第八話

 俺と仙蔵師は居酒屋に居た。仙蔵師が 「ここでは何だから」  と場所を移すことを願ったからだ。 「具体的には何時なんだい?」  師は俺に尋ねる。そりゃそうだろう。「その日」が判るに越したことはない。 「明後日です」  事実だけを伝える 「そうか。じゃその日は『死神』をやろう。死神に連れられて行く時に『死神』をやるなんざ洒落ているだろう」 「ま、師匠ならやりそうだとは思っていました」 「あんた噺が判るんだな」 「落語は好きですからね。それは今でも変わりません」  正直、落語は随分聴いた。自分に落語家になる才能が無いことを自覚してからは趣味として聴き続けた。すると師が 「そう言えば、向こうにも寄席があるとか聞いたことがあるが本当にあるのかい?」  よくそんな話を俺も聞いたが、正直言うと、ある事はある。だがそれは三途の川ではなく向こう側の霊界にあるのだ。 「霊界にはありますよ。『極楽亭』と言いますがね」  俺がそう答えると師は嬉しそうに 「そうか。なら向こうでも高座に出られるかな」  俺は正直に言う。隠してもやがて判ってしまうと思ったからだ。 「霊界に行ったら、審査を受けます。師匠はプラチナカードですから特別待遇を受けられます。色々な選択肢がありますが、向こうで噺家になるのも選択の一つですが、色々と選べますし、まずは向こうで魂を磨く修業を受けて貰います。その後になりますね」  幾らプラチナカードでも魂の修業は避けられない。期間が短くはなるだろうが……。 「それは構わないが、すると前座から修業のやり直しになるのかい」 「そうですね。向こうに行って魂の修業を終えて転生しない場合の選択に噺家を選んだ場合は前座からのやり直しになります。先日ですが、元の『立川談志』さんが前座修業を終えて二つ目になりました。尤も本人は談志を名乗るつもりは無く「小ゑん』のまま居るつもりだそうです」 「そうかい。由ちゃんは、『小ゑん』の名を気に入っていたからなぁ」  由ちゃんというのは談師の本名、克由から来ている。おなじ時期に前座の修業をしたので名前で呼び合う関係なのだろう」 「また兄さんと呼ばなくてはならないね」  そう言った仙蔵師は嬉しそうだった。 「やはり修業時代が懐かしいのですか」  そう尋ねると 「そりゃそうさ。修業して上を目指してる時が一番楽しいさ。上り詰めたらそれで終わりさ。あとは芸が落ちないようにキュウキュウとしてるのが精一杯さ。何処でもそんなものだろうさ」  確かにそうなのかも知れない。 「でも最後に『死神』をやって亡くなれば、騒がれますね。話題になりますよ」 「それが狙いでもあるんだ。それで落語界が当分注目される。悪いことではない」  確かに当分の間はテレビでも取り上げられるだろう。注目もされる。人間国宝がそんな死に方をそれば。 「具体的にはどうやって死ぬんだい」  仙蔵師は自分の死因について尋ねて来た。 「脳梗塞です。噺で主人公の男の蝋燭の火が消えて倒れる瞬間に発作が起きます。数秒苦しいかも知れませんが瞬間ですから」 「即死なのかい?」 「そうです。ほぼ即死です。数秒後には肉体から自然と魂が抜け出ます」 「この前みたいな強制じゃないんだね」 「そうです。肉体に留まりたくても自然と抜け出ます」 「そうかい。あの時は苦しかったからね。今度はそんな事無いんだね」 「そうです。それは保証します」 「じゃ宜しく頼むよ」  師はそう言って伝票を掴んで立ち上がった。 「あ、それは経費で落としますから」  俺はそう言ったのだが 「この世界は先輩が払うものなんだよ」  仙蔵師はそう言って譲らなかったので 「じゃあ家までお送りしますよ」  俺はそう提案した。 「タクシーかい?」 「いいえ。もっと安全で早い方法です」  会計を済ませ店の前に出る 「御馳走様でした」 「いやいや。それでどうするんだい?」  仙蔵師が疑問に思っているので、俺は師の肩に手を置いて呪文を唱える。 「目を瞑っておいて下さい。私が良いと言ったら開けて下さい」  そう言って師の瞼を閉じさせた。一瞬後 「いいですよ」  そう言って瞼を開けると、そこは師の家の前だった」 「これは凄いな」  そう感心する仙蔵師に 「明後日のトリの出番の頃に鈴本の客席の天井辺りに参上します」  そう言うと 「判った。当日は楽しみにしているから」  師もそう答えて家の中に消えた。俺はそれを見届けると具現化を解いた。  翌日は別な仕事が入っていて通常通りだった。要は打ち合わせだけをしたら何も問題無いのだ。単に仙蔵師の洒落に付き合うだけなのだ。五年前にミスをした先輩の穴埋めという事だ。それ以上以下でもない。少なくとも死神としてはそういう事だと思っている。  当日の朝、俺は早々と鈴本に来ていた。霊界庁に居ると落語好きな死神や霊界庁の職員から 「今日仙蔵師匠が来るの?」  とか 「来たら逢ってみたい」  とか一々言われるからだ。そんなのは仙蔵師の勝手じゃないかと思う。  十一時半になり寄席の昼の部が始まった。最初は前座が登場する。この時開場となるのでお客が入って来る。人気の無い噺家がトリだと入が悪いので前座はガランとした客席を前にして噺をすることになる。実はこの前座の分は料金には入っていない。つまりお金を取って聴かせる芸ではない。という事なのだ。  でもこの十日間のトリは人間国宝の仙蔵師がトリだ。かなり朝早くから行列が出来ていた。通常の寄席興行では前売りはしないので、どうしても入りたければ窓口に並ぶしかない。ちなみに寄席ではこの窓口のことを「テケツ」という「チケット」が訛ったものらしい。  客席は前座が噺をしている間にいっぱいに埋まった。やはり仙蔵師の力は凄いと感じる。  お客が多いと芸人も芸に力が入る。皆中々の熱演でいよいよトリの仙蔵師の出番となった。師の出囃子が流れると客席がざわめく。そして師がやや猫背で前のめりになって登場すると、興奮が一気に上るのが判る。物凄い拍手と掛け声が掛かる 「待ってました!」 「たっぷり!」 「日本一!」  まあ俺から見ても、今の落語界で仙蔵師より上手い噺家は居ないので「日本一」は間違ってはいない。師は簡単なマクラを振って噺に入って行く。 「え~昔の医者というものは実にいい加減だったそうですな。呪術だか医療だか判らない程度だったとか。この二つが真面目に並行して行われていたそうすな。あっちの先生は藪だから今度はこっちの祈祷師に頼んで見よう。なんてことが当たり前に行われていたそうですな」  今日演じる「死神」は西洋の話を参考に明治の噺家三遊亭圓朝が創作した噺だ。元はグリム童話の『死神の名付け親』、またはイタリアの歌劇『クリスピーノと死神』とも言われている。噺のあらすじは……  お金の算段も出来ずに女房に悪態をつかれて、家を飛び出してきた男。 「死んじゃおうか」  と思い始めている処に、 「死に方を教えてあげようか」  と死神が現れた。昔からお前とは因縁があるので、金儲けの方法を教えてやる、と言う。 「死神が病人の枕元に座っていたらそいつは助からない。また、反対に足元に座っていたら助かるから、呪文を唱えて追い払え」  と言い、医者になるようアドバイスを与えて消える。  本当かと思ったが、その通りやると見事に当たる。やがて名医と呼ばれ沢山の富を築くが、贅沢三昧でお金も無くなってしまう。  再び医者をやるが、今度は上手く行かない。困っていると、さる大店からご隠居の治療を頼まれた。行ってみると死神は枕元にいるが、三千両の現金に目がくらんだ男は死神が居眠りしている間に布団を半回転させ、死神が足元に来たところで呪文を唱えてたたき出してしまう。  大金をもらい、大喜びで家路を急ぐ男は途中で死神に捕まり大量のロウソクが揺らめく洞窟へと案内される。  いよいよ噺の確信部分に入って来た。お客も真剣に聴いている。緊張感がこっちまで伝わって来る。  これは一体何なのかと訊くと、みんな人間の寿命だという。 「じゃあ俺は?」  と訊く男に、死神は今にも消えそうなろうそくを指差す。死神曰く 「お前は金に目がくらみ、自分の寿命をご隠居に売り渡したんだ」  この辺りの死神の演技も本職の俺が感心するほど上手い。死神も昔はこんなだったのだろうか? なんて思ってしまった。死神は 「ろうそくが消えればその人は死ぬ」  その言葉に男はパニックになる。そして何とか必死に延命を頼むと、死神は一本の消えさしの蝋燭をだして、 「これに火が移ればお前の寿命は長らえる。駄目ならその場で死ぬのみだ」  と言われ、死神から渡されたロウソクを寿命に継ぎ足そうとするが、手が震えて上手く行かない。この辺りも見事な出来だ。もうすぐ死ぬとは思えない。そして必死にしている男に死神は 「ほら、消える!」 「ほら早くしろ!」 「ほ~ら・・・・・・消えた!」  次の瞬間仙蔵師は高座で前のめりに倒れた。本来はこれがオチで、この後起き上がり、御礼をするのだが、師はそのままだ。無理もない。発作が起きたのだ。既に心臓は止まっている。やがて変だと思った前座が仙蔵師に駆けつける。そして師が亡くなっている事に気が付き 「誰か救急車を!」  その一言で寄席がパニックになった。その騒ぎをよそにして、仙蔵師の魂は肉体を離れて浮かび上がって来た。 「お迎えご苦労さん」 「上手く行きましたね。下は騒ぎになってますが」 「まあ洒落だよ。噺家の洒落」 「どうしますか? 行きますか、もう少し留まりますか?」 「いや、もう行こう。これ以上は未練になる」 「そうですか。じゃあ」  俺は仙蔵師の手を握ると空に昇って行った。下では仙蔵師が 「俺の師匠は晩年ボケてな。高座で同じ事を繰り返し話してしまったんだ。ああはなりたく無かった。ちゃんと出来るうちに死ねて本望だよ」  そう言いながら下界を見下ろしていた。

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賽の河原も現代的になって来ているのですねw 制服も白装束ではないようですし。 この面白さは、ある程度仏教的な死後の世界を知らないと分からないでしょうけど(^^)

2019.04.29 18:01

ST

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