出発直前

 「さて……と」  ベルトは椅子に座る。  それから、シルフィドの戦闘術について思いを巡らせた。  彼……いや、彼女の特徴……  心理戦、あるいは駆け引きと言うものが欠如していたのだ。  横から来ると思わせて……やはり横薙ぎの一振りが来る。  フェイントを使わない。それどころか、視線や表情といった動作の起こりと呼ばれるものを隠さない。  だから、事前に攻撃が読める。   実戦的な対人戦闘に乏しいのか?  ――――いや。あるいは……  それらが必要ではなかったのかもしれない。  フェイント、心理戦、駆け引き。  これらを必要としないほどに彼女は周囲から逸脱した強さを持っている。  そう説明されたら素直に納得するほどの力量を有していた。  「確かに面白い逸材だ」とベルトは笑みを零した。  ベルトへ彼女を預けたマリアの最終目標は冒険者ギルドを潰して新しい機関を設立する事……  だったら、今から対人戦闘を叩き込む必要はない。  何も相手は人とは限らない。むしろ、モンスターを相手にする方が圧倒的に多いだろう。  ならば、モンスターを相手にするための戦闘法を強化して、あとは今のまま伸ばせてやればいい。  短所は長所で補えばいいのだ。   フェイントも心理戦も駆け引きも必要をしない強者の極地。  対峙した者が反応できないほど剣速を与えてやれば……  そうベルトは夢想していたが――――  コンコンコンと三度のノックで現実に戻された。  「どうぞ?」  「はい、失礼します」と入ってきたのはシルフィドだった。  「どうでしょう? 似合いますか?」と彼女は尋ねる。  彼女は純白の鎧と真紅のマントの装いから着替えていた。  さすがに、この薬局で武装状態で店番を頼むわけにはいかないと、ベルトは彼女へ着替えを用意していたのだ。  白い絹のシャツ。麻で作られたズボン。  地味な服装だが、華やかな顔立ちと流れるような髪の美しさが引き立った結果、イケメン店員(だが……女性だ)になっている。  「あぁ、凄い似合ってるとも」  ベルトが親指を立てると、弾けたように笑みをシルフィドは見せた。  ・・・  ・・・・・・  ・・・・・・・・・  その日の深夜。  何者かがベルトの寝室に入り込んできた。  「……」とベルトはそのままベットで横になっている。  しかし、寝ているわけではない。  闖入者が入室してくる以前から……具体的は家に入る数分くらい前から、その人物の気配が近づいてくるのがわかっていたからだ。  「何の用だ? マリア?」  ベルトは上半身だけ起き上がる。  不意を突くつもりが逆に不意を突かれたためか、マリアの体がビクッと跳ねた。  「な、なんだ。起きてたの!」  そういう彼女の手にはライトと呼ばれる魔石を使った光源を発する道具が握られていた。  どうやら、寝ているベルトに光を当てて驚かせようとするつもりだったらしい。  「言い忘れていた事があるから、慌ててきたのだけれども……」  「それは、こんな深夜に忍び込んででも言わなければならない事なのか?」  「もちろんよ!」となぜかマリアは薄い胸を張ってみせた。  「言い忘れていたわ。第五迷宮のある人工都市オリガスに私も一緒に行くからね!」  「そうか……そんな事なら朝にでも……」  「……うん。そのことなんだけど、出発の予定が朝なのよね」  「朝? いつの?」  「明日……というよりも、もう今日ね」  「……」とベルトは無言で頭を抱えていた。

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