英雄操機手の再搭乗 | 第三章 汎大陸天機兵博覧会
折口詠人(おりぐちえいと)

29 顔見せの瞬間

 すう……はあ……。  ナイアスは、意識してゆっくりと深呼吸をすると、機体を前に進める。  彼が設計した機体の手には、無塗装の武骨な大剣が握られている。本来であれば、機体に鞘を固定する形で装備したいのだが、それは間に合わなかった。  見栄えについてのリズの見解と、実戦を経験したナイアスの見解は必ずしも一致するものではないが、このような場合には、それなりの見せ方をしたかった。  魔族との大戦に至る前には、見世物《ショービズ》としての競技試合をやっていたのだから、この手の見せかけの重要性についても理解している。 「まあ……仕方ないよなぁ」  口に出したのはそんな一言だったが、内心では、何はともあれ発作で無様に退場することだけは避けたいと思っていた。  とはいえ、心のことは自分ではなんともしがたい。  戦後になって、自分が天機兵に乗れなくなっていることに気付いたナイアスに、医者は言った。そのようになるのは、戦争でのトラウマによる、精神的なものが原因であると。  かつての相棒——アリスの喪失によって、ナイアスは戦えない身体になったのだ。  それまでのナイアスにとって、失うことへの怖れは実感に乏しいものだった。  戦友を失って悲しい思いをすることはあっても、自分だけは大丈夫だとどこかで思っていた。それが間違いだったと気付いたときには、もう遅すぎた。  ——少なくとも、この試合ではそういう心配はない。  事故の可能性はあっても、実際に起きることはまずないし、もし万が一の場合でも死ぬのは自分だけだと思えば気楽だ。対戦相手を誤って殺してしまわないぐらいの技量はある。  そんなことを自分に言い聞かせながら、熱狂に沸く会場のフィールドへと進んでいく。  場内にアナウンスが流れる。  出場チームと、その操機手を紹介するものだ。  ナイアスは聞くともなしにそれに耳を傾け、しかめっ面になった。 「アルフレックのやつ……」  アナウンスでは、ナイアスの過去の経歴が紹介されていた。  麒麟児と呼ばれた競技試合の若き天才。大戦においては、逆侵攻とその最終決戦で活躍し、魔族の将に止めを刺した、シレーネ王国……いや、汎大陸の英雄操機手——  そう紹介されることは、今のナイアスにとっては苦痛でしかない。  ——俺は、お前が言った通り、ただのポンコツだ。  そう宣言できるものなら、そうしただろう。  だが、天機兵に搭載されている外部スピーカーの出力はさほど強くない。仮にここで声を大にして主張したところで、聴き取れるのはよくて数百人だろう。  万を超える観客の集まった会場において、それは津波に水滴で立ち向かうようなものだ。それに、毎年開催とはいえ、会場が近くに巡ってこなければ十年以上観ることができないこともあるだろう。そんな貴重な見世物に喜んでいる観客に水を差すこともない。 「——先生。聞こえますか?」  自分でも余計だと思うことを考えていると、機体内のスピーカーが震えた。  リズからの通信だ。 「……ああ、聞こえてる。通信感度も良好だ。……何か、あったか?」 「そろそろ顔見せの時間ですので……」 「顔見せ? あー、そうか、そういうのもあったな」  これから戦うという状況にそぐわない表現に戸惑ったナイアスだが、すぐに納得する。 「ええと……あの白線のところだったな」 「はい、そこまで移動したら、前面をオープンして観客に姿を見せてください」 「はいはい、了解っと」  試合の開始前に、操機手が天機兵から出てきて姿を見せる、という儀式《セレモニー》があるのだ。  一年を通じて行われるポイント制のリーグなどでは、チーム対抗だけではなく、操機手の個人スコアを評価するものもあるから、操機手の本人確認の意味もある。  今回の大会は、一回限りのもので、その手の公式戦には含まれない。よって、重要な行為ではないのだが、リズの言うように「顔見せ」の位置づけになっているのだろう。  そういった試合形式に慣れているナイアスには、さほど気にならない手順だった。  臆せず、機体を進めていく。  すると、向かい側から現れた対戦相手の機体が、前方視認用のモニターの中で徐々に大きくなっていく。  そこでナイアスは管制室に聞こえるように呟いた。 「見たところ、相手は普通の新設計機じゃないな」  応答はリズからではなく、アイリーンからだった。 「そうねぇ……。率直に言っちゃうと、パチモノって感じね」  アイリーンの身も蓋もない表現に、ナイアスは頷いた。  肩の張った逆三角形の上半身と、重心の高さもあってやや華奢に見える下半身の組み合わせ。それが、明らかに見覚えがあるシルエットだったからだ。 「ベースは、帝国の騎士《シュヴァリエ》型か? 昔観たことがあるやつとはちょっと違うが」 「戦中の後期に導入が始まった、ナハティガルじゃないかしら。西方諸国の言葉で言えば夜鳴鳥《ナイチンゲール》ね。独自の改良だかが入っているみたいだから断定はできないけど」  各国の機体に関する知識は、競技で実戦を繰り返したナイアスもかなりのものだ。  しかし、現役を外れて長いのと、競技では極端な改造が施されてる機体が多いこともあって、知識には偏りがある。  そのへんは、実家の家業柄もあり、アイリーンのほうが上手だった。 「なるほど……色が黒なのは、その辺か……」  ナイアスが口にした通り、対戦相手の機体は漆黒に染まっていた。それだけではあまりにも面白みがないと考えたのか、装甲の繋ぎ目や、要所をバイピングするように青緑のラインが引かれてはいたものの、全体としての印象は白日の下ではあまり芳しくない。 「なんていうか……つまんない機体ね」  返事はしなかったが、ナイアスも同感だった。  小さな国とはいえ、その代表として出てくる新設計の機体と聞いた時点ではそれなりの期待を持っていたのだが、出てきたのは帝国の天機兵の模倣品のような代物だ。  帝国製の機体の性能が悪いわけではないが、コピーには、新設計という言葉から感じる面白みはない。  どこまでがコピーで、何か改良を加えているのかどうかまでは分からないが、それなりに戦えるのは確かでも、それ以上は望めそうもない。もし、この機体に優れた能力があるなら、外観も独自性溢れるものにするだろうからだ。  ナイアスの乗る機体——シャープ・エッジも、そういう意図によって、さほど特徴のないシルエットのボディに、鋭角が目立つ、派手めの装甲を装備している。展覧会への参加を決めるための模擬戦では間に合っていなかった塗装も完璧で、ド派手な赤基調の、競技試合向けのカラーリング。  それなのに、対戦相手のウェスラート公国の機体は、みすぼらしくはないという程度のノーマルな塗装で、アピールする気があると思えないものに留まっているのは、疑問を通りこして、拍子抜けだった。 「ま、どうでもいいか」  どうせ負けるだけだしな。  そんなことを考えたナイアスは、フィールド中央に二つ引かれた白線に達したところで、天機兵を立ち止まらせた。  操縦桿の脇にあるパネルで、胸部を保護する装甲を開く操作をする。  機体前面を覆う装甲がゆっくりと持ち上がり、前方が完全に見通せるようになると、フィールドの乾いた空気が頬をなでた。  天機兵の移動に伴って舞い上がった砂塵による土の匂いが鼻先をくすぐる。  それは、ナイアスにとっては、心を落ち着かせる慣れた香りだった。  試合前の精神統一のためにゆっくりとした呼吸を繰り返しながら、シャープ・エッジと同様に、前面が開放され始めた対戦相手の天機兵を眺めて—— 「——っ?」  視界に入った思わぬものに、ナイアスは息を止めた。 「……そんな馬鹿な」 「どうしました? 先生? ——え? あれ?」  ナイアスが漏らした一言に疑問を投げかけたリズも、それに気付いたようだった。  対戦相手の、黒い天機兵——その操縦席に座っているのは。  ナイアスとリズの二人ともに、見覚えがある少女だった。

ブックマーク

この作品の評価

64pt

面白かったです~。読み応えのある文章で、毎日一話ずつ読むのを楽しみにしていた作品なので、終わってしまって寂しい……。しかもまだまだ謎が残されてる感たっぷりで…。続き……是非とも続きを! 個人的にはリズさんの日常がもうちょっと見たかったです。あと、ナイアス先生と他の操機手の人たちとのやりとりとか。

2019.05.15 16:25

繭式織羽

0

Loading...