英雄操機手の再搭乗 | 第三章 汎大陸天機兵博覧会
折口詠人(おりぐちえいと)

21 屋台料理

 新市街の屋台が建ち並ぶ一画に辿り着いたとき、一行はナイアスとリズの二人だけになっていた。  アイリーンとは偶然にはぐれたわけではない。  少し前の彼女の話ではないが、偶然、アイリーンの実家の取引先と出くわしてしまい、挨拶に時間を取られることになったための別行動だ。 「先生、それはなんですか?」  ナイアスが屋台で購入した串料理を、リズが不審なものを見る目つきで聞いてきた。 「イカの下足《ゲソ》の串焼きだけど……初めて見るのか?」 「ええ、まあ。……なるほど、イカの足ですか……。イカの胴体を使った料理は食べたことがありますが、足はこういう形をしていたのですね……。私はてっきり、何かゲテモノ料理なのかと」  シレーネ共和国の国土の大半は内陸にあって、この旧王都のように、地域によっては海産物とはあまり縁がない。とはいえ、競技向けの操機手だったころに、国内のあちこちを転戦していたナイアスからすれば、イカのゲソ焼きぐらいは珍しいものではない。  けれど、言われてみれば確かに、見た目はあまり良くない。  博覧会で人出が多いのにもかかわらず、客の寄り付きがあまりよくないのは、それが理由かとナイアスは納得した。  この店がイカの串焼きを提供しているのは、物珍しさがウケると判断したのだろうが……。店主と視線が合う。肩をすくめる店主の表情からして、リズの発言で失敗に気付いたのだろう。  素材の在庫都合にもよるだろうが、このままじゃ、別の串ものの屋台に変わるかもしれないな……。  そう考えつつ、まだ恐る恐る見ているリズに、ナイアスはゲソ串を一本差し出した。 「まあ、そう構えずに、ひとくち食べてみたらどうだ?」 「……そ、そうですね」  頷きつつも、リズはためらっている。 「味自体は胴体とそんなに変わらないよ」 「そうなんですか……じゃあ」  リズが、足の先をちょっとだけ囓りとる。 「毒味じゃないんだから……」  そのナイアスの言葉によってか、リズはさらに囓りとる量を増やして、はむはむと咀嚼する。そして、感想を、 「ううん、思っていたより……」 「——どのような味がするものですか?」  述べようとしたとき、唐突に割って入った影があった。 「イリスか? 久しぶりだな」 「……あれ? あなたはこないだの……」  長い黒髪の少女の姿を認めて、ナイアスとリズが口々に反応する。  そして、お互いに顔を見合わせる。 「先生のお知り合いですか?」 「リズの知り合いか?」  同時に口を開いてしまい、直後、お互いに譲り合うような素振りをする。  その間、イリスは首を横に傾けて、二人の行動を眺めていた。  結局、軽く咳払いをしたナイアスが主導権を取った。 「知り合いと言えば知り合いかな。大学で何度か話をしたことがある。リズは?」 「ええっと、私のほうは……こないだ話をした、道で倒れていた女の子が……彼女なんです」  ナイアスが話を振ったのに応えて、リズはそう説明する。  同時に、この少女が大学の関係者だったのなら、倒れているところを見つけたのも自然な出来事だったのだと、あの日起きたことに納得していた。 「倒れていたって、ああ、模擬戦の。まさか、イリスだったとは……って、お前、大丈夫だったのか?」 「そういえば、お元気そうでよかったです」  二人の問いかけが、イリスに水を向ける。 「先に、私の質問への回答をお願いしたいのですが」  ところが、当のイリスはというと、そんなふうに無感動に反応したのだった。 「ああ……ええと、このイカの足ですよね。美味しかったですよ、歯ごたえがあって」  半ば忘れかけていたイカの串焼きの味を思い出しつつ、リズが答える。 「歯ごたえがあって美味しい……ふむふむ、興味深いです。店主、私にも同じものを一本お願いします」 「聞いた意味あるのか……?」  思わず、ナイアスが呟くと、それに生真面目そうな口ぶりでイリスが返す。 「物事を理解するためには多角的な視点と分析が欠かせません」 「ゲソ焼きはそこまで大層な理解が必要なもんでもないと思うがな……」  支払いをして、店主からゲソ焼きを一本受け取るイリスを見ながら、ナイアスは呟く。 「ところで、ナイアス。イカとはどのような生物ですか」 「って、知らないのか? いやまあ、確かに知らないやつも多いだろうけどな……」  ナイアスが説明を開始すると、イリスは串焼きを口にしながら耳を傾けていた。  ふむふむ、と頷いているものの、その意識の大半は味覚に振り分けられている気がしたが、そこは見逃してやることにした。  そんな二人のやりとりを見ながら、リズは二人の関係がどの程度なのかを掴みかねて、首をひねっていた。と、すっと手を上げたナイアスが、イリスの頬に触れた。 「え」リズが目を丸くした。 「ほら、タレが付いたぞ。気をつけて食べろよな」 「むぐむご」  口を開けたまま固まったリズの前で、ナイアスが注意すると、イリスは口にイカをくわえたままで応じた。どうやら、問題ないと言ったようだ。 「ほっ……」  リズは思わず、安堵のため息を漏らして……自分のそんな振る舞いに驚いた。  もとより、リズはナイアスのことを知っていた。  自身が初めて見た天機兵の試合に出場していたのも、七年前の戦役で活躍したのも知っている。この国で最高と言える操機手で……子供心に憧れていた英雄だ。  けれど、それはあくまでも尊敬の気持ちだったはずで。  恋愛感情というほどのものではないと、そう思っていたはずだった。 「イリスも祭りの見物か? 一人で? ——だったら、一緒に回るか?」  でも、それが本心だとしたら。  この不快感——胸をちくりと刺すような痛みに、説明はつくのだろうか?  

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この作品の評価

64pt

面白かったです~。読み応えのある文章で、毎日一話ずつ読むのを楽しみにしていた作品なので、終わってしまって寂しい……。しかもまだまだ謎が残されてる感たっぷりで…。続き……是非とも続きを! 個人的にはリズさんの日常がもうちょっと見たかったです。あと、ナイアス先生と他の操機手の人たちとのやりとりとか。

2019.05.15 16:25

繭式織羽

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