異能者たちの苦悩 | 第三章 魔障の展延(てんえん)
ネームレス

第107話 【広域指定災害魔障】 怪し雨 (ファフロツキーズ)

 九条は、どこにでもなくそう叫んだ。  部屋の中に鋭い声が木霊すると、壁はそれを吸収していった。  九条の意思は、いきつく場所へときちんと辿りついていた。  『リミッターカット。排出開始』  どこからともなく、またサンプルボイスのアナウンスが流れてきた。  九条の希望に対する答えは、放送という形で返ってきた。  『最大量送出いたします』  診殺室の中で、何かの機械音がしている――ゴゴゴゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴ、ゴゴゴ。と空気が送風されはじめた。  と、ともに大きなモーターの回転音もする。  モーターの回転数が上がるたびに、部屋の中に負力が充満していく。  負力に比例して魑魅魍魎はネズミ算式に増えていった。  ――ア゛ア゛ア゛ァァァ。ア゛ア゛ア゛ァァァ。 新たに誕生した魑魅魍魎も当然のように九条に狙いを定めている。  九条は喚き声を上げ地を這いずる魑魅魍魎とふたたび対峙する。  大量の魑魅魍魎を前にしても凛としている。    九条の尾が弓状に変わると、尾の先はまるで鎌のように冷たい金属へと変化した。  きらびやかな|刃紋《はもん》も見てとれる、名刀のように怪しげでありながら、|荘厳《そうごん》な気を放っている。  九条は一度助走をつけると、縛っていた鎖が解けたように、|烏合《うごう》の|衆《しゅう》の魑魅魍魎を尾で切り裂いていった。  死神の大鎌のような尾は、それぞれに独立して魑魅魍魎をさらに切り刻んでいく。  九条の口から放たれた獣の咆哮とともに体を翻し、体操選手のように診殺室を舞った。  九体の魑魅魍魎を真っ二つにできる尾の鎌に加えて、|鉤爪《かぎづめ》状の爪でも、まるで砂の城を崩すように魑魅魍魎を薙ぎ払う。     九条は宙を縫い、リズミカルに魑魅魍魎を鎌と爪で切り裂く、今の九条は、一度の攻撃で十を超える魑魅魍魎を倒すことが可能だった。    プリンをすくうような要領で、闇の中の魑魅魍魎を、ただただ切り裂きつづけた。  倒しているその瞬間にもどんどんに負力は送られてくる。  魑魅魍魎たちは簡易コピーのようにつぎつぎと出現する。  「俺は過去に診断した魔障を再現する。医師であるかぎり技が絶えることはない!!」  {{|氷女の口づけ低温火傷《フリーズ・ベーゼ》}}  九条が持病発作を起こしているとき、つまり狐憑の状態で使用する魔障は不確定診断でも|合併症《・・・》として現れ、通常以上の効果を発揮する。  九条の体から、真っ白な冷気が発せられた、霧状の細かな氷が診殺室に広がっていく。  天井、壁の端の隅から凍結がはじまった。  吐息さえも凍りそうな部屋の中で、魑魅魍魎は真冬の湖のようにいっせいに凍りついた。  魑魅魍魎の苦痛さえそのまま閉じ込めたような、氷山がそこらじゅうにあった。  送られてくる負力は、液体、個体、気体という変化の順を飛ばすように、魑魅魍魎の姿を経由することなく、すぐに凍っていった。  それぞれの尾の方向は重複することなく、大鎌と鉤爪で凍結した塊を砕く。  ひとつの尾が右の魑魅魍魎を破壊すれば、左上の尾は違う魑魅魍魎を砕く。  尾は一番効率の良い方法で別方向にある氷を壊していった。  ――パンパン。――パンパン。ボクサーがサンドバッグを叩くようなリズムで、的確に魑魅魍魎は粉砕される。  そこまでしても、なおもまだ負力の送出は途絶えることはなかった、それだけの負力が診殺室に送られている計算になる。  「まだか。それなら……」  魔障とは簡単に言えばアヤカシ、忌具等の影響で|被《こうむ》る、病気や怪我の総称である。  ときに起こる、二人以上の|受傷者《じゅしょうしゃ》を出す集団失踪(神隠し)や集団催眠(ハーメルンの笛)等も魔障に括られる。  九条たち総合魔障診療医は、それを【|広域指定災害魔障《こういきしていさいがいましょう》】と呼んでいた。  {{|怪雨《ファフロツキーズ》:|陰摩羅鬼《おんもらき》}}  今、九条が使った技はそのひとつだ。  ファフロツキーズ、|怪雨《かいう》、|怪雨《あやしあめ》とも呼ばれる【|広域指定災害魔障《こういきしていさいがいましょう》】。  雨、雪、黄砂、隕石のように原因が判明しているものを除き「|その場《・・・》|にあるはずのないもの《・・・・・・・・・・》」が空から降ってくる現象を指す。  とくに魚や小動物が降ってくる怪雨が有名だ。  診殺室の天井にペリカンのような形をした茶色の|嘴《くちばし》がびっしりと垂れさがっていた。   嘴が――ポツ。ポツ。っと落ちてきた、それは雨の降りはじめとそっくりだった。  ポツ。ポツ。はポツポツへと落下スピードが変わる。  ポツポツもしだいにポツポツポツポツと落ちる早さが変わった、まるでザーザー降りの雨。  嘴は地を叩きつけるほど激しく降り注ぐ。  すべての嘴は魑魅魍魎を目がけて落ちていった、鋭利な嘴はつぎつぎと魑魅魍魎を貫いていく。  雨は豪雨へと変わっても、なお降りつづけている。  ただし雨は、世の法則を無視したように、傘を持たない九条だけを避けていた。  銀色の瞳は、負力が送出がなくなり、魑魅魍魎が生まれなくなるまでを見届けた。   ※ ―――――――――――― ―――――― ―――

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