作家の話⑤

 5. 「カワラナデシコ」ー25頁ー 「伊吹山に来たのは去年に続いて2度目になる。去年は君が僕をここに連れて来てくれた。  標高1000メートル強のハイキングができる山、だなんて適当なことを言っていたのを思い出す。  実際に二人で登ってみると最初は良かったが半ば手前から木々が少なくなり、勾配が上がっていった。草原のような中腹を過ぎると岩肌が目立ち始め、山頂手前からは四つん這いになって岩に手を這わさないと登れないほどだった。  体力のない僕を先導する君は、自分も疲れているだろうに参ったねと言いながらも微笑を崩さなかった。  予想外の状況でもそうして弱ったようなセリフとは裏腹に場を楽しめるのは君の才能だよ。  今、君と去年登り切って休憩した登山口付近の岩に腰掛けている。周りには去年の僕らのように一山越えた達成感に微笑み合っている人たちがいる。家族連れも、カップルも、お年寄りの集団も、友達同士も。  そんな風景の中、僕の隣には君がいない。  写真を撮ってきてくれと見舞いに行った病室で言われたことを思い出して持参したカメラのファインダーを覗く。  去年とそんなに変わらぬ景色のはずなのに、今年はなんだか違う場所に来たようにも見える。  別に見える景色が悪いわけではない。ここからの眺めは360度絶景だ。  少し先にある古びたお堂にも足を向ける。伊吹山には薬草も多く自生しており、お堂には薬師如来が祀られている。ここで修行をしていた人たちは意外と健康生活を送っていたんじゃ、なんて軽口を叩いていた君の姿が思い浮かぶ。  病院に行けば足を吊っている以外は元気な君がいることは頭では分かっているのに。  ここにこうして君がいないだけでお堂も僕も風化したような殺風景さを覚えてしまう。」

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