ドルフィンライダーの方程式 後編

その時だった。 ガツン、というショックが伝わる。 「!?」 何かがぶつかった、という感じじゃない。むしろ、何かにいきなり引っ張られたような…… まさか……? 俺は、マリリンを映していたカメラを一気にズームアップする。 フックには、命綱が付いたままだった。しかもそれは、ぴんと一直線に伸びている。 ということは……! その先に、マリリンがいる、ということだ! そうか…… あいつは、命綱を外したわけじゃない。リールのロックを外して飛び出したんだ。そして、命綱が最大長まで伸びて止まった反動が、さっきのショックだったんだ。 俺は嬉しくなった。さすがは未来の博士さまだ。ちゃんと考えているじゃないか! 「おい!マリリン!応答しろ!命綱をリワインド(巻き取り)するんだ!おい!」 だが、応答はない。考えてみれば、あいつの酸素ももうそろそろ切れる時間だ。気絶しているのかも。今助ければ、まだ十分間に合う。 俺はベルトを外し、重力下でも使えるヘヴィデューティータイプの命綱を持って、ハッチを開けて外に出る。無重力状態ではないので移動には慎重を期した。船底まで行きつくと、俺は自分の体をリールにしてマリリンの命綱を手繰り寄せる。 そして、俺はようやくこの手に彼女を抱きしめた。 「マリリン!おい、しっかりしろ!」 反応はなかったが、スーツ同士の緊急データリンクから、彼女の心拍と呼吸が途切れてはいないことが分かった。良かった……彼女はまだ生きてる! 「03コントロール!要救助者《サバイバー》をキャプチャーした!大至急上げてくれ!」 --- マリリンの目が開く。 「……ここは?」 「さくら2の第4医務室さ。君は助かったんだ」 俺は笑顔で応える。思っていたよりマリリンは美人だった。ただ、顔立ちには年齢なりの幼さがあった。 「その声は……スキッパーね!」マリリンが起き上がって言う。 「ああ」 「あたし……助かったんだね!良かった……」 彼女の目からみるみる大粒の涙がこぼれ始める。 「本当に、ありがとう……スキッパーのおかげだよ……あたし、死んでてもおかしくなかったのに……」 「なあに。君だって、最後の最後にやってくれたじゃないか。君が命綱のリールのロックを外して飛び出さなきゃ、ドッキングに失敗してたからな」 「え、何それ」マリリンが泣き止み、目をぱちくりさせる。「あたし、そんなことしてないよ。ただ、あたしがあそこで艇を蹴れば、艇が上に上がるかな、と思ってさ、頭を下にして命綱にぶら下がった状態で、思いっきり両足で蹴ったんだよね。そしたらいきなり吹っ飛んじゃってさ……命綱、切れたのかと思ったよ……それであたし、ああ、これは死んだ、って思って……そこから、記憶がない」 「……」 前言撤回。やっぱこいつ、何もわかってない。 「あのなあ。命綱にぶら下がった状態で蹴ったって、艇は上がらねえよ。それが出来たらプロペラントなんかなしで加速できるじゃねえか」 「え、そうなの?」 「ああ。ってことは……どうも、君が蹴りを入れた瞬間、リールのロックが壊れたみたいだな。もともと重力下用の装備じゃなかったようだし。まあしかし、そのおかげで君の意図通りにはなった、ってことだ」 「???よくわかんない……」 「いいか、生物だけじゃなくて、物理も勉強しておけ。宇宙で暮らすならな。それじゃ、お大事にな」 「あ、待って」 「え?」部屋から出ようとした俺は振り返る。 「スキッパーって、意外に若いね」 「はぁ?こう見えても三十過ぎてんだぞ。君の二倍近くは生きてる」 「そうなんだ。そんな風には見えないけど。でも、ほんと、ありがとう。あたしの命の恩人だよ」 「……」 俺はそれに応えず、黙って手を振って、その場を後にした。

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