異能者たちの苦悩 | 第四章 ヒポクラテスの誓い
ネームレス

第126話 idol ―膨満― 魔障 【病み憑き】

 思ったよりも待ち時間が長くて、俺はいまだに待機中。  なんか普通の病院みたいだ。  病院ってあんまり患者がいなくても謎の待ち時間があるよな。  エネミーも、俺となんだかんだアニメの長話をして、今は、また電池切れ中。  ちょっと前から院内では加湿器が作動しはじめていた、こういうところは乾燥、禁物だからな。  ソファーの後ろではシューシューと、粒子が目に見えるほどの勢いで、蒸気が噴き出していた。    「あれ味変えたらダメアルか?」  ボーっとしたままのエネミーが加湿器を指差した。  「味とは?」  「中身アル」  「ちなみにどんな味に?」  「アイスコーヒー」  「無理だよ」  「はぅ?!」  俺の即答にエネミーはショックを受けたのか、うなだれた。  そんなに落ち込むことか?  「やっぱりホットだけアルか。あれ熱っついから嫌いアルよ。舌がビリってするアル」   言って、すぐに復活した、ヘコむ理由ってそこかよ。  「だから雛がフーフーしてくれるアルよ」  「温度の問題じゃねーし」  な、なんてスーチムパンクなやつなんだ。  蒸気の味を変えて加湿器を楽しもうってことか。  加湿器に水以外の液体を入れたら……ど、どうなるんだ?  た、たしかに気になる、ブドウジュースなら紫の霧が出るのか?  メロンソーダなら緑の霧……レ、レスラーの毒霧かよ?!  その霧はジュースの味を受け継ぐのか?  まあ、液体なら加湿器の構造上ミストにはなるよな、たぶん。  加湿器は水が霧状になってるんだから。    俺が、そんなどうでもいいことを考えてるときだった、どこからともなく食欲を刺激するニオイがしてきた。  それと同時に――クチャクチャ。と不快な音もする。  その方向を見ると、太った着ぐるみを着たような女の娘が、ハンバーガーを食べながらロビーに向かって歩いてきていた、けど体型に何か違和感がある。  斜め掛けのバッグを普通に掛けてるけど……なんとなくそこに引っかかる。  よく漫画でみる、両手にハンバーガーを持って交互にかじるをやっていた。  右手のハンバーガーを一口食べて、つぎに左手のハンバーガーにかぶりつく。  左手のハンバーガーを食べ終えると、そのまま廊下に包み紙を放り投げた。  廊下は食べ物を包んでいた面から落ちたため、ケチャップとマヨネーズでベトベトになっている。  ハンバーガー独特の臭いがロビー一帯に漂っていた。  これが店内なら美味しそうな匂いなんだけど、病院だとちょっと臭いって思ってしまう。  その娘の口の周りも、園児が隠れて|口紅《リップ》でも塗ったように、マヨネーズとケチャップで汚れていた。    今度は空いた左手で、マジックテープで止められていた、斜め掛けバッグのふたを開く。  バッグの中から、今、食べているハンバーガーと同じロゴのフライドポテトをとり出した。  きっと、同じフランチャイズチェーン店で買ったんだろう。    あと一口分だけ残っていた右手のハンバーガーを食べ終えると、また包み紙を放り投げた。  その右手で、今度は赤ちゃんが鷲掴みするようにフライドポテトを掴んだ。  口を開けるでもなく、フライドポテトを唇に押し当てて中に押し込んでいる。  もはや食べるって動作じゃないな。  フライドポテトは手と口の間でグチャっと潰れた。  口の周りはさっきのソース類に加え、潰れたポテトと混ざり合って、本物の赤ちゃんみたいになっていた。  フライドポテトを、さらにまだ口に押し込もうと口元に潰れたフライドポテトを塗りたくっている。  ポテトの中身が飛び出し、ボロボロ、廊下に零れ落ちた。  もう、頬っぺたまでベトベトだ。    「すごい食欲アルな?」  エネミーはことの重大さにあまり気づいていない。  あれはどう見ても異常だ。  普通の人間の食べ方じゃない、それにあの太り方も脂肪が増えて皮膚が伸びたって感じじゃない。  あっ?! そうだ!! 違和感の正体がわかった。  フェイスラインや手はパンパンに膨れているけど、他の部分はそんなに太ってない、人がパッと見たときの皮膚の部分だけが膨らんで見える。  「いや、あれは食欲とかじゃないよ。なんかの病気じゃ……」  ってだから魔障を診る、|国立病院《ここ》にいるんだろう。  俺はなるべく、その娘を見ないように目を逸らしてると、後ろからその娘の母親が走ってきた。    「先生を呼んでください。早く娘が。アス大丈夫?」  母親なら心配だろうな、あんな状態ならなおさら、ずっと名前を呼んでるし。    「アス。どうしちゃったの?」  アスと呼ばれた、その娘は、母親の言葉に返すこともなく、また斜め掛けのバッグの中からハンバーガーをとり出して包装紙の上からかじりついた。  紙もろともおかまいなしにムシャムシャと食べている。  女の娘の担当らしい看護師さんも慌てて駆け寄ってきた。  その娘はいまだに、周囲をまったく気にせず、ハンバーガーに夢中だった。  「お母さん。大丈夫です。もう、先生がいらしゃいますから」  看護師さんは、後ろを振り返えると、大きく声を上げて、手招きをしていた。  足元もつぎの行動に備えて、スキップするように小刻みに揺れている。  「只野先生。こっちです。お願いします!!」  医者であろう人が白衣を手に走って来た、そのまま軽やかに白衣を羽織った。  白衣がぴったりと体に馴染む。  医者って俺ら凡人とは違うオーラがあるんだよな。  ましてや魔障を診る人なんて、到底、同じ人間には思えない。  すごい努力と勉強をしてきた人なんだろう。  白衣を着ただけで頼もしいけど、近寄りがたい感じにもなる。  素人がこの現場には立ち入ってはいけない、そう無言で言われてるような。  「キミ。こんなに食べちゃったの?」  太った女の娘は受け答えすることもなく、虚ろな目で医者を見て、また何ごともなくハンバーガーにかじりついた。  瞳には光がなく死んだような目をしている。  只野先生と呼ばれた医師は、――キミ。と看護師さんに声をかけた。  「ほぼ間違いなく。|病《や》み|憑《つ》きだ。絶対に横にはさせないでね。|吐瀉物《としゃぶつ》で窒息する可能性があるから。できるだけこの立ち食いの状態を保って」  「はい、わかりました」  看護師さんが緊張した感じでそう答え、その女の娘の腰辺りに手を回した。  立ち食いの状態をキープ?か、そっか座ったり寝たりしたら胃が圧迫されて吐くかもしれないからか。  すると、そこにもうひとりの看護師さんもナースシューズを鳴らして駆けてきた。  「キミ」  医者が小走りして来たの看護師さん方に呼びかけた。  「はい」  「まずは迅速診断。病み憑きの種類を特定してもらいたい。心因性、呪詛性、病原性、タタリ性のどれかの判別をする。種類の特定をしないと対処療法しかできないから。タタリ性の場合は寺社仏閣をメインに、あとは小さな|祠《ほこら》とかも、|祀《まつ》られてる|御霊《みたま》の種類からタタリの原因を調べて。国交省に問い合わせれば、六角市にある寺社仏閣は教えてくれるから。そこから|病《や》み|憑《つ》きを|受呪《じゅじゅ》しそうなところをリストアップして」  「は、はい。只野先生、でも、どうして|六角市内《しない》で発症したってわかるんですか?」  「この娘。ワンシーズンってアイドルだそうだよ。そのアイドルが今日六角市でライブする予定だって救急隊員から聞いてたから。お腹を目視した感じでも、それほどの膨らみはなった。病み憑きなら腹部中心にこれからどんどん膨らんでいく。それこそ服の上からでもわかるくらいはっきりとね。となる六角市に来てから発症した可能性が高い」  スゲー。  そんなことがすぐにわかるんだ、さすがは医者。  けど目に見える範囲が膨らんでるって、俺、も気づいてた。  俺の洞察力もまあまあだな、と自画自賛する。  ……ん? あ、あっ?! この娘って六角駅の大型ビジョンで見た活動休止のアイドルか~。  確かアスって名前だったような? そうだアスだ、アスって言ってた。  「ミア」って娘はワンシーズンにはいるけど、二十四節気にも四季にも選ばれたことがない。  「アス」って娘は二十四節気だけど活動停止中ってあのテンパった司会者が言ってた。    あっ?! も、もしかして今日のサプライズ発表って、アスって娘が六角市ライブで復帰だったのか? 病気悪化しちゃったのか? それとも元から魔障だった?  そのへんの事情は俺ではわからないな。  「わかりました。国交省に電話してみます」  「|慌《・》|てないように《・・・・・・》|急いでね《・・・・》? 後イベントプロモーターは株式会社ヨリシロだから、ヨリシロの方にも連絡入れといて」  「はい」 ※

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