札幌決戦! 2

 軽自動車が国道五号線を走ってゆく。  大雪の影響で、流れはあまり良くない。  運転するのはキク。 「つい二時間くらい前に、函館は通過したばかりなんですがねぇ」  助手席の実剛が苦笑いを浮かべた。  なんとも間の抜けた話である。 「仕方ないわよ。澪じゃまともに冬装備を揃えられないからね」  後部座席から美鶴の声。 「それは良いとして、どうして私まで一緒なんだい?」  こころの質問だ。  非常に良い質問である。  ぜひ答えを知りたいと実剛も思った。  ちなみに華乃の方は、巫邸でぴろしきと留守番である。 「こころんも冬装備いるでしょっ 澪で暮らすならっ」 「まだ許可が降りていないけどね」 「降りるよっ 暁貴だもんっ 二秒で許可降りるよっ」  ひどい言いぐさだ。  今現在、澪役場ではこころの処遇について会議がおこなわれているはずである。  本当に澪に住まわせるのか。  住まわせるとして、住居はどうするか。  本人は澪で働くことを希望しているが、どのような地位職責をもって遇するのか。  そう簡単に結論の出るものではない。  にもかからわず、キクはこころが澪に住む前提で話を進めてしまっている。 「長靴と手袋っ 帽子と耳かけっ 一番大事なのはもこもこっ」 「もこもこ?」 「ジャンバーだよっ あったかいやつっ」  北海道の冬を舐めてはいけない。  東京で着る真冬の服など、北海道では春秋ものだ。  水を弾き、かつ湿気を外に逃がすような、そんな装備が必要になる。 「ちなみに雪かきは全身運動だからダイエットにもいいよっ」 「苦行ダイエットじゃないですかっ」 「諦めるんだ実剛っ 巫家の雪かき隊長は君だっ」 「うへぇ……」  さっき華乃とやった雪かきで充分に疲れた。  しかも三分の一くらいしか終わっていないのである。  車が動かせるようにしただけ。 「思ったんだけど、こころさんじゃなくて華乃さんが澪に残った方が、喜ばれたんじゃない?」 「神の力を除雪や排雪に使おうって考え方が、まずどうかしていると思うよ?」  美鶴の言葉に肩をすくめるこころ。  そんな便利なものではない。  火之迦具土の全力で雪を溶かそうとしたら、そのへん一帯が火の海になってしまう。  巫邸でやったようなやり方なら、融雪機でも設置した方がずっと安上がりだ。  なんだかんだいっても、人件費が一番高くつくのである。 「使えない神様ね」 「そもそも神の力を人間の流儀で使おうってのが無理な話なのさ。次席軍師」 「私たちの力が、町おこしには直接影響しないのと同じね」  薄く笑う美鶴。  超常の力で万事解決、というほど世の中は簡単にできていないらしい。 「まあ、受け入れざるをえんだろうな」  鉄心が言った。  八意思兼のことだ。  本人が住みたいと希望するなら、受け入れるしかない。  受容と蓄積を旨とする自由都市。  それを目指す澪だ。  自衛官だってヴァチカンだって受け入れた。高天原だけ受け入れないという選択肢は存在しない。 「問題は、どう遇するかって部分ですね」  高木の言葉。  こころほどの才能を、在野におくのはもったいない。  確執を超え、澪の中核メンバーとして辣腕を振るって欲しいところだ。 「俺の秘書か鉄心の秘書って考えたんだけどな」 「近づけすぎじゃない? それだと」  暁貴の意見に首をかしげる沙樹。  副町長に顧問。どちらも激務である。  秘書がいた方が良い。  暁貴にはすでに沙樹がいるが。  ただ、あまりに中核に食い込ませて、何かあったらちょっと笑い事では済まない。  むしろ第一隊とかに配属して、中心部から切り離すべきではないか。 「彼女の能力は、むしろ内政向きじゃないですかね。戦いでは、結局信二くんに完敗していますし」 「信二は特殊すぎるけどな」  政戦両略どちらも完璧。  おめーは軍師無双かってくらいのチートである。 「信二くんは進学で澪を離れますから、その穴を埋めてもらうってのも手なんですが、軍事面における依存度が高くなりすぎると、リカバリが利きませんよ」 「それはたしかにな」  魔王の腹心の危惧はもっともだ。  頷く鉄心。 「やはり俺の秘書にして手元に置くか。いざとなったら相打ちくらいには持ち込んでやるさ」  鬼と神が戦えば、やはり前者の不利は否めない。  それでも、鉄心ならば簡単にやられたりはしないだろう。 「激務って事なら、高木さんもなんだけど。それはちょっと厳しいかしら」  沙樹が自分の提案に首を振る。  高木では事が荒立ったときにどうにもならない。  むしろ彼自身が人質に取られたりしたら、ほぼ詰みだ。 「鉄心。頼めるか?」  しばし深沈と思考した後、魔王が盟友に向き直った。  中枢近くの配置。  すこしギャンブル性が高いが、監視するという意味においても、才能を発揮させるという意味においても、この配置がベターだろう。 「心得た。俺たちのやり方を見せるには、近くの方が良いしな」  大きく頷く鬼の頭領。 「住処に関しては、またそよかぜに世話になろう」  単身者用の官舎。  紀舟陸曹長やそよかぜ姐さんが住んでいるアパートである。  メンタル的な部分のケアも、彼女?に委ねることになるだろう。 「リンちゃんを死なせた宿敵を迎え入れるのは、けっこう割り切れない部分がありますが、こればかりは仕方ないですね」  ふうと息を吐く高木。  感情の問題だ。  政略に差し挟むことはできない。 「だからって、いじめちゃだめよ? 高木さん」  冗談めかして言って、肩を叩く沙樹。 「天界一の知恵者にイヤミ攻撃とかしたら、千倍くらいにして言い返されそうですよ。沙樹さん」  苦笑する人面鬼だった。 「よし。これで完成ですね」  ところ変わって、こちらは|澪孤児院《シンクタンク》。  厨房で、五十鈴が煮込み料理を仕上げていた。  トントロ煮込みである。  大人チームからの熱烈なラブコールに応えるかたちで、雪まつりでのイートインメニューとなった。  ただ、今回は味付けを変えている。  みそベースに。  手に手に小皿を持って、子供たちが寄ってくる。 「んー♪ いい匂い♪」 「札幌はみそだといいますからね。ほたるちゃん」  試食用に一切れだけよそってやりながら、院長先生が微笑む。 「それはラーメンだけどね。でもそういう誤解をしている人は多いから、つけ込まない手ははないよ」  ぱくりと頬張る。  広がる芳醇な香り。  ほろほろとほどけてゆくトントロ。 「ぁ……」  それはひとつの物語。  命の記憶。  北海道に夢を馳せ、開拓に挑んだ人々の。  未開の大地。吹きすさぶ雪。けれども前へ進む。  そこがフロンティアだから。  道は、自分たちの後にできる。  あとに続く者がいると信じている。 「だからここが、|理想郷《シャグリラ》……」 「ちょっと何を言っているか判りませんね」  開拓史の時代までトリップしたほたるの頭を小突く五十鈴。 「てへ」 「今回は、みそダレを使ってみました。どうですか?」 「すごく優しくなったっ おいしいっ」  懇意にしている、名古屋から渡ってきた労働者が提供してくれたものである。  なにしろ北海道には売っていないので、彼に頼んで定期的に名古屋から送ってもらっているのだ。 「私あのおじちゃん大好きっ」 「ここに顔を出すたびにお土産をくれますからね」 「ものをくれるからいい人っていってるわけじゃないよっ 院長先生っ」  ぷうと頬を膨らますほたるちゃん。  気さくで明るく、優しい為人のため子供たちからも好かれている。  強烈な名古屋弁が、なかなか理解不能な部分もあるのだが。  チャイムが鳴る。 「あら? こんな時間からお客様でしょうか」  ほたるを伴って玄関に向かう五十鈴。  待っていたのは、仁と労働者たちだった。 「おはようございます。仁くん。それに皆さんも。こんな朝からどうしたんですか?」 「この方々とは、そこで行き会ったでござる。昨夜の大雪で孤児院が難儀しているだろうから、雪かきを手伝わせて欲しいとのこと」  用件を告げるニンジャボーイ。 「まあ……それはありがとうございます」  頭を下げる女勇者。  作業員たちが、照れたような笑顔を浮かべた。

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