110 【 魔王とマリッカの夜 】

 夜……とはいっても、太陽は殆ど沈まない。極地のこの時期は白夜に近い。  一応はベッドに横になるが、体は疲れているのに考える事が多すぎて寝付けない。  というより、マリッカが「支度をしてきます」と言って、奥の部屋に行ったまま戻ってきていないのがちょっと気になる。味方であるのは間違いないと思いたいが、人類と魔族、最終的にどちらに付くのかとなったら、彼女はどうするのだろうか? 「お待たせしました」 「ん……? いや、特に待っていたわけでは――」  そう言って頭だけ動かすと、その先にはマリッカが立っている。  体から立ち昇る白い湯気、そして体にはタオル一枚を巻いているだけだ。それもバスタオルの様な厚手の物ではなく、粗末な薄い布一枚。  ゴクリ……意識しないのに唾を飲み込んでしまう。  同時に、横で寝ていたエヴィアが素早く起き出してメモを開始した……こいつめ!  「少し大事な話をしましょうか」  そう言って、ベッドの脇に腰を掛ける。淡い光に照らされた肌は白く輝き、濡れた髪はいやがおうにも情欲を掻き立てる。  大事な話――その響きに、心臓もまたドキドキと激しく脈打ってしまう。  だが大丈夫、今は体にテルティルトが張り付いていている。どんなことがあっても間違いは起こらない……はずだ。 「父の話です」  その言葉を聞いて、急に冷静になって行く自分を感じる。  がっかりしたわけではない。浮ついた心が、急激に現実に引き戻された――そんな感じだ。 「先代魔王だったよな。俺も僅かな時間だったけど、会ったよ。どんな人だったんだ?」 「一言でいえば自堕落な変人でした。一方で、魔王としての力は貴方とは比較にならない程に強大でしたね」 「強い人だってのは分かるけど変人は酷いな。父親だろう?」 「確かに父とは呼べるのでしょう。ですが、実感はありません。そういった程度の関係です」  淡々と言葉を紡ぐ彼女の心理は分からない。だが、あまり良い関係では無かったのだろうか。  そう言えば、魔王の子供は人間界で生活すると聞いたが、彼女の場合は何歳くらいで人間界に送られたのだろうか。 「それに、私は目的があって作られた存在です」  そう言うと、ばさりと体に巻いていた薄布を取る。  上は完全にトップレス。上向きの、豊かな双丘がこれでもかと主張している。  下は薄く布面積の少ない白い下着。そしてその上にはベルトが巻かれ、両脇には2本の短剣が装着されている。  最初判らなかったのは、乳カーテンでシルエットが隠されていたからだ。巨乳恐るべし。  普段なら、俺はもっと慌てて別の思考や行動を行っただろう。だが今は、冷静にこの状況を観察している。  元々の性格だけではない。今なら分かる、この冷静さは歴代魔王の経験からだ。この程度の事は窮地ではない、そう心が理解しているのだ。  確かに死の予感はしないし魔人もいる。だが、実際の俺は普通の人間。パニクらないのはありがたいが、ちょっと分不相応だとも思い苦笑する。 「さすがは魔王、冷静ですね。父は性質上、多くの未来を視てきました。それを元に彼なりに未来を考え、いくつかの手を打った……その一つが私です」  そう言いながらベッドに上がり、俺の上にまたがってくる。  ギシッ――新たな荷重を受けたベッドが軋む。  手は俺の頭に横に置かれ、視界の殆どを占めるのは大きな乳房。  風呂上がりの彼女の、ぬくもりと共に降りてきた甘い香りが鼻腔をくすぐる。  やばい、色々とマズい!  今は歴代魔王の意志が俺を鎮めているが、本当の俺はもう爆破寸前だ。  |初心《うぶ》な俺には刺激が強すぎる! がんばれ歴代魔王! 「大きなおっぱいを見つめた魔王が色々とマズいかなと……」  くそー、エヴィアめ! 後で絶対に、あのメモの検閲をせねばなるまい! 「思ったよりも冷静ですね。それが、真の貴方という訳ですか」 「真の……とかはやめてくれ。俺は俺、いつでも変わりはないさ」  そう言いながらも、頭は沸騰、心臓はパニック!  ユニカの時は薬で全身痺れていたが、今は素だ。  触りたい! 掴みたい! いやでもそれはダメだ! 「父は言いました。次の魔王は人類を滅ぼすだろうと。そしてもう、魔人はこの世界に二度と人類を召喚しないとも」  ファランティアから聞いた話に近い。最近決まった話ではなく、先代魔王の時から決まっていたのか。  だが前提がおかしい。俺は人類を――いや、これはもしや……。 「ですが、防ぐために手段も講じていました。それが、私と魔王との間に子供を作る事です」 「俺との間に?」  真面目な方向に向かい始めた思考のゲージが、一気にエロ方面に舵を切る。  いやイカン! 流されるな俺! 「私はそのために、父が作り出した道具です。私達の子供達は、その強大な力で人類と争い続けるでしょう、未来永劫に渡って。そうしてバランスを取る事で、人類は生きながらえることが出来るのだと」 「永遠に争い続ける未来か……」 「もし拒否をするのであれば、私はここで貴方を殺します。私としても、もう少し人類に生きる時間が欲しいと考えていますからね。さて、どうします? 貴方が人類を滅ぼすつもりであれば、ここで私を殺すしかありませんよ」  なるほど、そんなやり取りがどこかであったのか。  殺すという言葉に刺激され、思考がようやく落ち着きを取り戻す。だがしかし―― 「最後の結論は君の考えだな、マリッカ。そこは本質的に間違っている。俺が人類を滅ぼすんじゃない。俺が死ぬと人類が滅びるんだ。だから俺を殺すという結論は無しだ」 「……アンドルスフ」 〈 本当だよー。魔王が死んだら魔人は人類を滅ぼすよ。もう眠いからおやすみー 〉  辺りから急速に緊張感が失われ、マリッカが上半身を起こす。 「めんどうくさい魔王ですね、貴方は」  そう言うと、彼女は何事も無かったかのように上のベッドへと昇って行った。 「こうして魔王は据え膳食わずに逃げられたのであった。ヘタレ……かな」 「それ絶対に後で黒塗りするからな!」  深夜、エヴィアもテルティルトも寝たようだ。上から感じる気配も静かで、彼女も寝たと考えて良いだろう。  俺は静かに、テルティルトをそーっと剥がす。  まるで張っていたシップを剥がすようでちょっと痛いが、剥がれた端から元の尺取虫の体へと戻って行く様子は面白い。  いや、今はそんな事を考えている場合ではない。  全て剥がし終わってマッパになった俺は、ベッドに腰を掛ける。これから大事な仕事があるのだ。 「レトゥーナ、オゼット」 「お呼びでしょうか、魔王様」 「お呼びでとあらば、即参上」  俺の静かな呼びかけに答えて、二人のサキュバスが現れる。  やっぱりこいつらも簡単に壁を越えてくるな。 「すまんが頼みだ。一発抜いてくれ」 「魔王の劣情は収まってはいなかった。マリッカに手を出す勇気は無かったが、代わりにサキュバスたちに、その|滾《たぎ》る獣欲を処理させようとしたのであった、かな」  すぐさま起き出してメモを始めるエヴィア。お前寝起き良すぎだろ!  つか絶対にそのメモ破棄してやる! 「人の下で何をやっているんですか? その気があるのなら、呼んでもらって大丈夫ですよ」  ほぼ同時に、逆さまになったマリッカの顔が上のベッドから覗き込んでくる。お前もかよ! 「違うよ、そういったのじゃないんだ。マリッカは……いや、知らないか。今までの魔王は、常に普通に魔王だったからな」  逆さまなので、前髪で邪魔されない彼女の目が見える。  理解できないが、様子を推し量っている。そんな興味に満ちた瞳だ。 「俺の場合は少し特殊でね。魔力を消費しないと、段々と本来の魔王になっていくんだよ。人間との謁見は俺として行いたい。だから、移動中に貯まった魔力を消費しておきたいのさ」 「それでしたらお任せくださいませ!」 「一滴残らず全部搾り取ってあげる♪」  レトゥーナとオゼットはやる気満々だ。エヴィアはじーっとこっちを見ているが、これは俺の心を調べているのだろう。  大丈夫だ、やましいことなど1ミリくらいしかない。ルリアを呼ばなかったのは、あいつは既にホテルでごっそり魔力を持って行ったからだ。  シャルネーゼじゃないのは、彼女たち|首無し騎士《デュラハン》には魔王魔力拡散機がないと供給できないからだ。  決して、どうせ消費するのならエッチな方が良いとか、マリッカの肢体を見てムラムラしたとかではない。 「まあいいかな。魔王の考えは判ったよ」 「用が無いなら私は寝ますね。魔王も、あまり夜更かしはしないように。寒冷地の移動は体力を消費しますよ」  よし! よし! よし! 許可が出た!  遂にこの日がやって来たのだ! 「よし、じゃあお願いします」  ドキドキしてついつい敬語になってしまった。彼女達とは既に一回しているとはいえ、あれはノーカンだ。  大体、意識も記憶も無いのだから当然だ。俺自身が積極的にする行為は今度が初めて。  どんなふうにすればいいんだろう。服は俺が脱がすのかな? いきなり二人同時というのも、俺の人生想定にはないパターンだ。ちょっと恥ずかしいが、ここは身を委ねるべきか……。 「じゃあ、寝てくださいね」 「そうしたら抜いてあげる」  え、寝る? 取敢えず横になるが、これはマグロという奴だろうか? 「いえ、ぐっすり寝てくださいね」 「明日の朝には、もうスッキリよ」 「いやいや、|サキュバス《淫魔》だろ? 超絶テクニックでよろしく頼むよ」 「え? でもわたくしたちは」 「|サキュバス《夢魔》だよ? あれ?」  ……あれ? じゃねーよ。

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この作品の評価

78pt

とりあえず1話だけ……。 と思ったら、一節一節読みたくなる! 続きが気になる! なすごく興味深い作品です。 えっどういうこと?! なんで?! とうまく思わせてくれますね! すごく面白い。 続きが楽しみです!

2019.02.25 20:27

皐月原ミナヅキ

3

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