第42話 研究者は懲りるという言葉を知りませんね。

 医務室に運ばれたソニアは箍が外れたように泣きわめき、興奮して暴れた。医師が鎮静剤を打とうとするのを遮り、ギヴェオンはソニアを抱きかかえ、辛抱強くなだめた。そのうちに疲れも出たのだろう、ソニアはうとうとし始めた。  完全に眠るのを確かめると、ギヴェオンは遺体発見時の状況について詳しい説明を求めた。ソニアに代わって確認すると強硬に言い張られ、キースはやむなく彼を遺体安置所に連れていって回収された首を見せた。  ギヴェオンは顔色ひとつ変えずに無残な生首を眺め、「死後それほど時間は経っていませんね」と呟いた。冴えない顔色でキースは頷いた。死体の酷たらしさに加え、先ほど彼の瞳を直に見てしまったショックがまだ尾を引いている。 「卿のご遺体は引き渡していただけるのですか」 「個人的にはそうしてやりたいが……、難しいな。遺体発見が研究所に知られてしまった。もうすぐ引き取りに来る。上からの命令で、俺にはどうしようもない」  眼鏡の奥から辛辣な瞳を向けられ、反射的に目を背けてしまう。 「宮仕えの哀しさって奴ですか。研究所は失われたデータを補填するために卿の遺体を使う気なのでは」 「正直、その可能性は高いだろうな」 「やはり研究者は懲りるという言葉を知りませんね。ところで採取された私の血液は?」 「遺体と一緒に研究所に押さえられた。ソニア嬢のサンプルも」 「ふむ。それは困る。どうにかなりませんか、あなたの権限で」 「俺にはどうしようもないと言っただろう。今の俺は特務隊実働班の責任者に過ぎん」 「そうですか。──まぁいいや。私はお嬢様の側についていたいので失礼します」  兵士に伴われて医務室へ戻るギヴェオンと別れ、キースはひとり建物の外に出た。軍区を宮殿の方へ向かって歩けば白亜の建物が見えてくる。女神アスフォリアを祀る聖廟だ。一般には日の出から日没までしか開放されていないが、王宮と軍区からはいつでも入って拝礼することができる。  入り口の神殿警備兵の敬礼を受けて中に入ると、さすがに真夜中を過ぎて祈りを捧げる人の姿はなかった。正面には淡い薔薇色の大理石で造られた女神の像が安置され、微笑みを浮かべて出迎えてくれる。この像を見るたび、キースはむず痒い気分になった。  これは王国が帝国となった頃に造られたもので、神々は背が高かったという伝承に基づいて人の背丈の二倍近く、台座を含めると三倍ほどにもなる。  目も綾な錦織のずっしりした衣をまとい、瞳には伝承を忠実に再現して青玉と黄金、乳白色の蛋白石が嵌め込まれている。参拝者が捧げた灯明や蝋燭の炎を反射して、女神の瞳は神秘的に輝いていた。  キースは女神像の手前にある手すりに寄りかかって地下の霊廟を見下ろした。円形の地下霊廟の真ん中に、台座に載った巨大な柩が置かれている。この中で、女神アスフォリアは静かな眠りに就いているのだ。キースは柩を眺めながら低く呟いた。 「千年祭、か……。この国が、もうそんなになるとはね」  アスフォリアが人間の国の女王として戴冠してから千年。遥か昔に眠りに就いた女神を巡り、様々な思惑が交錯する。  聖神殿は女神の聖骸──正確には死んでいないが──を公開することによって減少気味の信者を取り戻そうとし、創造主教会はそれが創造主の特別な恩寵によるものだと主張して権威を高めようとしている。  長く続いた帝国はいたるところで硬直化し、綻び、過激な政治結社が暗躍する素地を自ら生みだしているのだ。 (それにしても腑に落ちん……)  〈|世界の魂《アニマ・ムンディ》〉のメンバーたちは、自分たちの活動を完全に『お遊び』と捉えていた。皇妃主催の園遊会に爆弾を仕込めとソニアに迫ったのもその一環で、ソニアに渡す『爆弾』は紙でできた小袋を錬魔術で破裂させるだけの他愛ない玩具だと笑い、真剣なキースを小馬鹿にしたように嘲笑さえした。  しかし、アラス城で押収した『爆弾』は実際には彼らの説明どおりではなかった。椅子の上で試しに爆発させてみたら、椅子は跡形もなく吹き飛んだ。  見ていた学生たちはすっかり色を失い、たちまちパニックになった。『爆弾』は彼らの知らないうちにすり替えられていたのだ。彼らは危うく本当の謀反人になるところだった。 「巧妙なのか杜撰なのか、よくわからん計画だな……」  アラス城に踏み込んだのは密告を受けてのことだが、誰の仕業かわかっていない。エストウィック卿は密告を知っていたのか、途中で抜け出して未だに行方が掴めない。爆弾のすり替えを行ったと思われるオージアスも行方不明。ヒューバート卿は死んだ。 「……それにしても、何故ヒューバート卿だったんだ?」  神の亡骸から生成された霊薬を投与されたのが、何故彼だったのか。  エストウィック卿は王家に強い恨みを抱いている。警備が厳しい王族に近づくのは困難だから、準王族の中でも現役の学生で警護が比較的ゆるやかだったヒューバートに近づいたということか。  しかし引っかかる。〈月光騎士団《ルーメン・ルーナエ》〉は狂信的な反神殿、反女神が信条のはずだ。なのに神殿もその最大の庇護者たる王家も、これまで一度も直接の標的にはなっていない。 「あの『爆弾』が手始めだったのか? 王家は女神の直系子孫、最大の標的のはず……」 「──王家の方々は女神の直系とは言えませんよ」  落ち着いた女性の声に、キースは驚いて顔を上げた。神官の装束に身を包んだ丸顔の中年女性が静かに微笑む。荘厳な雰囲気に自然とキースは背筋を伸ばした。 「どういう意味です?」

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