7.24 生かして帰すな

「聞きたいことは、それだけか?」  しばしの静けさ、その後のエマの問いかけに、カレンが小さく手を挙げる。  魔導士の医療の専門家たるエマから、「魔法使いもどき」の実現可能性とハンディアで行われている最先端の研究成果について、一通りの話は聞けた。外科的手法では無理、という言質は取れたし、その証拠たる研究成果も見学済み。|管理機構《ギルド》や警察へ報告するだけなら、十分な内容だろう。  それでもなお、彼らには尋ねたいことがあった。それはかなり|繊細《センシティブ》な内容で、下手な聞き方をしたらエマの機嫌を損ねるかもしれない。そうなったらもう、二度とこの手の質問をする機会はないだろう。  シドは口の達者な人間ではなく、婉曲な言い回しができるほど器用ではない。そこはカレンもいい勝負なのだが、彼女のほうが物腰が丁寧で人当たりがよいから、まだ|姫君《エマ》の神経を逆撫でせずに済む確率が高いように思えるのだ。 「蔵書庫で研究成果を調べましたが、どうもそれらの多くは、外部に公開されてないように見受けられます。これほど立派な研究環境で、十二分に成果を出しているというのに、それらを内部に秘匿したままというのには、なにか重大な理由があるのですか?」  やれやれ、とため息をつくと、エマは呆れたような声で話し始めた。 「せめてお主くらいはまともかと期待しておったんじゃがの、袴の娘よ。技術は|出前《デリバリー》じゃない。出来たそばからポンポン客に出せばいいってもんでもないのだよ」 「そうなのですか? 研究者の皆様の仕事には、学会での発表や論文投稿も含まれるのでは? それに、研究成果の発表は早いもの勝ちと聞き及んでおりますけれど?」  わかっとらんのう、とエマが鼻で|嘲笑《わら》う。 「ハンディアでの研究は多岐にわたるが、いずれも一般の研究機関より先進的な成果を上げている。これは紛れもない事実じゃ。でもな、進歩しすぎた技術は、時として人々に受け入れられず、世を混乱に陥れる。我輩が研究成果の好評に慎重なのは、そのせいだ」  ――バングルスさんの推測、当たってましたね。  自慢げに胸を張るエマから、想像以上にあっさりと聞きたい答えが出て来たものだから、カレンがシドに目配せしてくる。 「なるほど、一理ありますわね、エマ様。進歩的な技術は、すぐには世間に受け入れられぬもの。世界がハンディアの研究成果を受け入れられるまで、機が熟すのを待つというのは、確かに一つのやり方ではあります。  ですが……他の研究者の皆様は、果たしてそう思っているでしょうか?」 「……何じゃと?」 「あなたと違い、ここでの研究成果を元手に一旗揚げたい、と考えている研究者もおられるのではないかということですわ」  何をバカなことを、とエマは一笑に付すが、二人とも真剣な表情のままだ。 「ここにおる研究者、そしてこの街の民に、そんなことを考えている者はおらんぞ? いずれもこのハンディアの繁栄と、医療の発展に忠誠を誓っておるのじゃ」 「その忠誠心は、どこから来るのでしょうか?」 「我輩と共に研究に|邁進《まいしん》し、このハンディアに骨を埋める、その覚悟と決意じゃ」 「実にご立派な志ですわ」  満足げにうなずくカレンだったが、幼女はその態度に引っかかりを覚えたらしい。強気な姿勢を引っ込めて眉を寄せる。 「……なぁんか気に障る物言いじゃのう? お主ら、何を考えとる?」 「覚悟と決意でついていく、か。働きに見合う高い報酬に釣られてるって方が、説明としてはまだ説得力があるぜ」  シドの目つきは剣呑さに満ち溢れており、本来は幼女に向ける類のものではない。 「お主、|日本《ジパング》人の割には金に汚いって、よく言われんか?」 「清貧が美徳なんて時代は、敗戦と一緒に終わったんだよ、姫様」  まあそんなことはどうでもいい、と話を続けるシドを、カレンとローズマリーはいつも通りの静かさで、エマとアリーはやや不機嫌な面持ちで見つめている。 「あんたやハンディア自体は、俺たちの調査の対象じゃないからな。心のどこかで見ねーふりをしてたんだが、どうにも看過できないことが多すぎてな」  シドと相対するエマは例によって尊大な態度だが、瞳にはありありと苛立ちが浮かんでいる。何があっても【防壁】だけは発現できるよう、幼女から目線を切らないまま、シドはハンディアに足を踏み入れた日のことから話し始めた。 「あんたにはずいぶん驚かされたぜ? 街の連中からあれだけ熱狂的な支持を受ける野郎がどんな面構えか、蓋を開けてみたら年端もいかねーちびっ子と来たもんだ」 「お主、我輩のことバカにしとらんか?」 「そんなつもりは微塵もねーよ。ハンディアの医療技術とか、蔵書庫の研究成果を見せてもらったのは勉強になった。そうは見えねーかもしれないけど、ちゃんと感謝はしてるんだぜ?  あんたは大したもんだよ。民衆を治めるだけでなく、自らが医療の現場で専門家をリードして行く。為政者と研究者を両立するってのは、並の才能ではまず不可能だ。普通の人間ならどっちか破綻する」  その言葉は、お世辞でもなんでもない、シドの率直な感想。  だが、それまでの彼の言動がよほどひどく|祟《たた》っているのかのか、エマの渋面が戻る気配は微塵もない。「だけどな」と続けたシドを見るに至り、眉のシワの深さはピークに達する。 「年寄り臭い言葉づかいだけなら、気づかなかったかも知れない。でもあんたの場合、見た目がローティーンにも届かねーくせに、専門知識も風格も、全部が歳不相応すぎるんだよ」  「神の寵愛を受け、二物も三物も与えられたものが、この広い世の中にいたって、不思議ではないだろう?」  これだから素人は、と言いたげに首を振るエマだが、シドは特に動じる様子がない。 「どれほどの優れた才能も、相応の時間をかけた努力で裏打ちしてやらなけりゃ、芽吹いて花を咲かせることはねーんだよ。  あんたに天賦の才があるのは紛れもない事実だろう。だがな、あんたが足を踏み入れてる領域に達するには、十年とちょっとって時間は短すぎる。見た目は俺の半分も行かない歳なのに、手にした知識と技量と風格があまりにもでかすぎて、釣り合いがまるでとれてない」  努力と時間、それらを対価として支払って初めて、才能は自分の力となる――。  |養成機関《アカデミー》に入る以前、魔法を習得すると決めてから、心に|鑿《のみ》で彫り刻まれるくらいに聞かされた言葉。魔導士として生きていくことを選んだ者の心構え、その基本のキである。  万人が魔法を身につけられるわけではない。魔法の素養自体が既に才能なのだが、大半の魔導士は、ちょっとした物理現象を発現させる程度の魔法しか身に付けられずに一生を終える。自分の魔法を昇華し、第一線で商売道具として使えるようになるまで使いこなせるものは、魔導士資格を持つもののうち、ほんの一握りだ。その誰もが例外なく、人並み外れた才能を、気の遠くなるような時間、血反吐を吐くような努力をして磨き続けてきたのだ。  翻って、エマはどうか。 「医療に関して人並み外れた知識・経験・実績を有し、一癖も二癖もある専門家達を束ねる、医者そして研究者としての才能。  幼い外見ながら狂的な支持を集め、ハンディアという小都市の舵をとって民衆を導く、為政者としての才能。  エマ様がいかんなくその能力を発揮なさっていることを否定する気は、一切ありませんわ」  穏やかな笑みとともに、カレンがシドのフォローに回る。遠慮会釈がなく、時として喧嘩腰とも取られるシドの言葉を補う役として、今この場に彼女以上の存在はいないだろう。 「医者として知識と蓄え、技能を磨く。研究者として深く幅広い見識を手に入れる。ハンディアという医療都市を育て上げ、民衆の絶対的な支持を集める。  それらをすべて成し遂げるのは、ご立派な所業です。ですが、たかだか十数年では、そのどれ一つとして手に入れられないという点では、私もムナカタ君と同意見です」 「時間の問題じゃない。溢れ出る才能を意のままに操った結果じゃ」 「そうでしょうか? 特に信頼や支持というのは、|醸成《じょうせい》に最も時間がかかるものかと思いますが?」  似たようなことばかり聞かされているせいか、だんだんうんざりし始めていた様子のエマだったが、カレンの指摘に口をつぐむ。 「どんな為政者も、叩けばホコリが出るものです。名君と|謳《うた》われた統治者の下でも、住民は何かしら不満を抱えているのが普通ですわ。  でも、このハンディアでは、そのような声が一切漏れ聞こえてきませんの。ここで暮らす皆様にお聞きしましたら、口々にエマ様を絶賛するお言葉を頂戴しましたわ」 「民の信頼を得る、というのも立派な才能であろう?」 「信頼とよんで差し支えない程度に収まっていたら、私の違和感もここまで大きく育たないで済みましたのに」  カレンのすました顔から矢継ぎばなに放たれる挑戦的な言葉に、ただでさえ白いエマの顔色が能面のごとく固まってゆく。 「失礼を覚悟で申し上げますわ、エマ様。ハンディアの皆様があなたに寄せる信頼は、一般の感覚から見れば異常です。もはや盲信と言っても過言ではありませんわ。  『姫のためなら死ねる』と息巻いていた自警団の方々、『姫のやることなら間違いはない』と言い放ったご老人。いずれもこの眼で見て、この耳で聞いた、貴重なご意見ですわ」  ローズマリーの言葉を遮るカレンの口調は柔らかい。だが、締めるところはピシャリと締まっており、エマに余計な口を挟ませない。 「悪評の立たない人間なんて、この世の中にはいませんわ。いくら私達がここでは余所者だからといって、行政に対する悪評を一切目にしない、聞き及ばないというのも不自然です。  心の芯からあなたに心酔しているのか、それとも――心酔《《させられて》》いるのかしら?」  もともと色素の薄いエマのこと、多少血の気が引いているくらいでは顔色は変わらないが、その表情は目に見えて強張っており、牡蠣のように口を閉ざしたままだ。   「あなたが豊かな才能の持ち主であることは疑いようがありませんが、今のあなたの立場と能力を手に入れるのに、十数年ではあまりにも短すぎる。  ですが、百年単位で考えたのなら、話は変わってきます」 「……何が言いたい?」 「あなたが数百年生きながらえた存在と仮定すれば、研究者としての地位も、統治者としての威厳も、ある程度説明がつくのではありませんか?  時間を操っているのか、それとも類まれなる生命力をお持ちなのか。どのような形で悠久の時を生きているかは定かではありませんが、いずれにせよ、私たちに出せそうな結論は、一つしかありませんわ。  エマ様、あなた……」  カレンがこの後に紡ぐであろう言葉と、一旦深呼吸をして心を落ち着けようとしている理由を、シドとローズマリーはもう知っている。それは、普通なら絶対思いつかないし、口にしないであろう問いかけの準備にほかならない。 「あなた、既に人間をおやめになっているのではなくって?」  これまでの捜査の内容から、シド達が出した推測。  それは傍から聞いていれば、突飛にもほどがあるものだが、もはやそれ以外に、この小さな統治者がハンディアを治め続けられる理由を見いだせなかった。  だが、エマはその言葉を一笑にも付さず、さりとて激情に身を委ねて反論することもない。  ――さあ、どう出る、姫様? 「我輩の正体の一端に触れる、か」  重々しいため息とともにうつむくと、しばらく肩を震わせていたようにも見えたエマ。  そんな彼女が、何かを決意したかのように拳を固め、再び頭を上げた時には――尊大ながらも親しみがあった幼女の面影なんて、もはやどこにもなかった。 「アリー、生かして帰すな。手加減なしで構わんぞ?」

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