戴冠、或いは暁を待つ | 一章:女王と新しい仕事
かなた

07

「長居してもいいことねぇから」  未だ騒ぎの渦中にある門前広場を抜け、クロイツは手早く通りのひとつに滑り込む。  彼に従って足を踏み入れたのは、細工師通り――ここだけは坂ではなく、階段で上り下りをする作りになっている。通行する荷車や馬を妨害するためだ。この通りの人間は、工房の前で発生する騒音を許せる性質《たち》ではないらしい。  だからというわけではなかろうが、通りに入った魔術師は口を開こうとしなかった。  かわりに彼は、じっと左袖の内側を覗いている。僕もそれに倣《なら》うように、意味もなく黙り込んだまま、彼が見ているのと同じものを見た。  つまりは袖の裡《うち》へ隠れたもの――左手を。 「血!」 「女子どもじゃねぇんだから黙ってろ、うるせぇな」  放たれた声の大きさはいつものとおり。吐き捨てるような言葉を残し、彼は階段の左右に備わった手摺に登る。軽快な足音を立てる歩みを追い、僕も慌てて足を動かす。  猟兵といえば手練《てだ》れであるが、まさか傷を負わされているとは思ってもみなかった。  布《ふ》帛《はく》に隠れた赤色を眼裏に抱いて、僕は背後を振り返る。  門前広場では、騒ぎに巻き込まれた負傷者の手当も行われていたはず。幸いにして重傷者はいなかったようだから、戻っても迷惑にはならないと思うが―― 「こんなもん大した怪我じゃねぇよ」  負傷した当人は、手摺の上で呆れ顔だ。けれども僕が眉間に皺を寄せると、溜息とともに肩をすくめてみせる。 「わかった、わかった。アマリエは正真正銘の女子どもだもんな」  厚い布地が、血糊の色を透かすことはない。  それでもなお僕が危惧するところに、彼はしっかりと気づいたようだった。 「というわけで、おまえの別宅に行こう」  前言撤回。気づいた可能性はあるが、微塵も真剣に捉えていない可能性が高い。 「別宅って……ハイロの――ラリューシャのところか?」 「そうとも言うな」  うなずいて、クロイツはブラシの柄を肩にかけた。手摺の棒の細さも丸さも苦にすることなく、かんかんと軽快な音を立てて歩いて行く。 「というか、本当にだいじょうぶなのか、その怪我」 「へーきへーき、血ィ出ただけ。掠《かす》り傷のうちにも入りませんわ」  それは刃物による正真正銘の掠り傷ではないのか、と後ろに続く僕は思った。けれども指摘しようものならまたぞろ面倒な話になりそうだから、口には出さない。  そのうちに魔術師は手摺の上を踏み切り、細い路地のひとつめがけて飛び降りた。  僕は呆れた気分のまま、同じ路地へと足を踏み入れる。路地を抜けた先は、鍛冶屋通りの隣にある金《かな》物《もの》商《あきな》い通り――ここの仕事上がりは、工房の類よりだいぶ早い。  夕暮れの近づく通りはがらんとして、不思議といつもより広く感じた。けれどもそれを渡るのにかかる時間は、普段よりも相当短い。  横行き交うひとびとを避ける必要がないからだ。 「いいねいいね、俺こういうの好きよ」  クロイツはえらく上機嫌に、通りの真ん中でくるりと回った。 「そうなのか」  目的の小道に先んじて入った僕は、なんとはなしに首をかしげる。僕はこういう人気のない通りを物寂しいと思うけれど、クロイツはそうではないのだろうか。 「俺、兄貴どものついでに弟までいてさぁ。実家に帰るとうるさかったから、静かな場所は好き」  なるほどと応じる僕の視界で白い裾を翻し、魔術師も裏路地へ駆け込んで来た。  さて。このまま鍛冶屋通りへ抜けてもよいけれど、ラリューシャの工房はこのまま裏路地を通って行くこともできる。ハイロの案内で何度か通ったことのある道だ。  ただし道幅は相当に狭いから、僕はクロイツの先に立つような形を取る必要があった。そのままふと裏路地の上を見上げれば、真鍮の管が蜘蛛の巣のような複雑な目を見せているのが目に入る。それをより密にしているのは、管の隙間を縫って窓と窓をつなぐ紐と板。  管のほうは公共のもので、郵便はすべてあれを通って家々へ届けられる。  対して板と紐は住民が勝手に設《しつら》えたもので、ちょっとした荷物のやりとりに使うものだ。  ――頭上の景色からわかるとおり、この街は割と機能的で、手狭にできている。ここでクロイツが好みの場所を探すのは、意外と手間のかかる事柄に違いないと僕は思った。  そんなことを思案するうち、ラリューシャの工房の裏手が目前に見える。  僕らはふたり揃って工房の間を抜け、表へ回った。工房の入り口の扉には鍵がかかっていない。クロイツは構わず工房へ入るや否や、迷いない足取りで鍛冶場へ歩を進めた。 「おやっさん、邪魔するわ」  工房のあるじは、鍛冶場の中で汲み置きの水を眺めていた。クロイツが声をかけると顔を上げ、おう、と声を出す。 「……また喧嘩か」  続けて発せられた嗄《しやが》れ声に、僕は天地がひっくり返りそうなほど驚いた。  なぜなら、ラリューシャ老が喋るのを聞くこと自体、実に数日ぶりの話だったからだ。僕の記憶がたしかなら、前回はアマリエ作の焼き菓子を持参したときであったはず。 「失礼だなぁ。名誉の負傷だよ」 「どうだか」  吐き捨てて、ラリューシャはふたたび水に目線を移す。それから思い出したように、水瓶のひとつを指差した。対するクロイツは一礼の後、鍛冶場の中へと踏み込んで行く。  さらには勝手知ったる様子で血糊を洗い始めた彼を、僕は入り口から呆然と眺めていた。  ――実際のところラリューシャは、僕が鍛冶場へ踏み入ったところで、それを咎めはしないだろう。僕が勝手に気まずいだけだ。気まず過ぎて、もう二度とこの工房に入れなくなることを恐れているだけ。そのために、ラリューシャを勝手に理由にしているだけ。  そうして僕が高い敷居を設けた鍛冶場の中は、ラリューシャとっては自室のようなものである。仮眠のための寝台も、ものを拭くための晒布《さらしぬの》も、手当てのための薬も、なんでも揃えてあるのだとハイロに聞いた。  その言葉が紛うことなき真実であったことを、僕は今ようやく思い知る羽目になる。  正直なところ、そこに少しくらいは誇張があるだろうと思っていた。けれどもそんな僕の眼前で、クロイツは馴れた様子で傷の処置をすべて済ませ、唐突にこちらへ向き直る。 「なんでそんなところに突っ立ってんだ、おまえ」 「……なんとなく」  大袈裟に肩をすくめて、今度はラリューシャを見る。 「おやっさん、ハイロはいる?」 「おらん。今しがた買い物に行かせた」 「ん、わかった。じゃあ会わずに帰るわ」 「そうしろ」  やはり先ほどの声は、僕の聞き間違いなどではなかった。  聞く者にけっしてよい印象を与えることのない、低く鈍く不機嫌な声。それが真っ当に言葉を紡ぎ、本当に誰かと会話している。妖精の悪戯《いたずら》にでもかかったような気分で、僕はその声を聞いていた。相手がクロイツであるというのが、僕をひどく奇妙な気分にさせた。  なんだかふわふわした気分で告げた別れに、ラリューシャはいつもどおりの唸りのような母音で返して来る。その事実に安堵しつつ、僕はクロイツと連れ立って工房を後にした。  * * * 「ラリューシャとクロイツは古い知り合いだからね」  そう言ってエクリールは喉の奥だけで笑った。  役所へ招かれた僕の一連の報告を聞いて、最初に示した反応がそれだった。話題にされた側はといえば、拗《す》ねたように明後日《あさつて》のほうを見ている。  今日一日で慣れ親しんだ軽口はなく、背けられた顔からは表情がうかがえない。  窓枠に座って片膝を立て、頬杖をついたその姿には、どこか絵画のような風情があるばかり。金糸をまとった外套の裾だけが、白い煙と戯《たわむ》れるように、音もなく夜風に揺れていた。 「たしかアマリエよりも長いよね」  体ごと振り返ったエクリールが問うと、かすかに頭が上下に動く。 「あんたより長いだろ。忘れたのかよ」  ようやっと発された声は、それまでの静謐ゆえの美しさをすべて台無しにする、いつもどおりの声だった。  僕は勝手に辟易した気分になりながら、エクリールのほうに目線を据える。 「……話は戻るのですが」  こちらを見た隻眼は、今日は黒革の眼帯に覆われていた。  普段より一層鋭く見える眼差しを笑みで薄めながら、煙管の火皿の中身を入れ替える。 「聞こうか」  吸い上げるたびに吐き出される煙からは、いつもと同じ冬のはじまりの匂いがする。つんと鼻の奥が痛むような、冷えて乾いた空気の匂い。 「滞在証の割符を盗むというのは、どういった意図があってのことでしょうか」 「書類上は正規の手段で逃げてしまった人間を、自分たちの領地へ連れ戻す――そのあとの使い途《みち》なんて、君が思うとおりだと思うけれど?」  この香りを吸い込みすぎると、僕などは頭痛を発することがある。そういう類の香《こう》薬《やく》なのだと教えてくれたのは先生だった。本来であれば香炉で焚いて使うものらしいのだが、エクリールはそれを煙管で吸う。一度尋ねたところによると、なんとも不健康そうに見えるのが堪らなく好きらしい。 「本当にそれだけでしょうか」  懐かしい記憶に縁を切り、姿勢を正して問いを重ねる。蔓桔梗《ペリウィンクル》を想わせる青い目が、笑みとは別の形に細まるのが見えた。 「脱出した領民を領地に連れ戻したところで、使い途など高が知れているはずなのです」  返答に先んじて、エクリールは燃え残りの滓を灰吹きの中へ捨てる。その様を見やりながら、僕はふたたび唇を開いた。 「だから、そう、たとえば――」  空になった煙管を指先に挟み、頬杖をついてから、隻眼の男は口の端を吊り上げる。 「たとえばそれを足がかりに、僕をここから罷《ひ》免《めん》する?」  この病弱な既知は、軍人である。それも部下を束ねて指揮するような、佐《さ》官《かん》位《い》持ちの。  けれども煙管を挟んだ指先の色は、紛《まが》うことなき白だ。生命力と呼べるようなものとは程遠い、骨にも似た色と質感。およそ争いごとからも縁遠く見えるのは、彼が今の位を労《ろう》せずして得たからにほかならない。  かわりに彼が地位の礎《いしずえ》としたものの正体は、窓の外にある。あるいは、ないとも言える。  窓から見えるはずの邸《やしき》は燃え落ちて久しいが、周囲には火と水の害が及んでいない。まるで建物がひとりでに燃え上がって消えたよう――もしくは燃やした当人が、その意のままに火を操りでもしたように。  つまり、そこにあるべきものが存在しないことこそが、彼の力の正体である。 「……君はあいかわらず想像力が逞しいなぁ」  エクリールは火を使う。未だこの国が神話のさなかにあったころ、竜やその子どもたちが操ったのと同じ、青い火を。だから彼は煙管を嗜《たしな》むのに火熾しの道具を使わず、領主邸だけを選り分けて燃やすことができたのだ。 「とはいえ、間違っているわけでもないんだけどね」  煙に霞む面が柔らかく笑う。  ヒトのような笑顔だ、と僕は思った。しかし実際のところ、彼はヒトよりも獣に近い。さらにいうなら普通の獣より竜に近い――旧《ふる》い獣への先祖返りである。 「あちらが武力に訴えるなら、僕はそれを焼くよりほかに手がないから」  彼が操る炎は青い。鮮やかな空の色をしたそれは、瞬《またた》く間にすべてを灰へと変える現象としての劫《ごう》火《か》だ。  その灯《ひ》が照らし出す室内で、僕は乾いた唇を舐める。 「難民が来れば、この街に入れてやるせいですか」 「それも理由のひとつではある」  どこから話したものかなと目線を彷徨《さまよ》わせ、それからエクリールはクロイツを呼んだ。 「都合のいいときだけ頼りやがって」  白面《はくめん》を歪めてこちらを見た魔術師は、普段よりも低い声で言い放った。それから同じ調子で言葉をつなぐ。 「まず領主は自分が殺したんだって教えてやれよ、この箱入り息子に」  黒い瞳の鋭い視線と、僕の視線が交わることはない。クロイツの双眸はまっすぐに、逸れることなくエクリールの後ろ姿を見つめている。 「殺したとはおだやかじゃないね。あれは事故だよ」 「じゃあ、それで行こう。こいつが起こした事故のせいで、この街の領主はくたばった」  エクリールはひとつうなずいた。対するクロイツは眉のひとつも動かさない。 「だもんで、この街の増税計画は宙に浮いたままなのさ。おかげで近隣二領――トゥーラとアルシリアは、自分たちだけが増税した形になってる」 「つまり、住民の不満が大きい?」 「そういうこと。なのであちらさんとしては、自分らと足並み揃えて増税してくれる領主が欲しい。が、こいつは『領主は行方不明』で通して、この街で好き勝手してやがるんだよ」  この言葉には首肯がなかった。かわりにエクリールは体ごと後ろを振り向いて、みずからが雇った魔術師のほうを見やる。  応じて黒い瞳が動いて、目線を合わせたのがわかった。 「あくまで人道的に、貴族の徳に則って、統治を代行していると言ってくれる?」 「――あくまで人道的に貴族の徳に則って統治を代行してやがる」  これではアマリエもクロイツを嫌うわけだと思った。  けれどもそれは逃避に近い感情の発露でしかなく、わざわざそんなことを考えたわけではない。僕は自分の口許を押さえて、反射的にこぼれそうになった言葉を飲み込む。  アマリエも、ハイロも、ラリューシャも、通関の職員たちも、誰ひとりそんなことを僕に教えてくれなかった。それは僕が王都から来た客人であったからか、それともさも当然のことだと受け止めていたからか。あるいはもっと根源的に、僕の正体を知っていたからか。  ――戸惑いに近い表情を浮かべた僕に一瞥をくれ、クロイツはまた明後日のほうを見た。 「君はあいかわらず口が悪いなぁ。少し前にも叱った記憶があるんだけれども、そのときに僕が言ったことを憶《おぼ》えているかい?」  そこに投げかけられる声は、琺瑯《ほうろう》の器を想わせるなめらかさ。 「次は絶対にただじゃおかない」 「憶えていてもらえてなによりだ」  にわかに鼻腔を掠めたのは、彼が吸っている香薬の匂いではなかった。  けれども同じ冬に類《るい》する匂い。ものの――空気の焼ける匂いだ。先生がよくうっかりやらかしていた、ケトルの空《から》焚《だ》きの匂いに似ている。  けれどもその正体は、そんな些細なものではない。そして僕は、その正体を知っている。  あ、と思う間もなく白い外套が翻った。窓の外へと小柄な姿が落ちて行き、白い軌跡を青い火が灼《や》く。  刹那の炎は空気を舐めたばかりであったが、僕の目には眩しいほどの光が焼き付いた。 「――逃げ足の早い……」  エクリールは小さく咳《せ》いてから、中身を入れ替えた煙管を銜える。 「にげ……ましたか、今の」 「手応えがなかったから、間違いなく逃げたと思う」  彼の操る火はすべてを灰《かい》燼《じん》に帰《き》すと言ったが、それは実際のところ、必ずしも正しい表現ではない。短い盛《せい》夏《か》の空の色をした焔《ほのお》は、あるじの意とあらば一《いち》握《あく》の灰さえ残しはしない。  広い邸宅でさえそうなのだから、魔術師――ヒトのひとりやふたり、綺麗さっぱり消えてしまうこともあるだろう。僕は胸のざわめきに似たものを抱いて、椅子から立ち上がる。  改めて探った窓枠にはなんの痕跡もなかった。体温さえ夜風に攫《さら》われ、木枠は冷ややかさだけを佩びている。  二階から見下ろした領主邸の敷地の中にも、あの白い姿を見出すことはできなかった。 「手応え……」  エクリールがなにかを焼くために必要なのは、対象を視認することであると、昔聞いたことがある。それは裏を返せば、目に映るものならなんでも焼けるということでもある。  思わずつぶやいた言葉に、彼はどこか愉《たの》しげな笑い声を返して来た。 「勘、のようなもの。この地位を得るのに、何百何千とものを焼いて来たからね」  振り返って目にした笑みは、むしろ柔和でさえある。  しかし僕は知っていた。この病弱な男がわたしに輪をかけた箱入りで、自分が後生大事に抱えた義《ぎ》に悖《もと》ることの、一切を赦《ゆる》せぬ性分であることを。  それは彼の生家の者なら大なり小なり持つ性質であるが、おおむね世間との軋轢《あつれき》を経《へ》ることで、現実と折り合いをつけることを覚える。けれどもエクリールは折り合いをつけることを学ぶより先に、身体ばかりが大人になってしまった。  だから、クロイツの言葉はけっして嘘ではないのだろう。  エクリールが見て見ぬふりのできないことを仕出かした領主は、炎に巻かれて跡形もなく消えてしまった―― 「……通関については少し考えたほうがいいね。報告をありがとう、ルカ」 「いえ、仕事ですから。ところで、」  音を立てて、大きく息を吸う。  肺腑へ、腹へ。血の廻《めぐ》りに合わせて、酸素ではないものを躯《からだ》へと取り入れる想像をした。 「僕がここへ来た理由を覚えていますか」 「覚えているとも。納税の額が資産に合わない、隠しているものがあるなら出せと、弟御《おとうとご》から言い遣ったのだったね」  銀の煙管が灰吹きを叩く。響く音は一度切り。  僕は窓枠に手を置いたまま、珍しく煙管を手放した知人の姿を振り返った。 「増税をしていないから、税収が資産と合うはずがない。そういう顛末だったのですね」 「そうだよ。どうしても折り合いがつかないうちに、不幸な事故が起きてしまった。結果として監査官《きみ》が来て、後は知ってのとおり――とでも言おうか」  僕らは今まで、一度たりともこういう話はして来なかった。窓を締め切った馬車に詰め込まれて、王都から遥々《はるばる》数日をかけてこの地を訪れた日から、ずっと。  話そうと思ったときには、僕は王位を諦めていずこかへ去ったことになっていた。そういうふうに、先生からの手紙が届いた。 「事故について、近隣の領主はなんと?」 「知らない」  目を見開く。とたんにエクリールは目許を綻ばせ、肩をすくめた。 「前の領主は行方不明なんだ」  つまりトゥーラもアルシリアも、領主が殺害されたことなど知らないふりをしている。  その理由は、明白だ。  二都市はまず、始祖たる竜の火に灼かれることを恐れている。それから王都に領主の死とエクリールの罪を訴えたところで、彼を処罰するためという名目で、自分たちが矢面に立たされる事実をよくよく理解している。  だからどちらの都市の領主も、エクリールをここに置いておくよりほかにない。  少なくとも今は、まだ。――その事実をようよう悟って、嘆息する。 「ちなみにもし、僕がこの話を王都まで持って帰ったら」 「間違いなく僕の処刑が決まるだろうけれど、王都に帰った君も間違いなく不幸な事故に遭うだろうね。だから僕らは――」 「共犯者、ですね」  部屋を後にする前、開け放たれた窓を閉めた。  ふたたび目線を投げた先に、クロイツの気配はない。やはり彼はどこかへ去ってしまったようだった。  彼は帰って来るだろうか、などと他愛もない考えに浸りつつ、寝台へと潜り混む。  目を閉じれば寒さよりも疲れが勝《まさ》って、眠りの訪れは早かった。今日はいろいろなことがあり過ぎたのだ。  その余韻に浸る間さえない眠りは、どちらかといえばひどく懐かしい――

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