第七話

 死神になって半年が過ぎた。特別に記することもなく。仕事としては順調と言えるだろう。皆、死後の世界というものを信じており。その意味では面倒くさい魂は表れなかった。  だが俺は地獄庁(霊界庁)に呼び出された。身に覚えはない。地獄庁に出向いて死神を統括する部署に赴く。何と統括長直々に呼ばれたのだ。霊界は白亜の大地でその上に立ってる建物は黄金で輝いている。最もこの輝きは霊魂のレベルで見た目が変わるのだ。低いレベルの霊魂が見られるのは只の黄金色の建物に過ぎない。要するに光が当たらないのだ。または当たってもそれほどの光量では無い。  地獄庁の長官は閻魔大王だが、これは通称だ本当は別な名がある。ここではそれを公にすることは出来ない。  輝く建物の中に入って行く。中は黄金色では無いが、白く清潔感に溢れている。長い廊下の突き当りが俺の所属する「霊界案内統括部」だ 白いドアを手前に開いて中に入る。部屋の中では同僚が色々と事務の作業をしている。これは自分が導いた魂のレポートを作成しているのだ。そのレポートはその魂が転生した後でも保存される。  自分のデスクの上に鞄を置いて奥の統括部長の部屋に行く。ノックすると中から 「どうぞ」  と声が掛かったので 「177入ります」  と自分の名を言って中に入る。部屋の奥には大きなデスクがあり、統括部長はそこに座っていた。統括部長は見た目は二十代を思わせる女性の格好をしてるが、これはあくまでも仮の姿なのだ。 「呼び出して悪かったわね。来て貰ったのは貴方の次の仕事の事なの」 「何か面倒くさいのですか」  俺の質問に彼女は 「面倒くさいと言うより。注文付きなのよ」 「注文付き……って何ですか」  正直、人間が亡くなる前に死神に注文をつけるなんて聞いたことが無い。 「説明すると長くなるの。そこに座って聴いて頂戴」  俺は言われた通り部長のデスクの前にあるソファに腰を落とした。部長の彼女も俺の向かい側に座る 「今回の魂は落語家で、人間国宝の七代目古金亭仙蔵よ」  古金亭仙蔵……俺でも知ってる噺家で、その話術は芸術の域まで高められている。もうかなりの歳だがいよいよなのか。 「大物ですね。でもそれが何か」  そう大物だろうが小物だろうが扱いは変わらないはずだった。 「実はね。五年前の事件覚えている?」  五年目なら俺が未だ人間だった頃だ。そう言えば危篤とか騒がれたことがあったと思い出した。 「危篤になった事ですか?」 「そうなのよ。あの時は担当の死神がミスをしてね。亡くなるはずじゃ無かった仙蔵師匠を強制的に魂を肉体から抜き出してしまったのよ」 「間違えた訳ですか?」 「そう。単なる伝達事項のミスなんだけど。なまじベテランだから、待っていても抜け出ないから強制的にやってしまったの」 「じゃあ一旦は冥界に行ったのですか?」 「途中までね」 「途中?」 「そう。連れ出して登って行く途中で紐が繋がっている事に気がついたの」  実は完全に亡くなった者は魂と肉体が結ばれていないのだ。通常は肉体と魂は紐みたいなもので結ばれており。これがあるから簡単には魂は肉体から抜け出せないようになっているのだ。それを強制的に抜き出したのだが、本来の亡くなっている訳では無いので未だ魂と肉体が紐で繋がっていたのだ。 「それは厄介でしたね。完全なミスですね」 「そうなのよ。それで、その魂を宥めてやっと肉体に帰したのだけど、その時に注文をしたのよ」 「注文ですか?」 「まあ条件と言い換えても良いわ」  俺はその仙蔵師匠がどんな条件を出したのか興味が湧いて来た。 「どんな条件を出したんですか?」 「それがね。『今度、本当に死ぬ時は病院のベッドや自宅の畳の上ではなく、高座の上で死にたい。噺家なら、一席終わって頭を下げた時に死にてえじゃねえか』と言ったのよ」  確かに噺家なら、そうやって亡くなりたいと思うだろう。大体噺家の葬儀の時は賑やかなのが相場で、この前なんか亡くなった本人が博打が好きだからと言って、通夜の晩に参列者でコイコイをやっていた。 「それで、今度は本当の寿命なのよ」 「どれぐらいですか?」 「三日後よ。未だ時間があるから向こうで接触して打ち合わせして欲しいの」 「仙蔵師匠はご存知なんですか」 「一週間前に近いとは伝えたわ。本当は、そんな事教えては駄目なんだけどね。バレたら私も只では済まない」 「と言う事は上の霊界省は知らないんですね」  霊界の一番上に存在しているのが「霊界省」で我々の「霊界庁」はその下にあるのだ。人間国宝などの魂にはゴールドカードよりも上のプラチナカードが与えられる。プラチナは霊界省直属の管理になるから、我々死神は冥界に連れて行くだけとなる。だからバレたら霊界庁そのものが激震になるだろうと思った。 「まあ、でも師匠は高座で死ねたら本望という事なんですよね」 「そういう事だから上手くやって欲しい」 「前の失敗した先輩じゃ駄目なんですか?」 「別な任務で長期出張になってるの」  統括長の言い方で、恐らく左遷なんだと思った。霊界でも地獄担当になってのだと思った。あそこは辛い。 「判りました。向こうに行って具現化して本人と接触します」  俺はタブレットに情報を入れて貰い人間界に赴いた。  今、仙蔵師は上野の鈴本演芸場に出ている。八十近くになろうと言うのに表面的には達者に見える。  俺は鈴本の客席の天井あたりに漂っていた。師匠は昼の部のトリで、このトリというのは最後に出る噺家の事を言う。寄席では多くの芸人を出す為に一人あたりの持ち時間を短くしている。他の浅草や新宿等では多くの芸人が出演する為一人あたりの持ち時間が十五分程度だ。この鈴本は二十分ほど取っているが本来の落語は二十五分前後の噺が多いので寄席用に若干カットするのが普通だ。だがお客にそれが判ることはない。判らないように演じるのも噺家の腕なのだ。  どこでもそうなのだが、そのトリと休憩が入る「仲入り」と言う出番だけは時間を取ってある。仲入りは凡そ二十五~三十分でトリは三十~四十分ほどだ。時間に幅があるのは寄席は生き物なので当日の事情により若干違うからだ。  今日の仙蔵師は季節に沿った噺をしていた。俺の記憶が正しければ「野ざらし」という噺だろう。隣の隠居が夜中に若い綺麗な女の幽霊といちゃついているのを覗いた八五郎が自分もと向島に出かけ失敗する噺だ。寄席ではこの噺は途中でサゲることが多い。理由は後半は面白くないからだ。だが仙蔵師はそれを最後まで演じるのだ。  客席は笑いの渦となっていた。死神の俺でも頬が緩む。サゲを言って頭を下げると割れんばかりの拍手が湧き起こる。師匠は座布団を外して何回も「ありがとうございました」と頭を下げる。緞帳が静かに降りた。  俺は芸人の通用口の傍に立っていた。勿論具現化してあり、格好は兎も角、見た目は普通の人間に見える。黒のスーツと白いワイシャッに黒ネクタイだが。  暫く待っていると通用口から仙蔵師がお供の弟子と一緒に出て来た。俺の姿を見つけると弟子に 「今日は急用が出来たからここでいいよ」  そう言って弟子に帰るように促した。 「でもお一人では」  心配する弟子に 「大丈夫タクシーでそのまま帰るから」  仙蔵師はそう言って弟子を帰させた。そして俺の姿を見るなり 「その格好は死神さんだね。お迎えかい?」  そう言って表情一つ変えずに俺に語りかけた。 「そうです。でも今日ではありません。前の約束がありますから、その打ち合わせで来たのです」  俺は事情を説明する。すると仙蔵師は嬉しそうに 「そうかい、やっと高座で死ねるんだ」  そう言って顔を綻ばせた。

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賽の河原も現代的になって来ているのですねw 制服も白装束ではないようですし。 この面白さは、ある程度仏教的な死後の世界を知らないと分からないでしょうけど(^^)

2019.04.29 18:01

ST

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