第五話

 俺の養成所での実習も順調に過ぎて行った。最後は死神になる資格試験を残すのみとなった。これに合格すれば晴れて俺は死神となる。俺の指導担当だったあの死神が 「まあ、筆記は大丈夫でしょうが、実技の方で、自分の予想と違うことになったら即座に試験の中止となります。その場合試験の監査官が入って事態を収めます」  そう言って俺に注意を与える 「万が一とはどのようなことなんですか?」  具体的な事例が知りたかった。 「そうですね。導く魂が何かの変化をした場合ですね。これは危険です。それとその人間がどうしても成仏を拒否した場合ですね」 「拒否するなんてあるのですか?」 「まあ、たまにはあります。恨み辛みを残して亡くなると成仏出来難いんですよ」 「試験でそんなのに当たることってあるのですか?」  俺の質問に死神は 「普通はないのですが、まれにあります。多くは死ぬ前のイザコザが原因ですね。地獄庁もそこまでは把握していませんからね」  実際、半年間に渡って魂を導く実習をやってみて、死神にはかなりの権限が与えられていると判った。だからやたらと死神にはなれないのだが、不慮の事故に対する技量も審査されるのだ。 「ま、そんなに心配しないで。あなたなら大丈夫ですから」  死神はそう言って俺を安心させてくれた。  試験の当日となった。最初は筆記試験だ。この筆記に合格した者だけが実銀試験を受けることが出来る。  試験の会場は養成所の講堂で行われる。階段状に並んだテーブルには各自の生前で使われていた名前の書いた紙が貼られている。試験に合格したらその瞬間からその名前は無くなり、死神としての名前が与えられる。普通は養成所の入期の番号に自分の番号が付く形で呼ばれる。つまり俺なら十七期で番号が七番なので177となる。つまり「死神一七七」が俺の死神としての名前になるのだ。ちなみに俺を導き指導してくれた死神の番号というか名前は「死神〇五〇三」だ。アラビヤ数字で表すと177と0503となる。  筆記試験は難なく出来たと思う、小一時間後に発表があり同期の十人全員が通過した。その後各自実技試験となる。実技を待つ控室で休んでいると受験の順番が告げられた。俺は三番目となった。もう少し遅くてもよかったが、悪くない番号だと思った。やがて俺の順番となった。順番というより俺の審査をする係の準備が出来たということだ。 「それでは始めましょう」  黒いスーツを着た女性審査官が促して先に歩いて行く。これから人間界に降りて行くのだ。向こうに行けば試験の詳細を説明されて審査が始まる。  待合室の扉を開けると人間界に降りて行く空間が広がっていた。 「それでは行きましょう」  審査官に促されてその空間を降りて行く。やがて下の方に地面が見えて来た。ストンと着地する 「ここは日本みたいですね」  俺の質問に審査官は 「日本の埼玉県川越市です。審査の対象になる人物のプロフィールです」  そう言って俺に手持ちのタブレットぼ画像を見せてくれた。試験に合格して自分も本物の死神になればこのタブレットが支給される。ちなみにスティーブ・ジョブズが霊界に来てから霊界で使われる電子機器はリンゴマークが多くなっている。これを快く思わない連中は 「早くビル・ゲイツを寄越さないと霊界がリンゴマークで埋まってしまう」  と危機をつのらせている。俺はどっちでも良いがな。  見せられたデーターを見て驚いた。何と時代劇小説の大家の柴田連十郎だった。  柴田連十郎……日本を代表する時代劇小説の大家で、ベストセラーは数知れず。原作がテレビドラマや映画化されたのも数知れず。今ではその名を冠した小説のコンテストまである。 「はぁ~知りませんでしたが、遂に寿命なんですね」  俺がそう言うと試験官は 「まあ寿命なんだけど、果たして大人しくこっちに従ってくれるかは判らないわね。それも含めて審査の対象になります。亡くなる病院の病室までは連れて行きますが、それから先は一人となります。頑張ってください。霊界に導く事に関しては普通の状態と全く同じです」  という事は亡くなった者は自分の葬式まではこの世で見ることが出来る。つまり亡くなって四十八時間まではこの世に滞在出来るのだ。  審査官は俺を病室まで連れて来ると 「それでは審査開始です。頑張ってください」  そう言って消えてしまった。いよいよ開始だ。下を見ると確かにベッドに横たわった老人が、命の火を燃え尽きそうにしていた。ベッドの脇には既に医者が居て脈を調べている。やがて聴診器で心音を確認して瞳孔を確認すると腕時計を見ながら 「ご臨終です十一時二十二分です。ご愁傷さまでした」  そう言って一礼した。  暫くすると遺体から魂が霊体の状態で抜け出して来た。俺はその傍に行き 「お迎えに上がりました」  そう言うと柴田氏は 「あなたは?」 「柴田さんを担当する霊界案内人です」 「あなたが……ははぁつまり死神ですな」 「まあそうですね。これから柴田さんを冥界までご案内致します」 「冥界?」 「そうです。まず冥界に行き、この世の垢を落として頂きます。その後、霊界に行く連絡船に乗って頂きます」 「ほお~そんな仕組みになっておるのか。知らなんだなぁ」 「どうしますか。今すぐ冥界に行きますか」 「行かなくては駄目なのかい」 「まあ四十八時間は留まれます。御自分の葬儀や通夜を見て行く方もいらっしゃいます」  俺がそう説明すると柴田氏は 「ならせめて通夜までは居たいんだよ」 「よろしいですよ」  俺がそういうと柴田氏は喜び 「実は一人だけ通夜で姿を見たい者がいるんだ。なんせ著作権料の収入で生活は安定しており、ここのところは満足な長編も書いてない状態だが、コラムを書いておってな、その担当の子がかわいいんだよ。自分みたいな爺にも優しくしてくれてな。その子が通夜に来るかどうか。その通夜で涙の一つも溢してくれるか知りたんだ」  柴田氏はそんな事を言って照れていた 「柄にも無いんだが老いらくの恋とでも言うのかな。兎に角自分は妻に死なれてから独り身を貫いたのだが、この子だけは別だった。可愛くて健気で優しくてなぁ」  柴田氏のノロケは未だ続く 「コラムの原稿を受け取りに来るんだよ。今ではメールで簡単に送れるのにな。ファックスだって送れる。それなのに毎回手土産を持ってわざわざ川越迄来てくれるんだ。優しい子なんだよ」  確かに今の作家は電子デバイスのお世話になっているのだろう。原稿だって自筆で書く作家は殆どいないそうだしな。でも手土産は経費で落としてるんだろうな。生前仕事で営業をやっていた俺は何となく判った。でも口にはしなかった。 「それですか。それは楽しみですね。じゃあお通夜までは留まりましょう」  そう言って柴田氏を連れて行くのはお通夜の後となった。俺と柴田氏は病室の天井あたりに居る。下を見ると柴田氏の家族(主に子供だろう)が遺体にすがって泣いていた。それを見て柴田氏は 「わざとらしいんだよな。一月以上入院していたのに今日を除くと一回しか顔を出さなかったのにな」  そう言って一番泣いている娘を指さした 「次女なんだ。そのとなりで泣いているふりをしているのが長女でね。二人は仲が悪い。ベッドの反対側に立ってるのが長男と次男でこの二人は穀潰しだ。自分のマネージャーをやってる長男と自分のコネで入社した会社で一応編集者をやってる」 「四人もお子さんを儲けたんもですね」 「まあ……若い頃は売れなかったから暇だったしな」  その後は関係者が来て、お定まりの事で遺体を搬送することになった。暫くすると葬儀社の者がやってきて手慣れた作業で柴田氏の遺体を寝台車に乗せて運んでしまった。日本の法律では霊柩車以外では人の遺体を運んではならない事になっているのだが、この亡くなって病院から他の施設(または家)に運ぶ場合は黙認されている。  柴田氏は初めての体験なので珍しそうに付いて眺めて感想を言っていたが、俺にとっては毎回の事なので特に感想は無い。というより死神だから既に人間界の事には余り興味が持てなくなって来ているのだ。ただし、残して来た家族の事は気になる。噂ではちゃんとやってるらしい。他の死神が教えてくれた。  俺と柴田氏は柴田氏の遺体の真上に浮かびながら翌日の通夜の時を待った。その間俺は柴田氏にこれからの事を教えていた。面白かったのは亡くなった時は老人の姿だったのだが、翌日の通夜の時は三十歳ほどの若さになっていた事だった。 「死ぬと若返るとは本で読んでいたが本当だったんだな」  感慨深かげにそう呟くので 「やはり若い方が嬉しいですか?」  そう問うと 「いや、本音を言えばこの姿であの子と会いたかったと思う」 「本気だったのですね」 「判るかな。さすが死神だね。そう心は本気だったんだ。爺だったけど心は若いつもりだったんだ」  それは恐らく本音だろうと思った。死神になった俺だがそんな気も未だにある。  翌日、夕日が沈む頃に柴田氏の家の近所の葬儀場で通夜が執り行われた。祭壇は売れっ子作家らしく豪勢なものだった。これほどのものは暫く見ていない。通夜にも五百人以上は来たと思う。柴田氏は気もそぞろで、その子が来るのを待っていた。 「来た!」  柴田氏が嬉しそうな顔をした。その方向を見ると喪服に身を包んだ若い女性が会社の男の同僚と一緒に焼香をしていた。確かに器量よしだとは思った。だが今の俺なら判る。この子は柴田氏が心を時めかすような人間では無いと言う事が……。  でも、そんなことは柴田氏には言えない「老いらくの恋」を邪魔する権利なぞ俺には無い。焼香をした後、お清めの会場に彼女は消えて行ったその後を追う柴田氏。俺もその後に続く。彼女は同僚と並んで座り、給仕の人がビールを注いでくれた。 「それじゃ献杯!」  彼女は同僚とグラスを目の高さに合わせるとビールに口を付けた。やがて 「先生亡くなってしまったから言いますけど。わたし求婚されていたんですよ。勿論断りましたけどね。だって仕事で来てるんですよ。原稿を貰いに……。今なんてネットで送ってくれれば、それで完了なんですよ。それなのに家まで取りに来て欲しいなんて言うんですよ。仕方ないじゃないですか」  彼女は そう言ってビールを空になってグラスに注いだ。 「それは知らなかったけど本気で言われたのかい」  同僚がそう尋ねると 「言った時は本気でしたね。でも私の表情の変化を読んで直ぐに『冗談だよ』って言ったのですが、あれは本気でしたね。だって何時も私を見る目つきが嫌らしいんですよ」  その後も彼女の本音は続いた。それを確認した柴田氏はさっぱりとした表情で 「死神さん行きましょうか。本音では判っていたのですがね。せめてもう暫く夢を見させて欲しかったです」  そう言って悔しそうな表情を見せた。 「そうですか。見ない方が良かったですかね」 「いいえ、寧ろ良かったです。人の心の襞を見ることが出来ましたから」 「そうですか」  俺がそう言うと柴田氏は 「一つ教えてください。向こうに行ったら、そのうち転生出来るんですか?」 「出来ます。修行の末に生まれ変わります」  俺がそういうと 「そうですか。次の人生の目標が決まりました」 「何になるのですか?」 「恋愛小説家になります。今度の人生では恋愛小説の大家になります」  そう言った柴田氏の表情は晴れやかだった。彼にはゴールドカードを渡した。そして俺は審査に合格して一人前の死神となったのだった。

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賽の河原も現代的になって来ているのですねw 制服も白装束ではないようですし。 この面白さは、ある程度仏教的な死後の世界を知らないと分からないでしょうけど(^^)

2019.04.29 18:01

ST

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