできるが、実際に便りがなくなった今、僕はそうは取れない。  悪い方へと考えてしまう。事故にでもあって身動きが取れないんじゃないだろうか。何か事件に巻き込まれているのではないか。  横になっていた身体を起こす。カーテンがないせいで朝の眩しさに目がくらむ。  早朝に目覚めてから、ぼんやりしつつ登山の記憶を思い起こし、気づけば響の心配をしている。  座布団を布団がわりにして寝たせいだろうか身体の節々が痛む。けれど今日は痛みを押しても動こうと思った。  響を捜しに行こう。  何かあったのだとしたら動き出すには遅すぎるかもしれないが、だからと言ってこのまま座しているには居心地が悪い。  身支度を整えると、僕はドアノブに手を掛けた。

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