30 謎の少女

 ナイアスは、その少女の名前を半信半疑で口にする。 「——イリス?」  帝国の天機兵《ナハティガル》によく似た、黒い天機兵。その操縦席に座っていたのは、長い黒髪の少女だった。  ナイアスとリズが、それぞれ学内と街角で。また、この博覧会の屋台の側でも出会った、まだうら若い少女である。  まじまじと見つめているうちに、黒い天機兵の一度開放された前面装甲は、再び音を立てて閉まっていく。  それでも、目の前の光景を信じられないまま、ナイアスが呆けていると。 「先生。ひとまず操縦席を密閉してください」 「あ、ああ……」  リズからの通信に頷いて、ナイアスはパネルを操作する。  機体自体に慣れていなくても、何百回と過去に繰り返した操作のはずだが、どこか現実感が乏しい。そう感じながら、ナイアスは機体内のマイクを通じて、管制室にいるリズに話しかける。 「リズ、見たよな? あれは……イリス、だったよな?」 「はい……望遠鏡で確かに確認しました。私も驚いています」  リズの反応はしっかりしていたが、それでも戸惑いの雰囲気はあった。 「ねえちょっと、一体なんなの?」  一方、別の意味で困惑を見せたのはアイリーンだった。 「それが……」  リズが手短に経緯を説明する。  そのやりとりをナイアスは耳にしながらも、対戦相手がイリスであることが未だ信じられずにいた。夢でも見ているのではないか、そんなふうに思ってしまう。  しかし。 「……へえ……すごい偶然だけど……別に驚くようなことかしら?」 「アイリ?」  ナイアスは驚きの声を上げる。 「不思議かしら? なんだかんだでシレーネ共和国の王立秘術技師養成大学は、大陸でも上位に入る秘術技師の育成機関よ? ウェスラート公国から留学に来ていてもおかしくはないわ」  ところが、アイリーンの説明を聞いてみると、なるほどと思わせられた。 「……そうか。それは……ありえるか」 「言われてみれば……」  リズも首肯するかのような声を届けてくる。  予想外のことに驚きはしたものの、確かに、可能性としてはありえない話ではない。むしろ、自然な結論だとも言える。 「勝手に驚きすぎたか……ん?」  自分を納得させるように呟いたナイアスは、モニターの右下隅に表示されたマークに気付いた。 「これは……秘匿通信《プライベートトーク》? 誰からだ?」 「私じゃありません。イリスさんから……ですかね?」  ナイアスの呟きを聞きとがめて、リズが反応した。  天機兵は天機兵同士で通信が可能であるが、その通信の種類には大きく分けて二種類のものがあった。一つは、通信出力が許す距離なら誰彼の区別なく情報を発信する公開通信《パブリックトーク》で、もう一つは一対一のやりとりのための秘匿通信《プライベートトーク》だ。  さらに、チーム内のメンバーにのみ流すための範囲通信《グループトーク》もあるのだが、これは秘匿通信の一種、というか応用で、複数の機体を繋げている状態を指すものだった。  現在、ナイアスのシャープ・エッジは管制室と秘匿通信を行っている状況なので、この状態で不明の相手先から要求されている秘匿通信を受けると、この三者が接続されて、音声のやりとりが相互に行われることになる。 「出てみる」  ためらいはしたものの、ナイアスは通信を受けることにした。  一度そうと決めたら、操作はほぼ無意識に行える。  通信が確立するまでの一瞬のタイムラグを経て、三者が同時に通話状態になる。と、早速、誰だか不明だった相手が、その正体を自身の声で明らかにした。 「また会いましたね、ナイアス」 「……イリス。やっぱりお前か」  このタイミングでの通信だ。  相手の予想はしていたが、声を聞いてようやく実感するものもあった。 「まさか、大会に出場予定だったとは。……驚いたぞ?」  感じた驚きをそのまま伝えると、イリスは淡々と反応した。 「そうですか。ですが……、私こそ驚いていたのです。私は、当然、貴方がこの大会へ出場する予定だと考えていましたので。まさか、代理出場だとは」 「……? それは、どうしてだ?」  ナイアスが首をひねる。 「貴方と出会ったばかりのときには気付きませんでしたが……ナイアス、貴方は先の大戦の英雄その人ですよね?」  問いかけだが、確信をもった口ぶりで、イリスが言った。 「あー……」  ナイアスは呻いた。  指摘は正しいのだが、自分で「俺は英雄だ」と肯定するのには若干抵抗があった。なんだか照れくさい、という当たり前の感覚だ。 「——そうですよ、先生はあの時の英雄です」  そこに割り込んだのは管制室から通信をする、リズだった。  思わず口を挟みたくなったナイアスだが、自分で認めるよりは余程マシかと思い直して、黙り込む。 「その声は、たしか……リズさん、ですね?」 「はい。イリスさんはウェスラート公国の方だったのですか」  思い返せば、二度の出会いのどちらでも、リズは自己紹介をしていない。  リーズレットという略さないフルネームを、イリスが知らないのは当然だった。 「……ええ、そのようなものです」  リズの問いかけに、イリスは言葉を濁すようにして応じた。  そこに疑問を覚えたリズが、再び口を開こうとするが、イリスがそれに先んじて、ナイアスに向けた言葉を発する。 「ナイアス。私たちにとっても忘れられない先の大戦——あのときの英雄と、こうして矛先を交えることができるのは……大変、意義深いことです」 「あー……そう期待されても困るんだが……」  今度はナイアスが言葉を濁した。  ——あのときと、今の自分には決定的な違いがある。  その理由——天機兵同士の戦闘によって誘発される発作、については語りたくないが、彼女の期待に応えられないことだけはハッキリと告げる。 「そうですか? いずれにせよ、期待外れに終わることはないと思いますが……ともあれ、そろそろ試合開始ですね。勇戦を——望みます」

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この作品の評価

64pt

面白かったです~。読み応えのある文章で、毎日一話ずつ読むのを楽しみにしていた作品なので、終わってしまって寂しい……。しかもまだまだ謎が残されてる感たっぷりで…。続き……是非とも続きを! 個人的にはリズさんの日常がもうちょっと見たかったです。あと、ナイアス先生と他の操機手の人たちとのやりとりとか。

2019.05.15 16:25

繭式織羽

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