9

次の日は、伯父さんの退院と石崎奉燈祭が重なり大忙しだった。奉燈祭は、キリコと呼ばれる高さ十四~五メートルの巨大な燈籠が石崎の街中を乱舞する、勇壮な祭りだ。そして、その日は石崎の家では親類縁者を招いて宴を催すのが常だった。ヤスも帰ってきて、俺と旧交を温めた。 夜になり、退院祝いも兼ねた宴が始まった。 "サカサイ、サカサッサイ、サカサイ、サカサッサイ、ソレイヤサカサー" 勇ましい祭りの掛け声に耳を傾けていると、イチロウ伯父さんがビール瓶を持って近づいてきた。俺のコップにビールを注ぎながら、彼はにこやかに、しかし、得体の知れぬ圧力を秘めた声で言う。 「そう言えばカズヒコ、お前、昨日の夜シオリを連れ出したんやって?」 マジかよ……バレバレじゃねえか…… 「あ、いや、別に、やましいことはなにも……」俺が言いかけるのを、伯父さんはすぐに遮る。 「なんも!いいげんて!責任さえ取ってくれればな!」 ……これは、外堀が埋められた、というヤツだろうか…… あ、そうだ、伯父さんに聞きたいことが一つあったんだった。 「伯父さん、吉田の家系に、神職だった人っているんですか?」 「おお、よう知っとるな」伯父さんは少し驚いたような顔になる。「俺の母方のじいさんが神主やってんて。その関係で俺のお母《か》んも一時期巫女をやっとったことがあるげん。だが、それ以降神職は続いとらんがな」 ……。 やはり、そうだったのか…… ――― すっかり酔っ払った俺は、祭りの喧騒を遠くに聞きながら、今夜の俺の寝床である仏間の布団に転がり、昨夜の出来事を考えていた。 あの後。 シオリの衣装と俺たちの状況を見た警官は盛大に勘違いしたようで、形式的な職質の後、苦笑しながら、 "気持ちはわかるが、野外は犯罪だからな" そう注意して俺たちを解放した。そして、帰り道。 "今日は、ありがとう……やっぱ、カズ兄ぃがいてくれて、ほんとによかった……" シオリはそう言いながら、潤んだ目で俺を見上げた。何かが胸に刺さった気がしたが、俺はそれ以上深く考えるのはやめた。 それはともかく。 ネットによれば、かつて石崎で火事が続いたことがあり、それを鎮めるために奉燈祭が始まったらしい。 ということは。 その火事は、ベトナム在住の「謎の存在」が時空を越えて爆弾を転送した結果だったのかもしれない。そして昨日、何故かまたそれが起きようとしていたのかもしれない。 位相欠陥というのは、調べたが正直さっぱり分からなかった。トポロジカル・ディフェクトと言うらしいが、宇宙の始まりの頃にできた「宇宙ひも」だとか、磁気単極子《モノポール》だとか言われても……なんのこっちゃ、という感じだ。ただ、どうもあの神社には、それに絡んだ何かがあるのかもしれない。ワームホールとか空間の歪み的な、何かが。 そして、ベトナムという国は、意外に宗教事情が日本とかなり似ているようだ。仏教やキリスト教もそこそこ広まっているが、神道のような土着の多神教的な宗教もそれらと共存しているらしい。そう考えると、確かにあの小屋は祠のようなデザインだった気もしなくもない。神を祀っている場所だったのかもしれない。「謎の存在」の本体はきっとそこにあったのだろう。 その「謎の存在」―― 自称「神」は、日本の神道の神に通じているか、もしくは本質的に同じ物なのかもしれない。「神」なのに文字しか通じない、というのも謎だが、考えてみれば俺たちもネットのやりとりは文字が主だ。アレはそういう方向に究極的に進化した知性体なのかも…… それにしても、随分物わかりのいい「神」で助かった。シオリがアンテナ役になったのは、彼女が神職の血を引く人間だったからだろう。かくいう俺にもその血は少し流れているわけだが。 そして、シオリの巫女装束も説得にかなり功を奏したようだ。まあ、「神」なんだから巫女属性があってもおかしくない、が…… だとすれば、シオリの巫女コスが結果的に石崎の街を救った、てことになるのか……マジかよ…… いや、ちょっと待て。 俺は恐ろしいことに気づいてしまった。 あの「神」は、「他に位相欠陥が利用できる時空」を探す、とか言ってたな。 もしかして、それが、例の石崎奉燈祭のきっかけとなった大火が起きた時代、なんじゃないのか? 俺たちが断ったせいで、「神」がその時代に爆弾を送る羽目になった、ということになるんじゃないのか? ……。 一気に酔いが覚めた。 なんてこった。 結局俺たちは、過去に全てを押しつけただけで、何も石崎の街を救っていなかったのかもしれない。 もちろん、それが本当に正しいのかどうかはわからない。でも十分あり得ることだ。 だけど。 もしその考えが正しかったとしたら、俺たちがああしなければ過去の大火が起こらず、その後の歴史そのものが大きく変わることになる。シオリも俺も生まれていなかったかもしれない。石崎奉燈祭も無かったかもしれない。だから、これで良かったんだ。 そう考えると、気分は少し楽になった。いずれにせよ、今の俺ができることは……過去の大火で犠牲になった人たちに、心の中で詫びるくらいしかない。 俺たちのせいで、すみませんでした。 ―――

ブックマーク

この作品の評価

3pt

Loading...