第六話

 晴れて本職の死神、(まあ正式には「霊界案内人」と呼ぶのだが)になって認定書というか俺たちは「死神免許書」と呼んでいるが、それを貰って正式な任務に就くことになった。  何処でもそうだと思うが新人には大抵簡単な任務が与えれるのが相場だ。俺の初仕事もそうなるはずだった。だが、先輩死神の仕事が延びてしまう事態となり、本来のその先輩が行う仕事に空きが出来てしまう事態となった。俺は地獄庁に呼び出された。  地獄庁は本来は霊界庁と呼ばれているのだが、トップが閻魔大王なので誰もその名で呼ぶ事はしない。その昔は本当に赤鬼や青鬼が居たらしい。  今はそんなことは無くどこにでもある役所みたいな感じだ。違うのは我々死神を配下に置いているので、そこが少し違う。人間の世界で言えば警察とまでは行かないが、税務署みたいな感じはある。  白亜の建物の中に入って行き、「霊界案内人」の部署に行くと責任者が事情を説明してくれた。 「一一七号くん。実は面倒なことになった。本来なら別のベテランが担当するはずだった魂が君の扱いになってしまったんだ。初任務の君は少々手こずるかも知れないが、何とかやり遂げて欲しい。うまく行けば君の魂の階級もかなり上がることになるはずだ」  責任者の長官はそう言って俺の表情を伺った。 「判りました。具体的には、普通の魂とどう違うのですか?」  俺はなるべく感情を露わさずに尋ねた。 「うん。その魂は成仏する事を信じていないのだ。亡くなるのは数日先なのだが、昔からの言動で、そのような事を繰り返し言っているのだ。だから素直に霊界に連れて来るのが難しいと思うのだよ」  言われも俺にはそんな難しい事には思えなかった。説得して駄目ならそれで良いではないか。そんな霊魂にはそれなりの行く先がある。強制的にやれば良い。 「本当は強制的にはやりたくないんじゃよ。何せ有名な学者だからな。やればその分霊魂のランクが下がり、転生が遅れる」 「兎に角やるだけやってみます」  俺はそう言ってタブレットに受け持つ魂の情報を入れて貰った。 「詳しい情報は入れておいた。何か判らないことがあれば連絡をして欲しい。まあ仕事を執行するのに十分な裁量があるから大丈夫だと思うが」 「最終的には強制でも構わないんですね」  どうしても拒否した場合は強制的に冥界に移転させることになる。その場合魂の霊的ランクは下ることになる。それは仕方ない事だ。人間界に残って浮遊霊や地縛霊になったら、殆ど救済出来る見込みは無い。俺は人間界に向かいながらタブレットで扱う霊魂の情報を読んでいた。  永田修(ながたおさむ) 国立東名大学物理学部名誉教授。ガチガチの実存主義で霊魂や転生という事を否定して来た。  テレビ等で霊能者との霊魂のありなしのバトルは有名。  この人物の事は俺も覚えている。火の玉や幽霊は錯覚か自然現象で説明出来るという考えだった。それらはプラズマの発光現象だと言うのが持論だった。テレビでの余りの頑固さに俺も呆れた記憶があった。この霊魂否定派をどう説得するか。あるいは肉体から霊魂が抜け出た事を自分でそう説明するのか興味が湧いて来た。イザとなったら問答無用で強制的に執行してしまえば良い、本人の魂のランクなど知ったことではない。地獄庁からも問題の人物だと思われているのだ。  その永田氏が入院している病院に入って行く。勿論俺の姿は普通の人間には見えない。四階の四〇五号室が入院している病室だ。静かに病室のドアを通り抜ける。ベッドには酸素吸入器があり、口には吸入器が付けられている。病名は「肺炎」それも急性だ。老人性の肺炎は実は恐ろしい病で、亡くなる確率が高い。あと十分もすれば心臓が停まる事になっている。  やがてお定まりのように医師が聴診器で心音を確認して、脈を調べ瞳孔にペンライトをあてる。そして 「ご臨終です十二時二十一分でした」  総事務的に告げると家族の者が泣き咽んだ。これからが俺の仕事となる。暫くすると肉体から魂が抜け出したので声を掛ける 「永田さんお迎えにあがりました」  そうすると永田氏は 「あんたは?」 「永田さんを冥界までお連れする霊界案内人です」  普通はここで自分が死んだのを納得するのだが 「は? 馬鹿言ってはならないよ。そんなものある訳無い。これは私がまだ生きていて夢を見ているんだろう。夢なら覚める」  やっぱりだと思った。 「永田さん。あなたは今さっき亡くなったのです。だからこうして魂が抜け出したのです。あれをご覧なさい。あれは貴方の肉体ですよ」  俺はそう言って指さしたのだが 「だからこれは夢なんじゃよ。死んだら永遠の眠りにつくんだ。それこそ何も考えず、また永遠の闇があるばかりだ。そうじゃ無いということはこれは私が見てる夢なんじゃよ」  そう言ってあくまでも夢だと言い張っている。そこで俺は魂の修行の事を語って聴かせた。まあ信じないとは思ったが、案の定だった。 「馬鹿な事を言いなさんな。それにしても私の夢なのに変な夢を見るものだ。やはり死ぬ寸前だから何時もとは違うという事なんだな」  そんな事を言って自分で納得しているのだった。さて、どうするか俺は考えを巡らせた。 「永田さんこれが本当にご自分の夢だと思っていらっしゃるのですか?」  俺は正直に尋ねてみた。そうしたら 「これが私の夢ではないという証拠を見せて貰わないとねえ」  そんな事を言っている。俺は 「今一度ご自分の下の様子をご覧になってください。ご家族の方が泣いていますでしょう。あれを見ても何とも思わないですか?」  俺がそう言って眼下の永田氏の遺体を指差すと。それをしげしげと眺めて 「皆揃っておって泣いてるな。おーい私はここに居るぞ」  そう言ってベッドの所まで降りて家族の一人ひとりに声を掛けるが、当然皆知らんぷりにしてる。 「どうしたんだ。私じゃ! 気が付か無い訳ではあるいまい」  そう言って耳元で叫んでるが通じはしない 「これでお判りでしょう。貴方は亡くなったのですよ。次は霊界に行かなくてはなりません」  俺がそう言って説得すると永田氏は 「そんな馬鹿なことがあるものか。魂なんて存在しないんじゃよ」 「じゃあどうしてこうやって亡くなった後も会話をしてるんですか?」  会話と俺は言ったが、正式には会話ではなく一種のテレパシーみたいなもので想ったことがそのまま相手に通じる。 「夢というものは往々にして自分の侭にならないものだ」  未だ納得していないので俺は 「永田さん私の手を握って貰えませんか」  そう言って俺は左手を差し出した。永田氏は胡散臭そうに俺の手を握る。その瞬間俺は天に向かって登り始めた。驚く永田氏 「これはいったい……」  俺は下を向いて永田氏に語り掛ける 「どうですか。これでも夢だと思いますか?」  そうすると永田氏は 「するとこれは本当の事なのか? 死んだら魂が抜け出てあの世に行くというのは」 「そうですよ。これから冥界に言って、この世の垢を落として霊界に行くのです。そこで転生に向けて魂の修行をするのです。変な固定観念に囚われていると本当に地獄に行きますよ」  俺はそう言って永田氏を脅かした。これぐらいは嘘も方便だ。永田氏は俺の言った事を完全に信じた訳ではなさそうだが、少なくとも自分がどのような状態に置かれたのかは理解したみたいだった。まあ良い、これからは無限の時間があるのだ。向こうに言って色々と考えれば良い。向こうでは国際的な物理学者なんて肩書は通用しないのだから。

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賽の河原も現代的になって来ているのですねw 制服も白装束ではないようですし。 この面白さは、ある程度仏教的な死後の世界を知らないと分からないでしょうけど(^^)

2019.04.29 18:01

ST

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