第6話 謎の音と物理学者

 杉本友輔の研究室は、礼門の研究室と同じ並びにある。 二つ隣の部屋だった。中は礼門の研究室よりも、格段に片付いている。 「お前、礼門。満里奈さんとはどういう関係だ?どうして俺の家の困りごとをお前に相談しているんだ?」  そんな友輔の研究室を訪れると、いきなりそんな声が飛んできた。どうやら朝早くから会おうと言ったのは、礼門ではなく友輔らしい。 「どうって?幼馴染みだが」  それに対し、礼門は平然と嘘を吐く。おそらく、その手の嘘に慣れているのだろう。よろずのものたちの相談解決は大変だ。 「お、幼馴染み。そ、そうか。そうなのか?」  まだまだ疑心暗鬼の友輔だ。まあ、あんな美人が恋人だったら不安だらけだよなと侑平は思う。それに、その相手がイケメンの礼門だったら余計に心配だ。 「ん?君は?」  そこでようやく冷静になったようで、礼門の後ろに控えている侑平に気づいた。ちなみに一生は礼門の研究室で待機だ。 「物理学科一年の浅田です」 「俺の親戚なんだ。しっかり物理学を勉強したいと、将来は研究者志望だというから、今から徹底的に鍛え上げている」  さらに、これはおそらく今後のためなのだろうが、礼門はさらっと嘘を吐く。いいのかな。言霊を気にする陰陽師が、こんなにさらっと嘘を吐いて。 「へえ。ということは、君も数学がバリバリ出来るんだ。いやあ、ライバル登場だね」  その礼門の説明を信じた友輔は、頑張れよと応援してくれた。やはり気さくでいい人だ。こんな人が、人間から嫌がらせを受けるだろうか。 「はい。頑張ります。それで、何かお困りだと聞いて」  ここで話を始めないと何だか逸れていきそうだと判断し、侑平が質問した。すると友輔がそうそうと頷く。礼門と満里奈の仲を疑うのも終わったようだ。 「なんかこう、ずっと家の中がミシミシと煩いんだ。初めは、まあぼろいアパートだしなと諦めていたんだが、どうやら違うらしい。ずっと、一定調子でなり続けるんだよ。木の収縮だと仮定した場合、継続時間が長すぎる。それに一定ってのもおかしい。それでどうしてだろうねって、満里奈と話していたんだ」  さすが、彼も物理学者。すでに色々と考察しているわけだ。そして、木が自然と音を立てているという説は否定されたのである。 「動物の侵入は?」 「ああ。この辺は自然豊かだからな。もちろん考えた。しかし獣の匂いはしないし、何よりずっとというのがな。生き物だったら、動きが止まるだろ。なんかさ、ずっと鳴っているから気になるんだよね。で、その音を追い駆けていると、よりしつこく鳴るってな具合で。野生の動物ではないと思うよ」  すでに友輔も人間の仕業を疑っているわけだ。これに礼門はふむと頷く。 「あの。住んでいるところってそんなに古いんですか?」 「ああ。築五十年くらいかな。隣との壁が薄いんだ。たまに誰かが寝返りを打って、どんっと壁を殴る音が聞こえてくるくらいに」  さらっと言う友輔に、彼こそ寺で住んだ方がいいのではと侑平は思ってしまった。そこは、おそらく侑平が一人暮らしの物件で見て、絶対にないと思った場所に違いない。やたら古いアパートがあったのを思い出した。 「つまり、近隣住民の生活音は聞こえると」 「まあねえ。とはいえ、この大学の学生が借りているってパターンが多いから、騒がしくはないし、ドタバタする奴もいないな。話声が聞こえるかどうか。さっき言ったように、寝返りとか足踏みとか、物理的な衝撃は伝わりやすいみたいだけど」  生活音に関し、友輔は詳細に語ってくれた。よほど気になるのだろう。すでに様々なことを検証しているようだ。 「つまり、お前に聞こえている音には指向性があるってことだな」 「だろうな。横にいる満里奈さんは聞こえているが、他から煩いって苦情はないみたいだし」  それで礼門には解ったらしい。 「よし。夜、罠を仕掛けよう」  そう言ってにやりと笑ったのだった。  その罠を仕掛けるにあたり、侑平と一生にある任務が命じられた。 「とはいえ」  まだ大学に入学してそれほど時間が経っていない。知り合いはそれほどいない状態だ。どうしようかと悩んでしまう。 「なあなあ。このアパートに住んでいる物理学科の奴、知らない?」  しかし、そんな心配は杞憂に終わった。とある教室にて、スマホを片手に、一生が勝手にそう声を掛けまくっている。 「当人に当たったらどうする気だ?」  あまりに誰にでも気さくな一生に、侑平はちょっとヒヤヒヤする。声を掛けられた男子学生も、いきなりなんだと困惑していた。 「どう?」  しかし、それでめげる一生ではない。侑平の無視にも構わず、絡みついてきた男だ。ぐいぐい訊いている。 「あ、ああ。ここね。超おんぼろアパート。誰だったかな?確かにいるよ」  男子学生は負けてそう答えた。 「あ、やっぱりいるんだ。俺さ、そこの大家さんに伝言を頼まれているんだよ。同じ大学だからってひどいだろ?知り合いじゃないのにさ」  一生はそういってがははっと笑っている。その嘘は、礼門が考えたものだった。あの人、物理学の天才であるだけでなく、嘘においても天才だった。 「ああ、そうなんだ。誰だったかな?おい」  その男子学生は、近くにいた学生を呼び止めた。協力してくれるらしい。 「どうした?」 「このアパートに住んでいる奴、知らないか?」  学生は一生の持っているスマホを指差して訊く。そこにアパートの写真があるのだ。 「ああ、それなら大岡だろ?最近見かけないな。つい一ヶ月前は張り切ってたのに」 「大岡さんですか。下の名前、解りますか?」 「たしか涼太だよ。君、一年生?」  見慣れない一生に、おそらく二年生の学生がそう訊く。 「はい。今年入学して、このアパートに住んでいるんです」  にっこり笑って嘘を通す一生だ。あの鬼、なんで演技力があるんだろう。また謎が増えた。 「そうか。じゃあ、ついでにそろそろ大学に出てこいって言っておいて。いくらまだ五月の頭とはいえ、あんまり休んでると留年だ。それに研究室を選ぶのにも影響するし」  そう言ってあっさり任務完了。廊下で思案していただけの侑平は、なんだか情けなくなる。 「簡単だったな」 「そ、そうだな」  あっけらかんと言われると、余計に立場がない。侑平はこっそり溜め息を吐く。そして、今聞き出した名前を礼門にメールしていた。 「じゃあ、夜まではキャンパスライフだな」  任務を終え、ようやく大学を堂々と楽しめると一生はウキウキしていた。 「ああ、残念。お前は今から別の任務だ」  そんな一生に、侑平は残念なお知らせをするしかない。礼門からの指示だ。 「ええっ。お前と一緒にいろって言ったのに。俺だけなのか?」  一生はぶすっと膨れる。が、可愛くないので効果はない。 「その間は、天牙さんがどっかから見ているから問題ないってさ。礼門さん。協力を取り付けたらしい」 「うへぇ」  それは反論できねえと、一生はとぼとぼと礼門の研究室へと向かっていった。力関係として、天牙はかなり上のようだ。 「俺はようやく、理論と秩序のある生活だな」  侑平は僅かな時間だけどと、苦笑して自らの教室に向かった。

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はじめまして。新着からお邪魔して三話まで読みました。薬膳粥、美味しそう。

2019.05.13 21:12

薔薇美

1

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