函館戦争 2

 舞い降りてくる人形どもを、防空担当のニンジャたちは黙って見ていたわけではない。  出撃拠点から、役場庁舎から、次々にPKランスが飛ぶ。  だが、必殺必中のはずのサイコキネシスの槍が回避される。 「なんという機動ですか」  双眼鏡で観察しながら、魚顔軍師が呟いた。  直撃するはずのランスを人形が回避してのけるのだ。  ありえない機動で。  ハリアーに乗ったことのある彼には判る。  あれは、人間の科学力で可能なことではない、と。 「となると、導かれる結論はひとつしかありませんわ。信二さま」  隣に立った楓の言葉。  メインベース屋上である。 「科学と魔術のハイブリッドですか。それだけの技術を持ちながら、なんで澪にこだわりますかねぇ」  やれやれと肩をすくめる軍師。  澪にあんなものを作ることはできない。  こと軍事面において、アメリカもロシアも、ずっとずっと澪をリードしているのだ。  それなのに、霊薬ごときを手に入れようと躍起になる。 「無理もありませんわ。|不老不死《ふろうふし》は人類の夢ですもの」  くすりと楓が笑った。  霊薬に不老不死の効果があるかどうか、じつのところまだ判ってはいない。  投与が始まったのが昨年からだからだ。  寿命がのびるのか、むしろ縮まるのか。  その結果が出るのは、何十年も先の話だろう。  マウス等の実験ではたしかに|延命《えんめい》効果が認められているが、それが人間にそのまま当てはめられるのか、誰にも判らないのである。 「中高年での投与例はひとつだけ。そのひとつがあれでは、期待を持ちたくなる気持ちは判りますわ」  楓のいうあれとは、もちろん北海道知事のことだ。  もともと老け込んだ印象の人物ではないが、霊薬服用後の彼女は、どれほど年かさにみても三十代の半ばにしかみえない。  一気に三十歳近くも若返った印象である。  若く健康な肉体。  |為政者《いせいしゃ》ならずとも欲しがるだろう。 「あ……」  ふいに楓が声を漏らす。  説明しているうちに気付いてしまった。  ひとつの可能性に。 「ですね。俺も今気付きました」  婚約者の思考の軌跡をトレースした魚顔軍師も苦い顔をする。  若き軍師が思い当たったのは、北海道知事が拉致される可能性である。  澪にとって知事は重要なファクターではない。  ゆえに彼女を政戦両略のなかに組み入れることもなかった。  だが、敵にとっては違う。  澪の外部で、唯一霊薬を服用した人間である。  しかも寒河江のように強固な守りがあるわけでもない。カモがネギを背負って歩いているようなものだ。 「|祟《たた》られますね……あの女史には……」  ため息を吐く信二。  とはいうものの、元はといえば暁貴と鉄心が簡単に霊薬を供与してしまったのが原因である。  神ならぬ身の上とはよくいったもので、このような未来が待っているとは、夏の時点で想像もできなかった。  知事が誘拐されて実験材料にされる可能性。  そんなものを予測できるものがいるとしたら、それは少なくとも人類ではないだろう。 「でも、いまさらどうすることもできませんわ」  楓が|頭《かぶり》を振る。  時間を戻すことはできないし、現状では知事の護衛を出す余裕もない。 「そうですね。そもそもここで負けたら、知事を守るどころではありません」  信二も軽く頭を振り、手の届かない場所のことを脳細胞から追い払う。  今は目前の戦場に集中しなくてはならない。 「空にいるうちに撃墜するのは諦めましょう」  むしろ地上で決着をつけた方が良い。  澪の戦士たちには空を舞うことのできる者もいるが、やはり地上での白兵戦こそが本領なのだ。 「判りました。各員に通達。攻撃で牽制しつつ誘導するんだ。敵の降下地点を限定するよ」  たった一言で軍師の意図を理解した実剛が指示を出す。  市街地に降りられてはたまらない。  誘導場所は、自衛隊と模擬戦をおこなったり、実剛と御劔が殴り合いを演じた、あの公園である。 「役場庁舎から目と鼻の先だけど、その方が敵も決断しやすいだろうしね」 「ご賢断です。御大将」  年少の主君の判断に、最大限の賛辞を送る魚顔軍師だった。  雪を蹴立ててポークコマンダーが突進する。  その背に乗るのは澪を守る騎士たち。 「|大空《タイクウ》に我は汝の姿を描く。|紫《シ》の神よ我に伏し、万条の魔手を解き放たん」  朗々たる詠唱は、九藤のものだ。  勇者の周囲に収束してゆく光。 「吠えよ! |九頭竜《ナインヘッドドラゴン》!!」  叫びとともに九条の光が解き放たれ、絶望的な交戦を続けるアメリカ軍を打ちのめした。  御劔であれば詠唱せずに攻撃魔法を発動させることができるが、さすがに九藤にそんな芸当はできない。  ただ、いきなり強烈な魔法を撃ち込まれたアメリカ兵たちにとって、そんな事実はいささかも慰めにならないだろう。  光条を追うように駈ける熊童子、金熊童子、虎熊童子の大江山クマ軍団。  すでに鬼化しており、おとぎ話に描かれる鬼の姿そのものだ。  降り注ぐ銃弾をものともせず、兵たちに食らいつき、薙ぎ払い、頭蓋を握りつぶし、はらわたを引きずり出す。  悪夢のような光景。  第二要塞の忍者たちの攻勢をかろうじて支えていた陣列が一気に乱れる。 「おのおの方、好機にござれば」  仁を中心とした増援の忍者隊がポークコマンダーから次々と飛びだしてゆく。  これにはアメリカ軍もたまらない。  最初のニンジャどもにすら手を焼いているところに、ほぼ同数の新たなニンジャ軍団である。 「良いタイミングだぞ。仁」  PKニンジャブレイドでアメリカ兵を切り裂きながら鋼が笑う。 「さすが自慢の弟子って感じ? 鋼くん」  背中合わせになったノエルが混ぜ返した。 「もうあれは弟子ではなく一人の戦士だ。戦う理由を得て、守るべきものをもったのだからな」  命じられるままに動く機械ではない。  自らの意志で戦い、愛すべき者たちのために|生きる《・・・》ひとりの男である。  引き裂かれてゆくアメリカ軍の陣形。  出撃拠点からの一撃が、まさに|楔《くさび》となった。  戦意を喪失して逃亡を図ろうとする兵士たち。  ここまで逃げなかったのが不思議なほどではあるが、ついに勇気も潰えた。  だがそれすらも魔王軍は許さなかった。  無防備な背中に、サイコキネシスの槍が、サクラマサクスが、魔法が、牙が、爪が突き刺さる。  第二要塞から大音量で放送が流れる。 「戦う者と逃げる者には死を。武器を捨て、跪く者には命をくれてやろう」  |流暢《りゅうちょう》な英語は、もちろんこころの声である。  澪の面々には、残念ながらまったく理解できなかったが、これはアメリカ軍に聞かせるためのものだ。  |降伏勧告《こうふくかんこく》。  これまで澪は逃げる兵を追わなかった。  だが、そうもいっていられない事情ができた。  このまま国道五号線に居座られては、函館に向かおうとする自衛隊の邪魔になる。  艦隊に|呼応《こおう》して函館を攻撃されるのも面白くない。  ここで死ぬか、捕虜になってもらうしかないのである。 「抵抗しない……」 「命だけは……」  戦域の各所から声が聞こえる。  雪原に捨てられる銃。  一人が降ると、あとは雪崩をうつように次々と降伏してゆく。  放送通り、雪の上に膝をついて。  前線指揮官である鋼が戦闘停止を命じた。  もっとも、わざわざ命令しなくとも澪の戦士たちは戦いをやめていたことだろう。  第二要塞に侵攻したアメリカ軍は二千五百名。  このうち降伏したのは三百名に達しなかった。  他はすべて冥界の門をくぐったのである。  さすがのニンジャたちも血に飽いていた。 「ほぼ全滅。ひどい有様ね」  ため息を吐くノエル。  勝てもしない相手に挑んだ結果が、本気にさせてはいけない相手を本気にさせた結果がこれだ。 「闇の領域に足を踏み入れるというのがどういうことか、これで判ってくれればいいんだけどね」  どうしてヴァチカンが選ばれた者だけで戦うのか。  単純な理由だ。  ただの人間では魔族や魔物に勝てないからである。  無駄に犠牲が増えるだけ。  光の中で生きる人間が、触れるべきではないのだ。  小さく十字を切る。  |数珠《じゅず》繋ぎにされたアメリカ兵たち。  |悄然《しょうぜん》と要塞へ引き立てられてゆく。  と、響き渡るクラクション。  盛大な地響きをおこしながら、巨大なトレーラーが何両も大沼公園インターチェンジ方面から迫ってきた。  先頭を走る装甲車の上部ハッチが開き、三浦陸将が顔を出す。  ポークコマンダーから信一が手を振る。  返ってきたのは敬礼。  そしてそのまま速度を落とすことなく、トレーラーの群れは函館方面へと走り去っていった。

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