壱の伍:集会/―声―

 ざわつきは大きくなる。沈黙したまま解決する出来事じゃない。だがさすがの天龍のオヤジも即座に〝はい〟とも〝いいえ〟とも言える案件じゃあない。  視線を石黒総長の方に向ければ、総長も言葉に窮しているのがよく分かる。あの〝七審〟という組織はそうそう簡単に誰にでも委ねられる組織ではないのだ。  だが、この榊原という男はそんな道理など聞く耳はないだろう。 ――他組織との取引との場、すなわち利権の場――  そう見えているに違いないのだ。そして――   ――俺を七審の担当にしろ―― ――と言い出すに違いないのだ。    だが七審はそう言う物じゃない。 〝七審〟またの名を〝セブン・カウンシル〟――、東京湾の洋上のスラム街・東京アバディーンにて活動する6つの組織が、振興のサイバーマフィア〝サイレント・デルタ〟の仲介により奇跡的に交渉のテーブルに付き、利害関係の調整とトラブルの回避を目的として活動している調整会議のような物だ。  洋上スラム・東京アバディーンにある高層ビル・ゴールデンセントラル200の中に専用ルームがあり、そこに多彩な組織が集まり日夜話し合いが行われている。    中華系黒社会の流れをくむ【|翁龍《オールドドラゴン》】  正統派ロシアンマフィア【ゼムリ・ブラトヤ】  プリズンマフィアとの繋がりも噂される黒人マフィア【ブラック・ブラッド】  中南米マフィアの急先鋒【ファミリア・デラ・サングレ】  在日華僑系の相互互助結社【新華幇】  そして、俺たち【緋色会】  これら多様な組織の仲介役として動き交渉の場をまとめ上げているのが、振興のサイバーマフィア【サイレント・デルタ】  確かに、そこから様々な利益が生み出されているが、それはすべて利害の全く異なる異人種間交渉を円滑に調整するために必要な〝アメとムチ〟として重要だからこそ必要な物なのだ。当然、こちらから相手に利益を吐き出す事も必要になる。実際、天龍のオヤジも七審での活動を無難に進めるために相当な出費を行っているのだ。それは七審と天龍のオヤジの事情を知っている者ならば誰でもわかっている事だ。  だがこの強欲オヤジは違う。    自分の利益は絶対吐き出さない。他人の利益は自分のものにしたい。欲しいものは手に入れる。他人が持っているものは奪い取る。手放さなければ陥れる。その結果誰が不幸になろうが、誰が命を落とそうが、誰が破滅しようが、一切知ったことではないのだ。  そういう男なのだ。この強欲な榊原と言う男は。  天龍のオヤジがそう簡単にハイと言えないのをわかった上で、この場にて問題提起していた。嫌でもハイと言わざるを得ないだろうと踏んで――  オヤジの身内なら、どれほど|腸《はらわた》が煮えるだろうか? おそらくこの場でなければ拳銃を抜き放って撃ち殺したかったに違いない。おそらく俺ですらも。  入場案内役を拉致ったか始末したかしたのは間違いなくこの榊原かその配下だろう。だが、明確な証拠がない。疑惑だけではシラを切られて余計に混迷するだけだ。  誰もが答えに窮する中で榊原はダメ押ししようとした。   「のう? 天龍? 答えんかい」  榊原のダミ声が響く。天龍が腹をくくって声を発しようと姿勢を正そうと――   「ちょっとまてや」 ――割り込んできた声がある。それは齢を重ねたいぶし銀のような真の実力者の声だ。  ややかすれ気味、それでいて程よく低音の響き渡る声。どんな喧騒の中でも腹の奥にズドンとくる、そんな声だった。  集会会場の隅々で沸き起こっていたざわめきが一斉に静まる。そして、俺も、天龍のオヤジも、氷室のオジキも、石黒の総長も、もちろん、榊原の阿呆も――  その場にいた全員が固唾を飲んで声の主を見つめていた。  総会が行われているレセプションルームの扉の一つ。それが静かに開き、二つの人影が入ってくるところだった。  一つは中背、白髪で丁寧に櫛が入れられ整えられている。服装は紋付羽織袴。着物の色は鉄紺色で、わずかに緑がかった深い青色。昔から和服に用いられている、日本人なら馴染みの深い色だった。足元には白足袋、そして丁寧な造りの雪駄。手には杖が握られているが、それに頼って歩いてるような素振りは全くない。  杖がリズミカルに、カツン、カツンと音を立てる。  その歩みは矍鑠としており、そこに老いは微塵も感じられなかった。  だがその風貌は明らかに長い年月をくぐり抜けてきた〝漢〟のものだ。深く皺が刻まれた顔の中に異様に鋭い視線がたたえられており、その人物が生きていた苛烈な日々を雄弁に物語っていた。  誰ともなくその人物の名を口にする。 「御老――」 「堀坂御老」 「相談役」  だがその名を呼ばれて彼の人物は振り向くこともない。今回の騒動の要の人物である天龍のオヤジと、榊原とを、交互に視線を投げかけるだけである。 「ほ、堀坂の御老」  榊原が焦り気味にその名を呼ぶ。 「御老、ご苦労様です」  冷静にその名を呼び、頭を下げたのは天龍のオヤジだ。その傍らで氷室のオジキも頭を垂れていた。

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