7.7 まるで妹に甘いお兄さんね

「まず、私とムナカタ君は引き続き、研究機関の見学と研究者との意見交換に……」  カレンの宣言は形になることなく、物憂げなため息に取って代わられた。何か思うところがあると気づけないほうが問題視されるくらいにはわかりやすい反応だ。 「どうした?」 「……私たちが今日回ったのは、普通の見学ルートですわよね? 説明も当たり障りのない範疇でしたし」 「俺たちは医療に関しちゃ素人だから、当然といえば当然だな」 「時間は無限ではありませんわ。いっそのこと、全員で蔵書庫の調査に切り替えてもいいのではなくて?」 「そんなことはないと思うよ、お嬢様」  我関せず、とばかりに丸くなっていたクロだったが、なんだかんだいって話はちゃんと聞いているし、思うところもあるようだ。テーブルの上へ音もなく飛び乗ると、行儀よく座ってカレンを諭す。 「何が事件解決への糸口になるかわからないだろ? 見せてもらえるものは、ひと通り見ておいたほうがいい。秘匿された研究機関の内側なんて滅多にお目にかかれるもんでもないしね」 「それはそうかも知れませんが……」 「ただ、必ずしも二人で見て回る必要はない気がするね。どうだいシド君?」 「……そうかもな。カレン、明日は俺も蔵書庫のほうに出向くぜ」  クロの提案にあっさり乗っかったシドを見て、カレンは唇を尖らせる。   「私にだって調べ物くらいできますわよ?」 「お嬢様、せっかくあの金髪幼女が施設の見学をお膳立てしてくれてるんだ、それを|無碍《むげ》に扱って機嫌を損ねられたらことじゃないか」 「ことと次第によっちゃ出禁だな」  クロの助け舟に乗じて、追い出される可能性をほのめかしたシド。最もな意見に、カレンも強くは出れないが、ありありと不満を募らせている。|幼女《エマ》の機嫌を損ねる云々の前に、まずは目の前の|淑女《カレン》に納得してもらわなければ、話がまとまらない。   「そもそも、連中に会ってコネクションを作るって考えたら、あんたほどぴったりな立場のやつはいないんだぜ?」 「どういうことですの、ムナカタ君?」 「向こうからしてみりゃ、俺なんざ馬の骨。自営業の代表を名乗ってる、素性のよくわからない|兄《あん》ちゃんでしかねーんだよ。  それに比べてあんたはどうだ? |管理機構《ギルド》のエリート職員、同じ魔導士でも俺なんかとは格が違う。おまけに魔導士の間ではその名を知らないものがいない名家・ガーファンクル家の生まれときてる。あんたが名刺を出したときの奴らの反応を見なかったのか? 胡散臭いものを見る目つきが明らかに変わっただろ?」  カレンがお偉いさんの対応をする横で、シドはこっそり、彼らの振る舞いを観察し続けていた。  向こうも相当慣れた様子、なかなかボロを出す気配はなかったが、「ガーファンクル」の名に気づいた研究者数名の驚きと狼狽を、シドはちゃんと捉えている。研究者の中にも魔導士が一定数いる、という確信を得たのはその瞬間だ。 「……どうも肩書だけを見られているようで、気に入りませんわ」 「でも、そいつがなければ、俺達は最低限の情報すら手に入れられないし、研究者とのつながりも持てない。CCが蔵書庫に足を踏み入れることすら、たぶん叶わなかった」  イスパニアの魔導士なら知らぬ者のほうが少ない「ガーファンクル」という名家に生まれ、なおかつ果てしない努力の末に得た|管理機構《ギルド》のポスト。シドは魔導士としては優秀な部類に入るものの、元を辿れば異国の民で、よそ者だ。彼がどんなに乞い願っても手に入れられないものを、カレンはすでに手にしている。そんな素敵な武器を振り回さない道理なんてない。 「雇われの身だが、昔のよしみで言わせてもらう。  変なこだわりで目的を達成できなけりゃ、それこそ俺たちの負けだ。あいつらがあんたをどう見てるかなんて無視しろ。任務の遂行のためと割り切って、肩書でも親父さんの威光でも何でも使え」  シドのいささか乱暴な物言いに|反駁《はんばく》しようと言葉を探している様子のカレンだったが、やがて諦めたのか、少し弱い笑みを浮かべながらため息をつく。 「……あなたにはかないませんわね。昔と何一つ変わらない」 「そんなことはないさ。少しばかり、擦れたオトナになっちまった」 「あら、昔から、ちょっと物事を斜に見る癖はあったでしょう?」  見つめあう二人が昔話に興じそうな気配を敏感に察したのか、ローズマリーはあまりにもわざとらしい空咳をついて空気をぶち壊した。 「まったくもう、先生ったらだらしないんですから。美人に迫られて鼻の下伸ばすなんて何考えてるんですか」 「伸ばしてねーよ、誤解すんな!」 「ムナカタ君みたいな殿方からご好意を寄せられるのは、悪くありませんわね」  不敵に微笑うカレンを見て、今度はローズマリーが唇を尖らせる。小さく「まったくこの大人たちは……」と呟くが、当の大人二人には届かない。 「とりあえず、明日の話を済ませてください、カレンさん」 「ええ、そうしましょう。  明日は私が施設の見学と関係者との意見交換、お二人は蔵書庫で文献調査をお願いします」 「明日は人工魔導器官の研究を見る、って話だったよな?」  ちょっと待ってください、とローズマリーが二人の話に割り込む。 「それは、今日お二人が見学なさった内容と、なにが違うのですか?」 「今日見学したのは、どちらかと言えば生物学的なアプローチ……といえばいいのかしら?」 「『再生医療研究棟』で行われていた研究ってのは、乱暴に言っちまえば魔法使いが持ってる魔導器官の組織をそっくりそのまま培養して、人体に移植しちまえ、って話だろ? 明日見学するのは、もっと工学的な手法だ。魔導器官の代わりになる装置を作って、それを体に埋め込んで利用する」 「……なんだかSF映画みたいですね。でも、魔導士向けの義手や義足もあると考えれば、そちらのほうが実現に近い気がしますね」 「とはいっても、人体に備わった魔導回路とか魔力変換機構と接続して使う製品が普通だからな。根本的な問題は解決してない」 「根本的な問題って何ですか、先生?」 「魔力をどこから持ってくるか」  ローズマリーはメモの手を止めてうなずいた。 「確かに、魔力を単独で貯めておく技術って、聞いたことがありませんね」 「そういうことだ。いくら魔導回路や魔力変換機構を外部で調達できても、そこに送り込む魔力がなけりゃ意味がない。どんな形であっても、人間が部品として必要になる」  人間を部品として扱う、その言い回しが気になったのか、カレンが眉をひそめた。 「それは、いささか恐ろしい発想ですわね」 「……まあ、俺はあんたと違って、そういう現場にいたからな」  組織によって、構成員の扱いというものは大きく変わる。  隊員を「駒」として前線に派遣する外国人傭兵部隊にいたシドと、魔導士を「人材」として捉える魔導士管理機構にいるカレンでは、見解が異なるのは仕方のないことなのかもしれない。 「いずれにせよ、今日の見学で『魔法使いもどき』が生体由来の魔導器官を持っている可能性はほぼ消えた、と考えていいかと思うんだがどうだ?」 「同じ意見ですわ。私たちの子供や孫の代ならともかく、現状は魔導器官の移植はもちろん、培養や複製すらも不可能と言って良いでしょうね」 「そうすると、明日は人工魔導器官に関する文献を探せばよいのですね?」  問いかけに頷く二人を見たローズマリーがカップを片付け始めたのをみて、シドも一緒に腰を上げる。 「あら、もうお戻りになりますの?」 「ん、まあな。ちょっと考え事もしたいし……一人で、だぞ?」  ローズマリーが不穏な気配を察知したのか、トレイを抱えたまま、向こうからシドたちを睨みつけている。その様子に気づいたシドの取ってつけたような一言が、どうもカレンには納得行かないらしい。 「まるで妹に甘いお兄さんね」 「そうか?」  そうですわよ、と嘆息するカレンは、次の瞬間にはいつものように微笑んでいる。 「でも、私も大人ですから、ムナカタ君の意見を尊重しますわ。今夜はCCさんやクロスケさんと友好を深めようと思います」 「ぜひそうしてくれ。お姉さんにしか話せないことだって、きっとあるだろうからな」  それじゃ、と部屋を出てゆくシドを見送ると、カレンは人知れず俯いて寂しげに微笑んだ。

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