壱の七:集会/堀坂周五郎

 総会の会場となっているホテルの別館の11階、そのフロアの全ては貸し切られておりその日はほとんど使われては居ない。余計な部外者を立ち入らせないためだ。そして、その一角に三間続きのスイートルームがある。とある人物のために用意されたものだ。   ――堀坂周五郎――  今年で齢92となる老齢の身だ。  昭和30年代後半にヤクザの世界に足を踏み入れ、それ以来、ずっと第一線で荒事を乗り越えてきた任侠界の生き字引のような御仁だ。さすがにこの歳まで生きている同年代のヤクザ者は殆どおらず、最長老と言っていい人だ。  20年前までは緋色会の総長をしており、後に勇退。それ以後は特別相談役として後見人に徹している。  だが、この人を肩書で呼ぶ者は少ない。ほとんどが彼の事を〝御老〟と親しみと畏怖を込めて呼び称していた。  この人の薫陶を受けた若い衆は数多く、天龍のオヤジも、氷室のオジキも、世話になったことは一度や二度ではない。天龍のオヤジに至っては堀坂の御老から子分盃を受けた最後の人物だと言われている。御老が天龍のオヤジを坊主呼ばわりしているのは当然のことなのだ。  神奈川逗子の郊外にある邸宅に数人の警護役と数多くの使用人とともに住んでおり、夫人は居たが18年前に他界したと言われ、ご子息・ご息女も居たらしいが、そのあたりの事情は不詳だ。  老いてなお才覚は鋭敏、時代の流れにも敏感で、暴対法が施行されて以後のステルス化を積極的に支持したのもこの堀坂の御老だった。それゆえに緋色会はいち早くステルスヤクザ化を果たせたのだ。  大怪我はしても大病は患っておらず、老いてなお頑強、逗子界隈から東京まで歩いて来たと言う逸話が出るほどだ。ましてや、戦闘においても若いものに遅れはとらず|矍鑠《かくしゃく》としており未だ現役。  和服を愛用し、脚には足袋履きに雪駄。その手には常に白木の杖が握られているが、ただの杖じゃない。年代物の業物の真剣が隠された〝仕込み杖〟だ。  得意とする技は――   ――居合抜刀―― ――で、人間だろうがサイボーグだろうが、気合一閃で真っ向両断に切り伏せる豪腕の持ち主だ。  その見事なまでの剣技と立ちふるまいから付けられた字名は   【 死なずの周五郎 】  現代ヤクザの緋色会の頂点を仕切る男である。      †      三間続きのスイートルームの中、天竜のオヤジを先頭に氷先に入っ室のオジキと俺が続く。 「失礼します」  オヤジが挨拶を切り、それにオジキが続く、俺も二人にならい挨拶を述べた。 「来たな?」  先に控え室に戻っていた堀坂の御老は革張りのソファーに腰掛けてくつろいでいた。  その背後にはあの黒ずくめの背広姿の長髪の男が佇んでいる。その右手には御老が持っているものと同じ白木の杖のような仕込み刀が握られている。  御老と同じものを持っている――  それが何を意味するのか、俺達にもそれとなく伝わるものがあった。  だが今は、そのことにこだわっている場合ではない。  御老の声がする。 「まあこっち来い。話はそれからだ」  オヤジが会釈をしつつその声に従う。 「失礼いたします」  招かれる先には、革張りのソファーの応接セット。一人掛けが2セットに、二人掛けが1セット、応接セットのソファーの組み合わせとしてはよくあるものだ。  歩み寄ってきた俺たちに御老は勧める。 「座れ」  そう言われて腰を下ろしたのは天龍のオヤジだけだ。  オヤジの背後に、オジキが立ち、俺はその隣で少し離れて佇んでいた。  御老は、オヤジが座るのと同時に語りかけてきた。 「しくじったな。陽坊」  そう問われてオヤジはバツが悪そうにする。 「面目次第もありません」 「だろうな。耄碌するには早えぞ」  鋭く睨む御老の視線に天龍のオヤジは言い返すこともできない。御老がさらに続けた。 「総会の場外入場案内役が姿が見えなくなったんだってな」 「はい。こいつらに確認させましたが姿が見当たりません」  オヤジが語るこいつらとは氷室のオジキと俺のことだろう。言葉を受けて御老の視線はオジキの方へと向き、オジキはそれに答えた。 「連絡は全く取れません。無線機の電波も消えてます」  その言葉の後にオジキが俺に視線を投げてくる。俺はオジキの言葉を補足する。 「信頼のおける下の連中を四・五人飛ばして探させましたが、死体一つ見つかりません」  御老はソファーに腰掛けたまま両手で仕込み杖を床に突いていた。わずかに思案げにしていたがすぐに声を発した。 「まぁ、生きちゃいめいな。仏さんも見つからねえだろう。仕掛けたのがあの〝礼司〟の野郎だったらそこまで用意周到に手を打ってるはずだ」  礼司……、柏原の下の名だ。 「普通はまさかと思うが、自分の欲しいもののためなら無関係な者でも縊り殺す。しかも自分は絶対に手を汚さない。また、こういうことがいつでもできるように使い捨ての駒をいくつも飼ってるから始末が悪い」  沈黙が訪れる。少しばかり言葉が途切れて、五郎の言葉は氷室のオジキの方へと向いた。 「明石よ」 「はい」 「何やってんだてめえは。こういう時の裏のかきあいにこそお前みたいなキレる奴の役回りが回ってくるってもんだろうが! 陽坊の懐刀の自覚があるんだったら、相手の裏をかききってこその懐刀じゃねえのか?」  御老は氷室のオジキの昔の名前である明石の名で呼んだ。オジキはこの名で呼ばれることを何よりも嫌う。身近なものが迂闊にその名で呼んだなら、指の一本もその場で切り落とされたって文句は言えねぇ。御老はそんなこともお構いなしに言い放った。 「明石よ。〝カミソリ〟の名が泣くぜ」  オジキは不満一つ表さず頭を垂れた。 「面目次第もございません」  ぐうの音も出ない。ひたすら頭を下げるしか方法はなかった。

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