藍より出でて藍よりも青く | 第一章 狩野村編
藍豆

第十二話 衝撃のアフロ

 途中、数人の訝《いぶか》し気な視線を受けながら才吉たちは廊下を進む。  すれ違う兵士は皆、深緑色のツナギの上に革製の防具を着用していた。 (これが遠那国の軍服だろうか。色がカブらなくてよかった)  ちなみに才吉のツナギは藍色で、背中と胸には二つ巴のマークが刺繍されている。このマークは藍音が自身と才蔵の痣を組み合わせて考案したもので、言うなれば拳聖の旗印のようなものだ。 (まあ、ぶっちゃけ日本の古い家紋とそっくりなんだけどね)  石造りの建物の中は最初薄暗く感じたが、慣れてくると逆に窓から射し込む光が眩しく感じる。  扉のない部屋の前に来ると、煉は中の兵士に取り次ぎを依頼した。 「どうぞ、こちらへ」  戻って来た兵士はそう告げると、先導するように再び奥に向かって歩いていく。  部屋の奥から続く短い廊下に窓はなく、壁に固定された照明が周囲を照らしている。よく見ると金属の枠にはめ込まれた円筒形のガラスに中で、いくつかの不揃いな塊が光を発していた。 (ん? ひょっとして魔光石《まこうせき》じゃないか)  才吉は一瞬足を止めそうになったが、不審な行動は避けなければと思い留まった。  突き当りには鉄で補強された木製の扉があり、案内してくれた兵士は何も言わずにその傍らに控える。  それを見届けた煉が扉をノックすると、中から入室を促す女性のくぐもった声が聞こえた。 「失礼します」  予想よりも広い部屋に入ると、そこには机に頬杖をつきながらジッと才吉を見つめる女性がいた。褐色の肌に分厚い唇、細い眉に鋭い眼光、いや、そんなことより異様に膨れ上がった髪型に視線が釘付けになる。 (うわー、リアルアフロ……すげぇ)  入口から数歩進んだところで煉が挨拶をする。 「お待たせしてすみません、守備隊長」 「ご苦労様です、煉」  その女性は音もたてずにスッと椅子から立ち上がった。 「さて、あなたが那須野才吉くんね?」 「あ、はい」  彼女の問いかけに、ようやく才吉はアフロから視線を外す。 「ずいぶん若いのね。わたしは安室雪江《あむろゆきえ》。以後お見知りおきを」 (ぶっ! アムロって言うよりアフロだよね)  微妙なネーミングでツボにはまってしまった才吉は、いまにも吹き出しそうに顔を引きつらせる。これはいかんと思い、煉の方に視線を逸らすと、なぜか彼は壁の方を向いて肩を震わせていた。  安室と名乗ったその女性は、軽々と机を飛び越え才吉の前に立つ。そのしなやかな動きは黒豹を連想させる。 (げ、僕より背が高いじゃないか。しかも髪型のせいで余分にでかい) 「あなた、あの拳聖の息子らしいわね?」  そう言って彼女は値踏みするように才吉に視線を這わせる。 「はい、その通りです」  彼女の眉がピクリと動く。そして踵を返すと一歩、二歩と才吉から距離を置いた。 「で、大事な身分証は難破《なんぱ》した時に紛失したと……」 「ええ、おそらくは海の底かと」  再び向き直ると、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。その顔はまるで道化の仮面のようだ。 「ふうん……。じゃあ、どうやって身元を証明してもらえるのかしら?」  一瞬、才吉と煉の目が合う。 (よし! 打ち合わせ通りの展開だ。この後マナ吸収の実演を見せれば拳聖の子だとわかってもらえるはず)  この世界では、魔法属性を遺伝的に引き継いでいる事例は割と多い。魔法の吸収は地球からの転移者だけが使える特殊能力。ならば拳聖との血の繋がりを示す証拠になると才吉たちは考えたのだ。  すかさず煉が口を挟む。 「アフ、いや安室隊長、それなら――」  だが突然、彼女が広げた手をバッと突き出し煉の言葉を遮った。 (な、何だ!?)  才吉は凍り付いたように彼女を注視した。その緊張が引き金となって、体のなかでマナの燃焼が始まる。  彼女は伸ばした右腕をゆっくりと動かし、才吉へと向ける。  その表情が悪魔のような笑みに変わったとき、すでに彼の感覚は研ぎ澄まされ始めていた。 「わたしが、手伝ってあげるわ!」  彼女が叫んだ瞬間、手のひらに緑色の光で描いたような紋様が浮かび上がった。  刹那、陽炎《かげろう》のようなゆらぎが生じ、瞬時に具現化した石の塊が彼女の手から才吉めがけて弾き出される。  だがこのとき既に、才吉は攻撃の軌道から外れるべく斜め前方へのステップを踏み出していた。上体をやや前のめりにさせつつ石をかわすと、魔法を放ったその手首を掴み取る。  そして踏み出した足を軸に身体を回転させ、力を加減しながら手首を極める。  この一連の動きは、彼女が放った石が壁にぶつかるまでのほんのわずかな時間の出来事であった。  通常は不可能な反応速度、おそらくはマナの恩恵によるものだろう。 (あちゃあ、思わずやっちまった)  避けなければ当初の予定通りマナ吸収の実演になったはずであったが、才吉はつい過剰な反応をしてしまった。  手首を極められた彼女はぐらりと片膝をつき、わずかながら苦痛に顔を歪める。だがその表情はすぐさま悪魔の笑みに戻る。 「やるじゃないか! ええ!」  手のひらに再び紋様が現れた瞬間、才吉の周囲の床にゆらぎが生じる。  とっさに手を放し、素早い足捌《あしさば》きで距離をとる。  ほぼ同時に、才吉が立っていたところ目掛けてツタのような植物が床から飛び出してきた。 (あっぶねぇ、間一髪! あ、また避けちゃった……) 「甘い!」  叫ぶ彼女のもう一方の手のひらには先程と同じ紋様が浮かび上がっていた。 (なっ、こいつ! 両手か!)  気付いたときにはすでに遅く、飛び出したツタが才吉に襲い掛かる。  反射的に防御の姿勢をとったが、彼の身体が縛り上げられることはなかった。ツタは身体に触れる寸前でたちどころに消え去り、それと同時にマナが体内に流れ込んできたのだ。 「へえ、それがマナの吸収ってやつかい?」  そう言ってますます恐ろしい笑みを浮かべる彼女は腰の得物《えもの》にスッと手をかけた。 (あれは、打撃武器! メイスか!?)  これまで竹刀や六尺棒を相手に練習はしてきたが、殺傷能力が高い武器は初めてだ。 (どうも途中で止めてもらえそうもない。血走った目で舌なめずりしてるし……。手加減は期待できないけど、マナによる身体強化でダメージは軽減できるはずだ)  覚悟を決め才吉も身構える。 「それまで!」  突如、耳鳴りがするほどの大きな声が響き渡った。  声の主は煉だ。彼はいつになく厳しい表情で、彼女に向かって言葉を続ける。 「安室隊長、もう十分でしょう。彼が拳聖の技を継ぐ者であることは証明されたはずです」  安室はメイスにかけた手を下ろし、攻撃の構えと解いた。 「……ふん、まあいいわ。認めましょう。ただし煉、あなたの監視下に置くことが条件よ」

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