4話

 そう、あんな出来事さえ無ければ、彼女が、都に等、来る事はなかったし、こうして青年と出会う事もありませんでした。娘は薄く目を閉じ、深く呼吸をしてから、ようやく語り始めました。  あの惨劇の夜の事。  人狼が村を襲い、全てを失った、あの忌まわしい日の出来事を。彼女は包み隠さず、全てを語りました。あの日の事を途切れ途切れに、何度も言葉に詰まりながら、それでも何とか耐え忍び、涙で目を腫らしながら、やっとの思いで、青年に打ち明けました。あの時、箪笥に隠れて村人達の悲鳴が聞こえる度に、悶える程の恐怖を感じた事。家族が目の前で惨殺される様子を、ただ、黙って見守る事しかできなかった事。文字通り、獣のように猛々しい人狼達の思いのままに、嬲り遊ばれた事。  そして、無残な形で純潔を散らしただけでなく、たった一度の辱めの為に、この身に命を宿してしまったのであろうと言う事を。その全てを語るには、自分の女としての誇り全てを捨てなくてはいけませんでした。けれど、目の前の優しい夫に信じて貰うには、これより他に手立てはない、と決起したのです。  青年は、初め訝しむような目つきでした。しかし、彼女が必死に言葉を紡ぐ様を見て、嘘ではない、と悟ったのでしょう。途中まで、聞いた所で、青年もまた涙で瞳を滲ませていました。そして、嗚咽する彼女に、釣られ泣きをしないように、と鼻を啜り、大きな溜息を一度、ついてからこう言いました 「辛い事を話してくれて、ありがとう。生まれてくる子が誰の子であろうと、僕達二人の子供として、育てよう。約束する」と。  娘は、声を上げて涕泣しました。辛い過去を打ち明けた事もありますが、それ以上に、夫となる青年が、これ程までない、という慰めと慈愛の言葉を掛けてくれたからです。無上の喜びでした。けれど、問題が起こります。青年の父は娘を不貞と決め付け、息子である青年共々、追放する事にしたのです。青年も何とか抗いを試みましたが、父の怒りは物凄く、とても口答えの余地等ありません。 青年は最低限の資財を分けられ、分家に格下げ、追放されてしまったのです。 それから、数ヶ月。医者が言っていた通り、娘は子を産み、母となりました。赤子は、やはり、奇怪で奇天烈な風貌をしていました。姿形は人間に瓜二つではあるけれど、手足の末端と耳は、狼のなりです。手足の指は、確かに五本ですが、爪は厚く盛り上がり、その先端は針にも劣らぬ鋭さを持っています。そして、指の付け根には、丸く隆起した突起があります。人間にはないけれど、狼にはそれはある。肉球です。人にしてはあまりに不体裁、屈辱によって宿ってしまった命。けれど、女も青年も、その命を大切に育んでいこうと決意しました。そして、二人は、この奇抜な人とも獣ともつかぬ、娘にミアという名を与えました。これが私の出自です。

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