フォカレ王国物語-魔法使いと金欠王子- | 【一章】魔法使いメティとフォカレ王国
夏白

第一話

 太陽が天辺に輝き、熱がじりじりと体力と水分を奪っていく。  そんな中、荷馬車が一台、土埃に埋もれるように渇いた大地を走っていた。  目指すのは中央大陸でも僻地と言われるフォカレ王国。  開拓民が起こした古い国だと言われる国は、観光地もないことから、満足に道も整備されていない。  メティは揺れる荷台から転がり落ちないよう、必死でしがみついていた。  そうしてると、ただでさえ陰気な黒ローブ女が、ますます幽霊めいてくる。  もともと室内に籠もっていたせいで血管が透けて見えそうなくらい、メティは青白い。  髪は足首に届くほどで、闇のように暗い紫色だ。目は深い色の緑をしていて全体的に影が薄い。夜道で出くわしたら悲鳴を上げられそうな、幽霊めいた容姿だった。  そんな容姿のメティが唯一自慢に思っているのは|鳥人《オルニス》族の証である、羽のようにふさふさとした真っ白な耳と、背中の大きな翼だ。 「ディエルさん、そろそろ付く頃でしょうか?」 「あそこに砂丘が見えるだろう? それを越えたらフォカレだ。皆、魔法使いが来たって知ったら喜ぶだろうな!」  御者をしていた青年が、陽気というよりも浮かれきった声色で答えた。  彼は短い金髪の髪に洗いざらした灰色のワイシャツとズボン、膝まであるブーツを履いていた。肌は日に焼けていて、そばかすが散っている。純朴そうな青年と言う印象だ。  メティは彼に誘われて、フォカレ王国を訪ねる途中だった。  老いた馬がヒヒンと嘶く。 「若輩の身で、たいそうな魔法が使えるわけでもないのですが……」 「うちの国には一人も魔法使いがいないから、居てくれるだけで大助かりだ」 「ディエルさんの故郷って、何かあるんですか?」 「食べていけないってほどじゃないが、よくもない。もし飢饉が起こったらと思うと……ぞっとするな」  そう言った横顔はどこまでも真剣だった。  困ったようにメティは頬を掻く。  新しい移住先の一つとして軽く下見をと考えていたが、そんなこと言えない雰囲気だ。 「備えることのお手伝いは出来ると思います」 「ありがとう」  するとディエルは笑う。 「まぁ、そうなったら傭兵になって仕事するだけだけどな」 「え」  思わず凝視してしまう。  顔に似合わず、腰に佩いた剣は飾りではないようだ。 「あ、あれがうちの国だ!」  と、唐突に顔を輝かせたディエルが前方を指さす。  遠目でもわかる距離に、家がぽつぽつと見え始めた。  乾いた土地が広がり、相変わらず緑は少ない。話通り、実りは少なそうだ。家はどれも古ぼけているし、粘土をこねて作ったような、手作り感があった。  一つだけ大きな建物が見えた。  とても古い塔のように見える。  さらに近づくと崩れた城壁が見えた。レンガを積み上げたような造りだが、子供がまたげるほどにしか、高さがない。長い間ほったらかしにされていたようで、風化しかかっている。 「おーい!」  ディエルが手を振りながら声を張り上げると、ぽつぽつと民家から人が出てくる。 「ご親戚の方ですか?」 「民達だ。あ、父上もいる。おぉーい! 父上ー! 腰大丈夫ですかぁああ」 「微妙じゃてぇぇぇ――」  と、ぞろぞろと集まっていた集団の中、杖をついた老人が呼びかけに答えた。白いゆったりとした服を纏い、風で柔らかくなびいている。  ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくりと首を回したメティは、手を振ってるディエルを見た。 「父上って……もしかして貴族!?」  一瞬きょとんとしたディエルは続ける。 「言ってなかったか? こう見えても、この国の王太子なんだ」  にかっと笑ったディエルを、メティは失神しそうになりながら見上げた。  信じられないというように目と口を開ける。 「す、すみません持病の癪が。ちょっと帰って主治医に相談しますっ」 「えええっ!? ちょっと待て! ここまで来て逃がすと思うか!」  素早くマントを掴んだディエルは筋肉に物を言わせて、もやしのように細いメティの脇腹を抱えた。ついでに飛びそうになっていた羽をむんずと掴む。  逃げようとしたメティは叫んだ。 「騙したんですかっ。もう宮勤めはこりごりだと言ったじゃないですかぁ!」  締め上げられる直前の鳥みたいにばたつくが、ディエルはしっかり掴んで放さない。そうこうしているうちに、賢い馬は手綱がなくとも目的地に近づいてしまう。 「もちろん王宮に勤めてほしいわけじゃないし、条件は変わらないぞ。国の中なら好きな土地に住んでいい。――父上、見てください! 手紙で知らせた魔法使いを持ってきました!」 「や、やめてくださいっ。離してください!?」  荷馬車が停まり、得物のように差し出されたメティを受け取ったのは、ディエルと似ているが、少し幼い女の子だった。髪はセミロングで、全体的にちんまりした印象だ。 「兄上、お久しぶりです!」 「エイリー! おっきくなったなぁ。元気だったか?」 「はい! 兄上も壮健そうでなによりです! 既に収容所の準備は完璧です」 「収容所!?」 「あ、いや待て。家の話だから逃げるな! 暴れるなって!」 「いやああああもう社畜に戻りたくないです! わあああああん!」 「違う違うっ! エイリーはちょっと言葉の選び方がおかしいだけでだな」 「びゃあああああああああああ!!」  子供ならわかるが、いい年した大人がするような泣き方ではなかったので、ディエルは引きつった顔をしておろおろした。 *  『魔法を学ぶならばアルランド王国へ行け』と言わしめる魔法大国が、メティの出身地である。  なので、二人がアルランド王国の図書室で出会ったのは必然だったのだろう。  王立魔法大学生だったときから通い始めていたメティは、宮廷魔法使いの下っ端として就職した後も、図書館に足を運んでいた。  魔法省の隣に建てられた王立魔法大学院の別塔に、図書館は隣接されている。一般にも広く開放されており、観覧には身分証明と入館料を払えば、誰でも入れる仕組みになっていた。  そしてディエルはというと、アルランド王国への留学生だった。  世界中から魔法を学びに来る学生は珍しくなく、ディエルもその一人に過ぎない。  図書館で出会った二人は、魔法を通じて仲良くなった。  王宮勤めに疲れ果てていたメティは、留学期間を終えるというディエルに誘われ、二つ返事でフォカレ王国に来ることになったのである。 「そ、その、兄様がとても、その……ごめんなさい」 「ディエルの話じゃ、てっきり王宮に仕えるもんじゃと思っとったわ。すまなかったのぅ」  何とかメティを泣き止ませたディエルが、隣でぐったりとしながら背もたれに体を預けている。エイリーと国王陛下は向かいの席で、同じくぐったりとしていた。 「いえ、きちんと確かめなかった私も悪いんです。昔から警戒心が足りないって言われてましたし、うまい話には裏がありますもんね……。まさか、王族だったなんて。グスッ」  住める土地を貸してくれると言うし、ディエルの人柄もあって、深く考えずにほいほいついて行ってしまったのである。  まるで拐かされた女の子。  立派な成人女性のメティは落ち込み、涙が目じりに盛り上がる。 「まぁ、家も建ててしまったし、しばらく仮住まいとして様子を見ればよい。もちろん、王宮勤めは無しじゃ」 「……いいのですか?」 「良い土地があったら移動してかまわんぞ。のう、ディエル。家の建設費はお前の小遣いから引いとくからの」 「うぐ。わ、わかりました父上……」  家の請求書を回されないと聞いて、メティはほっとした。  借金をふっかけられるんじゃ、と心配だったからだ。  ひとまず荷物は家に運んでもらうことにして、王宮の中を見せてもらう。  勤めていた魔法省と違って小さいが、造りは丈夫で古い。石の床に|踵《かかと》を打つ音が響く。どうやら、城内に人は少ないようだ。 「フォカレは、どれくらいの人口なんですか?」 「だいたい六万人だな。土地は広いが、ほとんど人の住めない砂漠だし、年々広がっている。――あそこに山が見えるだろう?」  城の窓は曇って見えにくい。  目をこらすと、なだらかな傾斜が見える。 「あそこから乾いた風が来る。それが土地の水を奪い、雨もあまり降らない。昔は豊かな土地だったが、鉱石の採掘のために開発が続いて、今じゃ掘り尽くしてあのざまだ」 「森を作ろうとは思わないんですか?」 「何十年かかることやら。それに、育てるための水もない」  城は三階建てで客間と大広間、王族の私室と小さな畑がある。庭はあったが、荒れ果てたまま放置されていた。手が足りないが、雇う予定もないのだという。  食堂と井戸に案内され、幾人かの使用人と顔を合わせれば、することもない。  メティは、与えられた家へ向かうことにした。 「ディエルさん……ディエル様は来るとき、相談に乗ってくれればとおっしゃっていましたが、何を聞きたかったんです?」 「呼び方は前のままでいいよ。なぁに、道中話したのと一緒だ。この国が作物が生い茂るような豊かになればとは思ってるが、メティはいてくれるだけでいいんだ。国に一人も魔法使いがいないのは、外交でも舐められると父上がぼやいてたから」  本当にそれだけを望んでいるふうに見えて驚いた。王族はもっとがつがつして支配的だと思っていた。  小国の王族はまた違うのかもしれない。  目を細めて柔らかく笑うディエルを見ながら、不思議な気分になる。  ひとまず腰を落ち着けてみようと、そんな気分になっていた。 *  メティのために建てられたという家は、素朴だが造りが頑丈で、市民が持つにしては少し大きかった。  石造の二階建てで柱がしっかりしているし、玄関口は広い。女の一人暮らしを思ってか玄関の鍵が二つあり、部屋数も多い。一階には台所とリビングと部屋が二つあり、二階は三部屋あった。  一部屋は本を置くのに十分なスペースがあるので、書斎にしよう。あとは魔法の研究をする場所。残りは寝室と決めた。  一階の空いている部屋は食料庫に改造して、最後の一部屋は何かあったときのために空けておく。  そうと決まればすぐに家具をそろえないと、と思っていると、ディエルが使わなくなった家具をいくつかくれた。  ベッドに木製のテーブルと椅子が二脚。寝具は買えば終わりだし、もともと僻地での生活を考えていたので、いろいろ持ってきている。  王子様に引っ越しの片付けをお願いするのは恐縮したが、本人は楽しそうに動いていた。体を動かすのが好きだと言っていた。  その日は片付けて終了。  次の日は城下を回って店を探す。八百屋に家具屋を兼用した大工、鍛冶屋は一店舗。他に酒場と食堂、小物店などもあったが、品薄だった。  残念ながら書店は無く、月に数回来る行商に頼るしかないと言う。 「写本はおいおいで、先にインクと紙を大量にお願いしないと……。お金かかるなぁ。貸本屋でもやろうかな」  家具屋に注文した本棚は十日後に届く予定だ。  寸法を教えて発注したので、結構な出費になるだろう。  蓄えはあるが、このままではジリ貧だ。畑を作ろうにも家の周りに使える土地はない。庭はあるが、魔法薬の材料を植える予定だ。敷地が足りないし、木材もただでは手に入らない。  豊かな森があれば手に入れられる物は多いが、困ったことになった。 「まずは家の中を整えて……。うーん、ポーションを売ってしのぐしか……。あ、でも法律とか、どうなってるんでしょう」  王宮に行って確かめてからの方がよさそうだ。  スローライフは遠いとメティは嘆いた。 ■  小さな国でも貴族はいるもので、フォカレにも少数の貴族達が生活をしている。  彼らの殆どは王宮に勤め、財政や軍備を担っていた。  その中で、法律に関することは全てトリガー家に一任されている。  トリガー家の家長ラルフ・トリガーと言う男性は、几帳面そうな印象で、眼鏡をしていた。年は三十代頃で、子供が二人いるのだという。  彼がフォカレ王国の法相だ。  人の良さそうな表情に丸眼鏡の中年男性で、髪は黒い。良く焼けた肌に真っ青なターバンを巻いている。白い民族衣装の上に、上着を一枚羽織っていた。 「ああ、それでしたら申請を出してもらえればいいですよ」 「ポーションみたいな薬品だけじゃなく、魔法に関係する道具も扱うと思うんです。そういうときはなんと書けばいいでしょうか?」 「ほう! 魔法具ですか? 国には一軒も無いので陛下が喜びます」  さすが魔法使いだ、とよくわからない喜び方をしながらラルフは頭を掻いた。 「そうしますと、新しい法も作らないといけませんね。作ってはいけない物、扱ってはいけない物等々……。困りましたな」 「故郷では禁術指定魔法もありますが、フォカレは無いのでしょうか?」 「メティ殿はアルランド王国のご出身でしたね。お国ではどのような法が制定されていましたか? 専門ではないので、差し支えなければ教えていただきたい」 「では、書き出して二日後に提出します。書き留めるために白紙の本があれば、何冊かいただきたいのですが」 「実用の物でしたら、今お渡しできます。魔法の法制定についてですが、内容を改める際に手伝いを頼んでもよろしいですか?」 「もちろんです。ただ、こちらも生活がありますので、無料でとはいいがたく……おわかりいただけないでしょうか」  胸の前で手を握ったメティを不思議そうにラルフは見る。 「と言いますと?」 「この国の法律全般に関する書籍の観覧許可と、白紙の本をいただきたいのです」  白紙の本でも買うのは高い。だが一冊でももらえるなら、金が浮く。  それ以外に何かもらえるなら、それでもかまわないが。 「書籍の貸し出しは可能ですが、白紙の本と言いますと……何を書くおつもりで?」 「一番多いのは魔法関連でしょうか。あとは料理本だったり、個人的な物に使うかと思います」 「ふむ。では百冊ほどお分けできないか、財務の者に聞いてみましょう」 「えっ、そんなにですか!」 「魔法については疎い者ばかりです。一からお教えいただくのですから、その程度は当然かと」 「わぁ! 助かります!」 「書籍の貸し出し許可は私が出しましょう。許可証があれば王宮の書籍はどれでも観覧できます。無くさないでくださいね」 「もちろんです!」  引き出しから栞のような形の許可証を取り出したラルフは、万年筆で名前を記入すると、軽く息を吹きかけ、乾かす。  許可証は厚みがあり、受け取ったメティは目を滑らせる。 「もし良い本がありましたら私にも見せて下さいね」 「もちろんです。ありがとうございました」  メティは早速、本を借りに部屋を出て行く。  笑顔で見送ったラルフは、ドアが閉まると素早く立ち上がり、走らない程度の早足で隣の部屋に入出する。 「殿下! 陛下! あ、オルド殿もいいところに」  ちょうどよく目的の大臣がいたことに、ラルフはにこりとする。 「なんだよ、俺はおまけか」  半目になった壮年の男は肩をすくめる。彼がフォカレ王国の財相だ。 「お前がそんな顔をするなんて、いいことでもあったか?」 「そうなんですよ! 魔法使い殿が来たことは、すでに知ってますよね?」 「こんな田舎の国で知らないやつなんているのか?」  でしょうね、とラルフは興奮を隠しきれないように言う。  田舎は噂話が回るのだけは速いのだ。 「先ほど私の執務室にいらっしゃって、店を開く方法をおたずねになりました。この国にもようやく魔法屋ができるんですね。感慨深いです」 「へぇ! 扱う商品は決まったのか?」  ディエルが心持ち身を乗り出した。 「そこまでは。まず法の施行をしなければなりませんし、お手伝いいただけるとのことで、二日後にアルランド王国の法を持ってきてくださるそうです。対価に白紙の本を百冊ほど用意してください」 「ばっ! 百冊だと!?」  ただでさえ紙は貴重なのに百冊とは、とんでもない金額になる。  財相としても個人としてもオルドは怒った。  この国のパンが一つ3シフレとしたら、四年間はパンには困らない金額だ。それにちょっと豪華なお総菜もつけられるし、その間働かないですむ。もちろん、そんな金はどこにも無い。 「お、お前、安請け合いしやがって! 今すぐ訂正してこい! 陛下も何とか言ってやってくださいよ」 「待ってください、なにも二日後に百冊全部渡す、と言ったわけじゃありません。手に入れたら定期的に渡せばいいじゃありませんか。白紙の本は完成されて物より安いでしょう?」 「そりゃそうだが、百冊だぞ!?」 「オルドは落ち着きなさい。ラルフはなぜそんなことを言ったのじゃ」  国王陛下が言えば、ラルフは笑みを崩さないまま答える。 「それはもちろん陛下、彼女は本を渡しただけ魔法関連の本を書いてくれるんですよ。魔法書なんて国には一冊もないですし、なにより他の本と比べてものすごく高い。見せてくれと言えば貸してくださいますし」  なるほど、と彼らは思った。  憤怒の形相をしていたオルドも、むっつりと口を引き結ぶ。  考えを変えれば、原価の本代を出すだけで魔法所が見られると言うなら是非もない。 「まぁ、彼女も来たばかりじゃ。生活するなら入り用な物も出るだろうしの。して、法はどうする。彼女に有利な物を作るわけにはいかぬぞ」 「父上、それは大丈夫です。俺の考えが正しければ、彼女はアルランド王国の法律を一言一句違えずに書き留めて提出するでしょう」 「何か知ってるのか?」  何か思い出したのか苦い顔をしたディエルは肩をすくめた。 「生きにくい人間がときどきいますよね。メティはそれなんです」  本当かどうか、当日になればわかるだろう。 「とにかくオルドは白紙の本を安く手に入れられないか交渉してくれ。最優先だ。それからラルフは報告ありがとう。――父上、明日メティのところに行ってきます。あと、食堂で貧血に効く食事を作ってもらっても?」 「ああ、それはいいが……。具合でも悪いのか?」  いぶかしがる王に「メティのぶんですよ」と答え、ディエルは執務室を出た。  ディエルの表情になんとなく察する物を感じながら、三人は話を終え、業務に戻った。 *  家に帰ったメティは貰った白紙の本を取り出す。 「えーと、えーと……どこだったかなぁ。法律の本。いらないと思って奥にしまっちゃったから」  メティは頭の中を探す。  文字通り、探しているのだ。  《《転写》》と言う魔法がある。  通常、絵や図などを紙に写す魔法として使われているのだが、メティは記憶媒体の一つとして使っていた。  自分の頭に文章を転写したとして、普通なら印刷物のようにインクが浮かび上がるだけだ。けれど実際の文字ではなく、一時的に頭に入った情報を転写している。これだけでは記憶がぐちゃぐちゃに混ざるのだが、もう一つ、固定化と亜空間魔法を使用する。そうすることによって、メティは転写した情報を忘れずに保てている。  当然一歩間違えば脳が破裂して死ぬような危険な行為だ。アルランド王国にはこれを規制する魔法があり、他人に使ったら魔牢獄という、魔法使専門の牢獄行きだ。  ただ、自分に使用するような馬鹿な魔法使いは今までいなかったので、そこに抜け道があった。  アルランド王国の上層部が知れば怒髪天を衝くような事態だが、幸いにも知られていない。  もちろん通常では考えられないような使い方をしているため、副作用が出る。頭は痛いし暴発して死ぬ危険性が出るので、殆どを封印の魔法を施している。  封印を解くキーワードをそれぞれ設定しているので、まずはそのリストの封印を解いて、思い出している最中だ。  ちなみに、長時間使うと鼻血が止まらなくなる。 「あ、見つけた。うう、頭痛い……でもやろう」  報酬は白紙の本が百冊だ。  百冊分の情報を頭から抜いたら今より楽になるはず、とペンをきつく握りしめる。  片っ端から頭に詰め込んだ情報は、それだけで脳を圧迫している。  メティは取得選択という言葉を忘れた、哀れな魔法使いだった。 *  翌朝の昼過ぎ、弁当を片手にメティの家を訪れたディエルは、返事がないので合い鍵を使って家に侵入した。 「やっぱりだ」  机に突っ伏すようにして、鼻血の海に沈んでるメティを見つける。ディエルは溜め息を飲み込んで近づく。  手慣れたように雑巾で血を拭いて、メティを揺すり起こした。 「メティ、目を覚ませ。食事を持ってきたから」 「うう……。あ、ディエルさん。どうしてここに」  遠慮なくばしばし頬を叩かれ、メティは瞼を上げた。  顔にべったりと鼻血がついている。 「倒れていると思って様子を見に。体調は? 飯は食えるのか」 「いつもありがとうございます。平気です」 「顔を綺麗に拭いてから言ってくれ」  昨日の夜、がんばりすぎて失神したらしい。  慌ててぬぐったメティは、ごまかすように笑うが、ディエルは半目になっただけだった。 「それで、写本はできたのか?」 「あ、ラルフさんに聞いたんですね。明日には終わりそうです」  四冊の本を見て、ラルフは顔をしかめた。 「あいかわらず書くのが速いな。一日でこれか」 「転写の魔法を応用しただけなので、実際に書いたわけじゃないんですよ」 「魔法は便利だな。俺もお前のようにいろいろ使えればいいんだが……副作用が怖いな」 「普通はこんなふうにならないですよ。人には向き不向きがありますので」  正直に言うと、頭の中の物をどうにかすれば鼻血は一切出ない。こんな副作用を起こすのは世界広しと言えど、メティくらいだ。  アルランド王国に留学していたものの、あまり魔法を覚えられなかったディエルは信じてしまう。 「転写は欲しい。同じ文章をちまちま書き写すのは苦痛すぎる。せめて文章を書く前の形式だけでも写せれば仕事が楽になるんだが、そういうことができる道具はないのか?」 「そういえば、魔法が使えない方は、線から引いていたんでしたね」  手を打ったメティは周囲を見回して、白紙の本から一枚紙を千切るとサラサラと書き込んでいく。円に複雑な文様と文字を書き記してまとめ、固定化の魔法をかける。 「それは?」 「転写の魔法具です。この紙の先で転写したい範囲をなぞって、別の用紙につけてください。転写、と唱えれば発動しますから」 「誰でも使えるのか!」 「魔力がつきない限りですけど。増やしたかったら同じ魔方陣を別の紙に書いて転写してください」 「メティは女神のような女だな! 疲れただろう、休んだ方がいい」  目を輝かせるディエルに、大げさだとメティは笑った。 「それではお言葉に甘えて、休ませてもらいますね」 「ああ。食事は置いておくが、食器は後で食堂に返却してほしい」 「わかりました」  見送ったメティは鍵を二つ閉めて、ふと、なんで玄関が開いたか疑問に思った。  ここを作ったのはディエルだし、合い鍵を持っていても不思議ではない。今日はそのおかげで起こしてもらえたので風邪を引かずにすんだ。  深く考えるのを止めたメティは、そのまま寝室に向かって寝具に潜り込む。 「……疲れただろう、かぁ。初めて言われました」  できて当たり前な世界で、気を遣ってもらったことなんて数えるほどしかない。  すごく気分が高揚して、うれしかった。 *  翌朝、すっかり体調がよくなったメティは、約束の時間にラルフの元を訪ねた。 「メティさん、こんにちは。先日は素敵な魔法具をありがとうございます。おかげで仕事が捗るようになりました」  転写の魔法具を持って帰ったディエルは、すぐに増やして配り歩いたらしい。  印刷機は転写に比べると精度が悪いし値段も高い。財政難のフォカレ王国ではまず買えないのだそうだ。  それなのに白紙の本を百冊など、もらっていいのだろうか。不安すぎる。  メティが約束の本を差し出すと、ラルフは目を輝かせた。 「こんな短期間で! ありがとうございます」 「魔法に関する法律はそれで以上です。独特の法も混じってますから、この国に良いように変えてください」 「ええ、もちろんです。この量ですと、読むだけで時間がかかりますね。申し訳ありませんが、法ができてから魔法屋の許可証を出すことにしてもかまいませんか? もちろん時間がかかりますので、その間は采配にお任せします」 「といいますと?」 「魔法を使った道具、その他もろもろを扱ってくださってもかまいませんが、どうか危険なことにならないようにお願いしたいのです」 「施行されてからでも私はかまいませんが……」 「いや、とんでもない! 昨日いただいた魔法具の評判が良く、私が止めているとわかれば何を言われるやら」  この国の人はみんな大げさだ。 「開店許可証はこちらです。税金は年収によって変動しますから、帳簿は必ずつけてください」 「それって、何を売ったかだけじゃなくて仕入れた物の値段とかもですよね? 帳簿に決められた形式はありますか?」 「支出額と扱った品がわかるようなものをお願いします。ところで帳簿の付け方はご存じですか? 計算ができたりしますか?」 「ええ、王宮で働くのに必要だったので。たいしたことはありませんよ」  本当は仕事を押しつけられていたので、高官が使うような言い回しも普通にできるのだが、ラルフの眼光が鋭いので目をそらして誤魔化す。 「そうですか。年末には是非王宮に遊びに来てください。大歓迎します、すごく、大歓迎しますので考えておいてください。むしろ今から私の補佐で働いてくださってもかまいませんよ! うちの父が腰をやって引退してから、人手が足りないんです。ちび達が早く大人になればいいのですが、まだ六歳と二歳なもので」 「そ、そうですね。いよいよ生活が苦しくなったら考えます。では、ありがとうございました。これは書いたらすぐに持ってきますので、今日は失礼しますね!」 「待っていますので!」  力強い握手をされて見送られたメティは、猛獣から逃げるように家に帰った。 「宮勤めが大変なのはどこも一緒そう……。なんとか自立してのんびり暮らしたいなぁ」  ポーションをちまちま売るだけの生活が成り立たないものだろうか。  帰ったら薬草の種を植えよう。

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