064 【 死闘(1) 】

「こちらも会うのは初めてですが……結構、私の事は覚えているようですね」 《 魔人はヨハンの事は忘れない 》 「その名は捨てましたよ。人として生きていくためにね」 言うや否や、後ろに跳躍して落ちていた|剣《フランベルジュ》を拾う。 また二刀流に逆戻りだが、針が飛んでこないのはありがたい。 ――が、|剣《フランベルジュ》から一瞬だけ手を離すと、間髪入れずに投擲針を投げてくる。 アブねぇ! 器用すぎるだろ! だがその針は目の前で切断され、力なく地面に落ちる。 距離は十分、あの程度ならエヴィアの触手で防ぐのも容易だ。 取り敢えずは少し膠着したって事だな。こいつには効きたい事が山ほどある。 「人として生きていくってどういう事だよ」 「父が死んだ時にそうなったのですよ。貴方にとって、何代前の魔王かは知りませんがね」 じりじりとヨーツケールから距離を離すケーバッハ。 「その様子では……貴方は随分無知のようだ。知っていますか? 歴代の魔王がなぜ死んだのかを。そこの魔人共に殺されたのですよ!」 音も無く跳躍したヨーツケールの左二本の鋏がケーバッハを襲う。 当たれば即死は間違いない、鉄のケンタウルスさえ葬った必殺の一撃。 「ぬうん!」 だがケーバッハは|剣《フランベルジュ》を交差してそれを受け止める。 金属と金属がぶつかり合う衝撃音が響き、押された奴の足が地面を抉る。だが少し妙だ……受け止められた? あの一撃が? 「さありゃー!」 両手の|剣《フランベルジュ》による乱打! 乱打! 乱打! 逆に猛攻を受け、ヨーツケールの黒い艶やかな体に無数の傷が作られていく。 完全に一方的な攻撃。反撃の暇すらなく、じりじりと後退するだけだ。 どう見ても劣勢だ。何かがおかしい……いつものキレがない。ヨーツケールはツンデレだから、言動と行動が一致していないのか? ようやく猛攻を左の鋏で受け止め、右の鋏による強烈なフックを放つ。重心ごと移動させた強烈な一撃……だがそれは易々と躱され、逆にその巨体は半回転して尻もちをついてしまう。 その一瞬の隙を見逃さず、ケーバッハがこちらに一直線に向かってくるが―― 「魔王!」 間に割って入るエヴィア。 しかし―― 「ぬぅん!」 勢いよく振り下ろしたケーバッハの|剣《フランベルジュ》が、エヴィアの左肩から|臍《へそ》までを一気に切り裂いた。 「エヴィア!」 だが出血は無い。白い餅の様な断面も、見えない何かに繋がれているようにじわじわと戻りつつある。 制止するケーバッハ、それを睨みつけるエヴィア。まるで一瞬時が止まったかのように硬直する。 「なるほど……むんっ!」 背をそらし両手を広げると同時に、ブチブチと大量の糸が千切れる音が鳴る。そのまま後ろに跳躍し、エヴィアから距離を取る。 ダッフルコートのあちらこちらに切れ目が見えるが、どう見ても金属質だ。ワイヤーを編み込んだ服。あれも鎧の一種なのか。 「やれやれ、このコートはもう作れる職人がいないのですがね。知っていますか、黒骨病を。あれで全員死んでしまったのですよ」 「悪いが知らないな。病気の事まで責任は持てないよ」 軽口を叩きながらも状況を確認する。亜人達は暴れるヨーツケールから離れるように周囲を開けているが、キョロキョロしているだけで理解できないと言った顔をしている。 エヴィアは触手で動きを封じようとしたのだろうが、上手くいかなかったらしい。先ほどの音は触手が大量に引き千切られた音か。 ヨーツケールもようやく起き上がるが、その口からは白い泡状の液体を垂れ流している。 ――しまった、疲労だ! 考えてみれば、ヨーツケールは殆ど休息をしないまま戦いっぱなしだ。しかもたった今まで、巨大な鋼鉄のケンタウロスと戦っていたばかりなのだ。 魔人と言えども休息は必要。一番最初に考えていた事なのに、いざ実戦で失念するとは何と愚かな事か! 「やはり魔人は強い。2匹も居てはなかなか目的を達成できませんな」 そう言いながらこちらをチラチラと見てくる。目的が俺の殺害なのは言うまでもないだろう。逃げるか戦うか……どちらの道も厳しいが、おそらくこの状況で逃げられるほど甘くはないだろう。 それに俺は今、どうしても聞いておきたい事があった。 「エヴィア、歴代の魔王が魔人に殺されたっていうのは本当なのか?」 《 そうだ、魔王よ。我ら魔人が殺した 》 代わりにヨーツケールが答える。 「なら俺も、いつかは魔人に殺されるのか?」 しばしの沈黙。そしてエヴィアがゆっくりとこちらを振り向く。 そこには、今まで見たことも無いほどに深い悲しみを湛えた瞳。 「もし魔王がそれを望むなら、エヴィアが魔王を殺すよ」 ……分かった。今はそれだけで十分だ。 「詳しい事は後で聞く。エヴィア、ヨーツケール、その男を殺せ!」 刹那、ヨーツケールが動く。残った体力を振り絞り、魔人本来の機敏かつ重厚な動き。 瞬間移動の様にケーバッハの眼前に移動すると、両上腕の巨大な鋏を振り上げ、落とす。 目で追えない程の速度で叩きつけられる5メートルの巨大な塊。 だが、ケーバッハはむしろこの時を待っていた。 左の鋏を交わすと同時に一閃――180度の弧を描くように振られた|剣《フランベルジュ》が、右上の鋏と胴の間、繋いでいる腕を切り裂いた。 それは完璧に決まったカウンター。今までの様に衝撃で外れたのとは違う、ゴトリと落ちた鋏は黒から白へと色を変える。 間髪入れずに音も無くエヴィアの触手が攻撃をするが―― 「少ないですな。もうネタ切れですか」 まるで意に介さぬと言うように突進すると、真上から垂直の一撃放つ。修復されたばかりのエヴィアの左肩から左胸までが、再びザックリと切り裂かれる。 「いったあぁぁ!」 「ほう、当たりましたか」 エヴィアの悲鳴と勝ち誇ったようなケーバッハの言葉。エヴィアが痛がった!? 普段は魔人同士の体に腕だの牙だの突っ込んでいるが、互いに気にしているそぶりはない。だが一度だけ、エヴィアが痛がったことがある。スースィリアがエヴィアにちょっとお仕置きのようなことをした時だ。 一回だけ、だが考えるべきだった。魔人には本体……弱点があるのか。 その背後から再びヨーツケールが攻撃するが、再びカウンターが一閃。振り向きざまに放たれた強烈な突きを左上腕に受け、今度も根元から切断されてしまう。だが―― ボキボキと金属と骨が砕ける音が響く。切り落とされた左の鋏が地面に落ちよりも早く、右の鋏がケーバッハの左腹を襲ったのだ。 咄嗟に|剣《フランベルジュ》で防いでいたが、その強烈な一撃を止める事は出来なかった。 魔力で強化された左の|剣《フランベルジュ》は砕け散り、小さな人間の体は軽々と吹き飛ばされる。 「ぐお!」 吹き飛ばされた勢いでオーガの壁に当たると、そのままピンボールのように跳ね飛ばされ大地に叩きつけられる。 左腕、肩、肋骨を砕かれ、折れた肋骨が灰を突き破る。吐き出された血が大地に大きな染みを作り、大の字の形でうつぶせに倒れたまま動かない。 これで終わりかと思われた――だが、終わってなどはいなかったのだ。

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この作品の評価

78pt

とりあえず1話だけ……。 と思ったら、一節一節読みたくなる! 続きが気になる! なすごく興味深い作品です。 えっどういうこと?! なんで?! とうまく思わせてくれますね! すごく面白い。 続きが楽しみです!

2019.02.25 20:27

皐月原ミナヅキ

3

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