異聞平安怪奇譚 | 将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
豚ドン

タイカ

 |野本《のもと》と|石田《いしだ》を繋ぐ道から近い村では、火の手が上がり、|無辜《むこ》の民は火に|炙《あぶ》り出され、逃げ惑い、多くが射殺された。 「なんで……」  その難を逃れた、少数の民。――特に年若く機敏に動き、矢の雨から逃げれた、|童《わらべ》達は絶望に打ちひしがれていた。 「こんなことに……神も仏も居ないじゃないか」  肉親を殺され、|慟哭《どうこく》に包まれる。――その時、|駒音《こまおと》が近づいてくる。 「まだ生き残りがいたか!」  童を見つけた|源扶《みなもとのたすく》の部下が、馬上より弓を構える。――その瞳には狂気が渦巻き、姿は火に照らされ……童達には身の毛もよだつ、化け物に見えた。 「助けて……ころ、ころさないで」  幼いながらにも、これから行われる事を理解した。 「くくく。恨むなら、|平将門《たいらのまさかど》を恨めよ、わっぱども」  身を寄せ合い震え、涙を流す童。狙いを定め、限界まで引き絞られる弓。 「嗚呼、神様――」  神は居ない……と言った口で神に祈る童。  矢が放たれる寸前――横合いから飛んできた矢が、男の胴丸を貫通し、右胸に突き刺さる。  射られた男は馬上より崩れ落ちる。――その寸前に、苦し紛れに放たれた矢は童達の足元に突き刺さる。 「大丈夫だったか童達よ!」  黒丸を駆り、弓を持った将門が童達に近づく。 「うぐぐ」  虫の息ではあるが、将門に射られた男は地を這いながら、童達へと向かう。――それは執念か、狂気か。  |黒丸《くろまる》の前脚による、容赦の無い踏み付け。男の命と血は、辺りに巻き散らかる。  思わぬ救いに緊張の糸が切れ、へたり込む童達は声を出せず、首を縦に振る……|安堵《あんど》した為か泣き出す者たちも出始める。 「それだけ元気なら大丈夫だな、誰か! 童達の保護を!」  童達の怪我がない事を確認した将門は事後を任せ、黒丸を走らせる。 「しかし、見境なしとは……一刻も早く、|源扶《みなもとのたすく》を殺してでも止めねば! 行くぞ黒丸!」  黒丸の腹を蹴り駆ける将門。――絶望の中にあった童達の瞳には……火に照らされ、雄々しく駆ける黒丸が、本物の竜に見えた。 「竜と神様だ……」  童の一人の口から、ぽつりと零れた言葉は木々が爆ぜる音に掻き消された。  源扶と、その手勢は暴虐の限りを尽くし、|平國香《たいらのくにか》の屋敷がある石田へと到着していた。 「ひひ……一番、楽しい時間だ。義兄を生きたまま焼き殺すなんてな……さあ! 火を放て!」  |源扶《みなもとのたすく》の部下たちは石田の屋敷へと火を放つ。  騒ぎと火を放たれたことに気づき屋敷の中より、抜刀した|平國香《たいらのくにか》の部下たち数人が出てくる。 「いったい何をなされるか! 國香様の居に火を放つとは! 源扶殿、乱心されたか!」  怒りに震え、顔を真っ赤にしながらも、最後の一線を越えず、|堪《こら》える平國香の部下たち数人。 「なに……ここ最近、義兄殿の調子が悪く。寒ければ、さらに調子も悪くなろうと思い……身体の芯まで、温めてやろうと思っただけよ! げひひ!」  狂気を|孕《はら》んだ笑いを上げる源扶。 「すでに狂っている! 皆のもの!」  源扶と対峙する男達は、冷や汗を流しながらも、刀を握る手に自然と力が篭り、じりりと構える。―― 「源扶を斬れ!」  その号令と共に男達は源扶へと殺到する。  思い思いに振られる、白刃。――しかし、源扶の身には届かず。  源扶が瞬時に抜き放った刀。その|唸《うな》るような剣閃で臓腑と血が吹出し、分かたれた胴体が舞い、火へと落ちていく。 「げひひひ! 素晴らしい力だ! そう思うだろう、お前ら!」  源扶は部下たちの方に振り向き、血に濡れた顔で、とびっきりの笑みを見せる。 「扶様、流石です! まさに鬼の様な|膂力《りょりょく》!」 「そうだろう、そうだろう。全ては|あの御方《・・・・》のお陰よ!」  気分を良くしたのか、笑いが止まらない様子の源扶。 「源扶! 覚悟せよ!」  |遥《はる》か|彼方《かなた》より、良く響く大声を張り上げ、将門が弓を引きながら駆ける。  引き絞られた弓から放たれた矢は、一直線に源扶へと向かう。  矢が吸い込まれるように、突き刺さる―― 「遅かったな! 平将門よ!」  矢がその身に届く寸前。――源扶は近くにいた部下を片手で持ち上げ、|楯《たて》として使い、将門の矢を防いでいた。 「ぐっ! すでに火が回っているか……早く、國香伯父上を救出せねば。|将頼《まさより》! 露払いを頼んだぞ!」 「はっ! お前ら良く狙え! 兄いに、源扶以外の敵を近づけさせるな!」  将頼らと離れ、将門は太刀を抜き放ち、単騎で源扶へと向かう。 「そうこなくちゃな! 掛かってこいよ、将門!」  源扶へと肉薄する、将門と黒丸。  馬上からの太刀による振り下ろし。……それは将門の|膂力《りょりょく》と、黒丸の高さが合わさり、防ぐことの出来ない一撃。 「源扶! ここで、あの日からの|禍根《かこん》を絶つ!」  ――火花と甲高い音が散る。 「な……に!」  将門は自身の目を疑う。――防ぐことは出来ないと思っていた、その一撃を易々と右手に持つ、刀一本で防がれる。  源扶は、にやりと不敵な笑みを浮かべる。 「軽いな、軽いぞ、将門! おら!」  将門の太刀を弾き返し、黒丸の顔を殴る源扶。  その人間離れした力により、黒丸は将門を乗せたまま、横に軽く飛ばされる。 「大丈夫か、黒丸」  将門は黒丸の頬を撫でる。……源扶に向かって敵意を燃やし、鼻息荒く、|睨《にら》むような様子の黒丸。  しかし、黒丸は殴られた衝撃により、脚が震えていた。 「黒丸、ゆっくりと休んでいろ」  将門は黒丸から降り、源扶と一対一の格好となる。 「その人ならざる力……|何処《・・》で手に入れた」  太刀の切っ先を源扶に向けて問う将門。 「何処? 違うなあ、|あの御方《・・・・》から頂いたんだよ!」  一足飛びに将門に肉薄する源扶。――上段から振り下ろされる刀。  重い一撃を将門は太刀で防ぎ、|鍔《つば》迫り合いの格好となる。――ゆっくりと押され始める。 「げひゃひゃ。どうだ、将門。自分よりも強い力は? |おぼこい《・・・・》将門には刺激が強すぎたかあ?」  源扶は将門に息が吹きかかるほどに、顔を近づける。――がら空きとなった将門の胴を蹴り飛ばす源扶。  蹴り飛ばされる将門。|赤威《あかおどし》の|着背長《きせなが》が音を立てて|軋《きし》む。――忌々しげな顔をする将門。 「――っち。やはり、|大鎧《おおよろい》は動きにくくて、かなわんな」  将門は|言《ご》ちながら、大鎧を素早く脱ぎ捨てる。――あっという間に|直垂《ひたたれ》を纏うのみとなり、首を回す。 「さて……覚悟はよいな?」 「あん? 鎧を脱いだからってどうに――」  |源扶《みなもとのたすく》の視界から将門が消える。――その瞬間に源扶の腹に重い衝撃が走り、後ろに飛ばされ転がる。 「おぐえ! 何だ――」  源扶は立ち上がり、焦点の定まらない目で将門の姿を追う。 「今のは黒丸の分だ。――ただ走って、腹を殴っただけだがな」  源扶の背後から、ハッキリとした将門の声が聞こえる。――先程までの余裕は無くなり、振り向きざまに刀を振るう源扶。  ――しかし、その刀は将門の身体に届かず、右腕と刀は鮮血と共に宙を舞う。 「腕があ! ぐっ……将門お!」  源扶はただ闇雲に左腕を振り回す。――しかし、将門の身体に触れることは叶わず、将門の振るう太刀により、いとも|容易《たやす》く左腕も斬り飛ばされる。 「源扶……今一度聞くぞ。その力を誰からもらった?」  将門は太刀の切っ先を源扶の喉元に突き付け問う。 「けひ……あの御方は今は|取木《とりぎ》にいるだろうよ……」  痛みに耐えながら、しかし、どこか余裕のある源扶。 「そうか……ならば取木まで足を延ばさねばならんな」  将門の太刀の切っ先が、源扶の喉元の薄皮を裂き、血が流れる。 「けひひ……将門お。これは全部、あの御方の託宣通りなんだぜ。……て、ことはだ当然、保険も掛けてある……俺が戻らなければ、大串から豊田を攻める|手筈《てはず》になっているんだぜ」  歪んだ笑い声をあげる源扶。――冷たい視線のまま話を聞く将門。 「だから、将門よお。分かっているだろう? 攻められたくなかったら俺を放せ、見のが――ぐぶぶ」  源扶は最後まで言葉を紡ぐことなく、将門の太刀に喉を|貫《つらぬ》かれ、あっけなく絶命する。  将門は火に照らされる源扶の死体を見下ろし、思索する。  平國香の屋敷は完全に火が回り、大火となり、源扶の部下は|悉《ことごと》くが将頼の指揮する騎馬隊に射殺され、斬り殺されていた。 「兄い! 終わりましたよ! こちらの損害は無しです!」  将頼は嬉しそうに手を振り、将門の元へとやってくる。  思索していた将門は将頼に振り向く。 「将頼……これから|酷《こく》な使命を言い渡す」  将頼は、目を綺羅付かせながらも、将門から言い渡される使命を静かに聞く 「お前はこれから全軍を率いて、源扶の拠点のある大串を……完膚なきまでに叩きのめせ。焼き払っても構わん。生き残るためだ、やってく――」 「兄い! 承知いたしました! 完膚なきまでに叩きのめしてきます」  将門の言葉を最後まで待たずに返事をする。  なんとも言えない顔となる将門。  ――大火は広がりを見せ、|常陸国《ひたちのくに》全土を焼き尽くさんとする程に燃え上がる。

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