7.22 おクスリを使えばどうか、って話だ

 翌日、夢から覚めれば月曜日。  エマとの会合に挑むべく、万屋ムナカタ一行とカレンはハンディアの中央区、「議場」と呼ばれる建物に足を踏み入れた。  アリーの案内で連れて来られたのは、ちょっとした学会のセッションなら開けそうな会議室。中央に設けられた席は最低限で、ただでさえ広い部屋が余計に広く感じる。  その中央で、ハンディアの主・エマは腕を組んで仁王立ちして一行を待ち構えていた。 「お忙しいところ、お呼び立てして申し訳ありません」 「お主らも時間がないのであろう? これくらいなら構わんよ」  カレンの詫びの言葉に、エマは|鷹揚《おうよう》な態度で答える。  ハンディア側の出席者は、エマと長身のメイド・アリ―の二人。研究者の同席も申し出てもらったが、込み入った話になるのは間違いなかったので、丁重にお断りしたのだ。 「で、聞きたいことはなんだ?」  顔には出していないつもりだったのだが、知らず知らずのうちにシドたちの肩に力が入っていたらしい。もっとも、隠し立てすることなんてなにもない。シド、カレン、ローズマリーの間で、話すべきことと示すべきものは整理済みだ。 「『魔法使いもどき』の実現可能性について、きちんとお伺いしたくて参りましたの。ご意見をお聞かせ願えますか?」  ずいぶんふわっとした質問じゃの、とエマが苦笑していたのは始めのうちだけだ。少し考え、意見を述べるときにはもう、幼い顔に研究者らしい硬質な表情が乗っかっている。 「魔導器官を持たない魔法使いがいても、吾輩は不思議とは思わんがな」 「結局いるのかいないのか、どっちなんだよ?」 「それはわからん。少なくとも、外科的手法で魔法使いを仕立て上げるのは、現在の技術レベルでは不可能だ」  そこの坊主にはちょっと話をしたがの、と付け加えることを忘れない。  エマの回答は、ハンディアで研究施設を見学し、限られた時間で資料を集めて出てきた推測と概ね一致している。 「ハンディアの技術を持ってしても、ですか?」 「問題はそれ以前のところにある。  お主らが見てきた通り、魔導器官を代替する人工臓器を一揃い作るのがそもそも不可能じゃ。できても人工魔導回路がやっと、しかも|生体《ホンモノ》の魔導回路のように、細く強靭な代物ではない。義肢装具に仕込むのが現状の技術では手一杯だ」 「それでも、その技術に救われている人間がいるのは事実だ」  シドの言葉がよほど意外だったのか、エマとローズマリーが揃って目を丸くする。 「なんだよCC、俺だってまともなこと言うんだぜ?」 「いえ、全く予想していなかったものですから……失礼しました」 「我輩も小娘と同意見じゃぞ、坊主。お主も殊勝なことが言えるんじゃの?」  シドは口を尖らせた。できのいい大人を名乗る気はさらさらないが、そこまで常識のない人間だった覚えもない。 「人工の魔導器官ですら作るのが困難、生体の培養となればそれ以上に、技術的には困難。そういうことですわね?」 「そういうことじゃ。  ハンディアの医療技術は世界一、と自負しておる。我輩を筆頭に臓器移植に長けた医者も揃っておるし、経験も実績も十分に積んどる。だが、移植するものがなければ、そもそもその技術が生きまい?  そもそも、仮に魔導器官を人工的に作れたとして、それを痕跡なく移植する方法なんぞ、我輩には心当たりがないがな。少なくすることはできるが、ゼロにはできん」  警察の司法解剖の結果、「魔法使いもどき」には盲腸の手術跡すら認められなかったはずだ。  彼らは外科的手法で、魔法の力を得たわけではない。そもそもそんな技術は、現在のイスパニアには存在しない。 「姫様、ちっといいか?」  姫と称される人間に対するものとは思えない、シドのラフでフランクな物言い。慣れたのか諦めたのかは定かではないが、エマは特に気にする様子もない。もしかしたら、デザート食べ放題の恩義でも感じているか。 「さっきあんた、外科的な方法じゃ無理、って言ってたよな? それ以外の方法なら、心当たりがあるのかい?」 「……さて、どうかのう。外科手術で魔法使いをでっち上げるよりかは、まだ可能性があると踏んでおるが、確たることは言えんよ。  医学とて万能ではない。なんせ、人間の体というのは、まだわからない部分のほうが圧倒的に多いんじゃ」  重々しい、少々芝居がかったようにも聞こえるため息をついたシド。その黒い瞳に映るのは、あからさまな不信だ。それを見て取ったのか、今度はエマが訝しげな顔をする。 「なんじゃ、坊主。言いたいことがあるならはっきり言うが良い」 「俺なんかの|拙《つたな》い説明を聞くより、《《実物》》を見たほうがいいだろう。あんたでもそっちのメイドのお嬢さんでも、どっちでもいい。【防壁】魔法でこの娘の攻撃を受けちゃくれないか?」  シドの意図がまるで読めず、当惑を隠さないエマではあったが、翻意の気がないのを悟って、アリーに対応を命じる。 「そんじゃCC、とりあえず全力でよろしく」 「――承知しました」  一歩前に進み出たアリーが発現させた【防壁】を、ローズマリーは力の限りぶっ叩くが、薄紅色の壁はびくともしない。  愚直に、一発一発、丁寧に。  だが、少女がどれだけ拳を振るおうと、鋭く足を振り抜こうと、【防壁】は揺らぐ気配すら見せない。  横目でちらりとエマを観察すれば、先程の尊大な態度は鳴りを潜めており、瞬きもせずにローズマリーの一挙一動をじっと観察している。 「坊主、一体何がいいたい? はっきり言ってくれんとわからんぞ?」 「ん? 何のことだ?」 「これなら、お主の下手な説明を聞いたほうがまだマシだ。あの小娘の訓練に付き合わせようと思って、我輩たちを呼んだわけではなかろう?  だいたい、魔力【放出】の使えないあの小娘に【防壁】を破るなんて芸当ができるはずなかろうが? アリーはただのメイドではないぞ?」 「そんなの、最初に見た時からわかってるけどな」  すっとぼけてシラを切るシドに痺れを切らしたか、エマは一歩前に進み出て声を張り上げた。 「やめい、小娘! そんなヤワな攻撃、撃つだけ無駄じゃ!」 「まあまあ、姫様。そんなに慌てなさんなって。  俺たちだって魔法で飯食ってるんだ、徒手空拳で【防壁】が破れるわけないなんて百も承知だよ。そもそもあの娘、自己強化魔法にしか適性がないんだよ」 「お主、あれか、アホなのか?」  見てみい、とエマは二人を指差す。  徒手空拳のローズマリーが破れない壁に挑み続けている姿は、勇猛さを通り越して悲壮感すら漂わせている。 「お主は自分のメイドに、意味のない仕事をさせるのが趣味か? サド公爵のほうがまだマシな趣味趣向じゃ!  おい、袴の娘よ! お主もこいつになにか言ってやらんか!」    竹刀袋を携え、背筋を伸ばしてローズマリーの様子を見ていたカレンだったが、エマの呼びかけに小さく首を振る。 「ムナカタ君の指示は、私の指示と同義です。まずは様子をご覧になっていただけるとありがたいのですが」 「姫様にも貴重な時間を割いて見てもらうんだから、それなりに意味があることだと思ってるんだぜ?」  嘘ついたら承知せんぞ、と小言をこぼしながら、エマは二人のメイドに目を向ける。 「魔力の【防壁】を破る方法はいくつかある」 「何かしら、大きいエネルギーをぶつければそれで|仕舞《しま》いじゃろ」 「さすが、博識でいらっしゃる。別に魔力じゃなくたっていいんだけど、俺たちは魔導士だ。魔法を使うって前提で話をすすめるぜ」  言い回しが鼻につくのか、エマの表情は険しくなる一方。それを見て見ぬふりをしながら、シドは芝居がかった口調で説明し続ける。 「いわゆる『破壊力のデカい』魔法をぶつけりゃいい。一番手っ取り早いのが魔力の【放出】だが、あいにくウチのCCは、そんな素敵な魔法を使えない。だから、このままじゃアリーさんに手が届かない」 「まどろっこしいのう……」  エマのもどかしげな呟きを無視して、シドはカレンに目配せをする。小さく頷いたところをみると、もうそろそろ《《仕込み》》が効いてくる時間のようだ。 「先天的に魔力【放出】を使えない魔導士が、魔力【放出】を使わせるには、どうすればよいか。  一つは、魔導器の力を借りて、外側から強制的に魔力を吸い上げる」 「そんなもん、仕込んどる様子はないぞ?」  今日のローズマリーは、いつもの荒事で使うハーフフィンガー・グローブも、メイドの正装・白手袋も身に着けていない、正真正銘の徒手空拳だ。 「これから見せるのは、もう一つの方法だ」  言葉を切ったシドは、ジャケットの内ポケットから小瓶を取り出す。 「《《内側から》》魔力を放出するよう促してやったって、きっと同じことができるはず。  ……早い話が、おクスリを使えばどうか、って話だ」  小瓶に並々と残っている、淡青色の液体。  それを眼にしたエマの顔から一気に血の気が引いたのと、文字通り《《目の色が変わった》》ローズマリーが、右拳の一閃をもって【防壁】を打ち破ったのは、ほぼ同時だった。

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