花やぐ愛は大正ロマン! | 四章 愛は花やいで
名月明

21 柳一の優しさ

「柳一さん、お粥《かゆ》ができましたよ~!」  桜子が柳一の部屋の前でそう言うと、部屋の中からガタッ! という物音がして、 「ま、また、オレにお粥をかける気じゃないだろうな⁉」  柳一のひどくおびえた声が聞こえてきた。 「そんなに警戒しないでください。わたしです、桜子です。スミレさんではありません」 「何だ……ちんちくりんか。部屋の前に置いておいてくれ。あとで食べるから」 「いいえ。温かいうちに食べてください。入りますよ?」  桜子は一言ことわると、柳一の返事を待たずに、部屋の中に入った。 「ば、バカ! オレに近寄るなと言っただろ!」  柳一は怒って、桜子を追い出すために体を起こそうとした。しかし、 「バカは柳一さんのほうです。病気なのに興奮するから、体がよけいに弱るんですよ」  桜子にそう説教されて、逆にベッドに寝かされてしまった。ちびっ子で非力な桜子に逆らえないほど、柳一は衰弱《すいじゃく》していたのである。 「……頼むから、お粥をそこに置いたら部屋を出て行ってくれ」  柳一は、息もたえだえにそう言った。かなり弱ってきたせいか、いつもみたいに頭ごなしに言う気力もだんだんなくなってきているようだ。  でも、桜子は動かず、柳一の弱々しい瞳を真っ直ぐ見つめながら、 「なんで、わたしにそこまで看病されたくないんですか。理由を言ってください。わけも話さんと人に命令するんは、横暴《おうぼう》やと思います」  と、方言になって、少し怒った口調で言った。  柳一は、「ぐっ……」とうなった。  柳一の母のカスミは、幼かった柳一がわがままを言うと、 「柳一。何が気に入らんのか、ハッキリと口に出して言わんとあかんよ? 大事なことは、ちゃんと言葉に出して伝えやんだら、あなたの本当の気持ちをわかってもらえへんし、大切な人を傷つけてしまったりすることもあるんやからね」  三重県の方言で、そうお説教をしたものだ。それが、母が怒った時の癖だった。  柳一は、母親と同じ方言で桜子に叱られたことによって、カスミによく言われていた「大事なことは、ちゃんと口に出して」という言葉を思い出した。そして、亡くなった母親に昔みたいに怒られているような気分になっていた。 「……うつしたく……ないんだ」 「え?」 「オレの病気を君や家族にうつしたくないんだ……」  柳一は、桜子から顔をそむけて、ボソボソと言った。 (桔梗さんの予想が当たっとったみたいや。柳一さんも、たまには他人を気遣うんやなぁ)  桜子は、ちょっとおどろきながらそう思った。  しかし、彼の告白はそれで終わりではなかったのである。  柳一は、今までだれにも言わなかった本音を語りだし、桜子をさらにおどろかせた。 「母さんは……オレのせいで死んだんだ」 「え……? そ、それは、どういうことですか?」 「三年前、オレはスペインかぜに感染して、死にかけたことがあった。母さんは必死にオレの看病をしてくれて、そのおかげでオレは奇跡的に助かった。……でも、あの恐ろしい病気は、オレから母さんへと伝染していて…………」 「それで……カスミ叔母様は亡くなったのですか?」 「ああ、そうさ。だから、母さんを殺したのは、このオレなんだ! キレイで、優しくて、この家の太陽のような存在だった母さんをオレが死なせてしまったんだよ! オレは、父さんや菜々子……家族から母さんをうばってしまった!」 「で、でも、叔父様と菜々子さんは、そんなふうには思っていないようですが……」  仙造も菜々子も、柳一のせいでカスミが死んだなんて一言も言っていない。それは、柳一のことを恨んでいないということだろう。  そもそも、スペインかぜは、日本の総人口の約半数が感染したと言われているのだ。家から一歩外に出たら、スペインかぜで苦しんでいる人はたくさんいた。カスミが柳一のウィルスによって病気になったとはかぎらない。  それに、たとえそうだったとしても、柳一はうつしたくて病気をうつしたのではないのである。仙造と菜々子もそのことをよくわかっているから、柳一を恨まないのだ。 「たとえ、父さんと菜々子がオレのことを恨んでいなくても、オレは自分が許せない。だから、今回は、だれにも病気をうつしたくないんだよ。オレのせいで、だれかを苦しめたくないんだ。  医者はただの風邪だと言っているけれど、オレがスペインかぜにかかった時も、最初はふつうの風邪だと誤診《ごしん》されたし、油断はできない。ふつうの風邪だろうが、たちの悪い病気だろうが、苦しむのはオレ一人でいいんだ。自分の苦しみをだれかに押しつけて、迷惑をかけるのは嫌だ……。だれかを苦しめてしまうぐらいなら、オレは消えてしまいたい」  柳一は、前にも桜子にそんなことを言っていた。苦しみを他人に押しつけたくない、迷惑をかけたくないと。 (そうか……ようやくわかった。柳一さんがいつも一人でおるのは、孤独が好きだからではなく、苦しいことや辛いことがあった時、そばにいる人に頼って迷惑をかけたらあかんと思ったからなんや……。自分で悩んで、自分で解決するために、ずっとずっと一人でいつづけることを選んどったんや……)  人間はみんな一人。一人で苦しんで、一人で解決していくしかない。  柳一は、それが他人に迷惑をかけない生きかただと思っているのだ。病気をうつして死なせてしまった母親みたいに、自分のせいでだれかを不幸にしたくはないから……。 「ようやく、柳一さんがどんな人なのかわかった……。とっても思いやりがあって、優しい人なんやね、柳一さんは。きっと、カスミ叔母様に似たんやな……」  桜子は、本当は優しいのに不器用なせいで誤解されやすい柳一のことを心の底から愛おしいと思った。そして、柳一がみずから作った心の壁をこわして、明るい場所へと連れ出してあげたいと願った。 「オレは……優しくなんかない。たった十二歳で東京に一人でやって来た君に冷たく接して、遠ざけようとしたのだからな。オレみたいなひどい許嫁のために、病気がうつる危険をおかしてまで看病することはない。……ちゃんと理由は話しただろ? さあ、早く部屋から出て行くんだ。病気がうつってしまうぞ」  興奮しすぎて体力を消もうした柳一は、高熱に苦しんで半ばあえぎながら、そう言った。  しかし、桜子は首を横にふり、柳一の手をギュッとにぎったのである。 「あなたのことをかけがえのない人やと思っとるから、離れたりなんかしません。よくなってくれるまで、ずっと看病します。カスミ叔母様も、きっと同じ想いやったと思うから」 「……よせ。オレは、もうだれにも頼らず一人で生きて……」 「柳一さん。そんなことは無理やに? 人は孤島やない。みんな、つながって生きとるんです。柳一さんも、わたしや菜々子さん、仙造叔父様、スミレさんとつながっとるんですよ? わたしたちは、柳一さんが一人で苦しんどるのをそばで見ていて、何も助けてあげられやんだら、心が痛くて、痛くて、とても悲しいんですよ? だから、助けさせてください。そして、柳一さんも、わたしや家族のみんなが苦しんどる時、助けてほしいんです。そうやって、支え合って生きていったら、みんなが幸せになれるはずやもん」 「…………」  柳一は、それ以上は何も言わなかった。しゃべりすぎてつかれていたし、桜子の温かくて心が落ち着く手のぬくもりをふりはらうことをためらっていたのだ。 (ちんちくりんのくせして、生意気《なまいき》なことばかり言うやつだ。……でも、そのまっすぐで純粋な言葉に、なぜか心動かされてしまう。やっぱり、こいつはどこか母さんに似ている……)  桜子に手をにぎられて気持ちが落ち着いたせいか、急に眠たくなってきた。柳一は「母さん……」とつぶやくと、静かに目を閉じて眠りに落ちるのであった。 「ありゃ、寝てしもた。お粥は、起きてから、温めなおして食べてもらえばええか」  桜子は、柳一のおだやかな寝顔を見つめてほほ笑みながら、そうつぶやくのだった。  翌日の早朝。目を覚ました柳一は、 「何だか、体が楽になっている? 熱が下がったみたいだ……」  スッキリした気分でそうつぶやき、柳一の手をにぎったままベッドの横で座って眠っている桜子を見つめた。 (いつもろくに顔を見ていなかったから気づかなかったけれど、意外と可愛いんだな……)  あの後、柳一は夜中に一度起きて、桜子にお粥を食べさせてもらい、風邪薬を飲んで再び寝たのだ。  桜子は、一晩中、柳一の寝汗をふいたりして面倒を見てくれていたのである。  桜子が作った栄養満点のお粥とつきっきりの看病、それから医者からもらった風邪薬のおかげで、柳一の体調は回復したようだ。  どうやら、医者の診察どおり、柳一はただの風邪だったらしい。 「こいつ、オレの世話ばかり焼いて、自分は布団の一枚もかぶらずに寝ているじゃないか」  柳一は、桜子の肩をゆすって起こした。寝冷えで風邪を引いたら大変だと思ったのだ。 「あ……う……? あっ、柳一さん、おはようございます。体の具合はどうなん?」  桜子は寝ぼけまなこをこすりながら、そう言った。 「ああ、おかげでだいぶよくなったみたいだ。……そういう君こそ、何だか顔が赤いみたいだぞ? もしかして、熱があるんじゃないのか?」  柳一は心配してそう聞いた。  さっきから、桜子は体をフラフラさせて、ボーっとしている。なんだか、目の焦点も合っていないような……。 「あはは。こう見えて、わたしの体はじょうぶやから、平気ですよ。へーき、へーき……」  桜子はそうブツブツと言うと、ドターン! とたおれてしまった。 「お……おい! しっかりしろ! さ、桜子っ‼」  柳一はベッドから飛び起き、たおれた桜子を抱きかかえる。 (柳一さんが、初めてわたしの名前を呼んでくれた……)  桜子は、薄れていく意識の中で、そう思うのであった。

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