探し人をたずねて

 肩を怒らせて歩くウィゼルの後ろを、ルークはついて歩いた。  青の都は、大きな街だった。四頭引きの馬車二台分が余裕をもって通り過ぎられる道を大勢の人々が行き交っている。往来する人々は様々で、|駱駝《らくだ》を引き連れた旅装の男に、野菜の入った|大籠《おおかご》を頭に乗せて歩く|恰幅《かっぷく》の良い女。やせっぽっちの犬を追いかけまわす子供に、店の軒先で歓談する老女達がいる。それぞれが良いように話しながら通り過ぎてゆくので、道はさながら声を発する川のようだった。  街道に沿うように立ち並ぶ露店のどれもを無視して脇道に入ると、二人は古びた小屋の前で足を止めた。宿場の隣に建てられている|厩《うまや》があった。宿泊客が引き連れていた馬や|駱駝《らくだ》の|類《たぐい》をつなぎ留めておくための小屋だ。様々な動物たちが狭苦しい小屋の中でひしめき合っている。馬首を伸ばして飼葉を食むものや、半目を開けたまま寝ている妙に肥えた馬に、飼い主に手綱を引っ張られても動こうとしない|駱駝《らくだ》。草を|咥《くわ》えたまま二人をじっと見つめている毛むくじゃらの牛のような生物を、ウィゼルはぐるりと見まわした。 「ボラクは居ないわね」  頭と足は竜で、身体は馬、尾は|駱駝《らくだ》。馬よりも足が速く、頑健なボラクは珍しい動物で、飼育しているのは王侯貴族や裕福な商人ばかりだ。だから、そんなものが庶民の利用する|厩《うまや》に混ざりこんでいれば人の口に上がらないわけがない。ウィゼルは、それを心得ていたようだった。 「アルルみたいなやつは居ないんだな」  周りを見渡してもアルルのような竜は一頭もいないのが不思議だ。別の小屋に繋がれているのかと思えば、小屋は一つしかない。 (そういえば、俺達が泊まった宿の小屋にはアルルを入れなかったな)  アルルは街の外で放したことを思い出した。あの時は、大股で歩くアサドに追いつくのが精いっぱいでアルルのことを気にかける余裕なんてなかった。 「竜を放しておいて大丈夫なのか?」 「ええ、ちゃんと|躾《しつ》けてあるもの。それに、竜をこんなとこに泊めたら全部食べちゃうでしょう」 「……そんな怖いのをよく|御《ぎょ》せるな。怖くはないのか?」 「全然」  ウィゼルが、どこか誇らしげに鼻を鳴らした。 「確かに女の|荷運び《チャスキ》は珍しいし、|竜の民《ホルフィス》でもないのに、|竜の民《ホルフィス》の名を冠して竜を駆る私と関わると、大抵の人は|吃驚《びっくり》するのよね。でも、こんな無茶が出来るのはアルルのおかげだわ」 「確かに竜が|傍《そば》にいれば、悪漢の方が命の危険を覚えるな」 「そういうこと」  だから一人旅をしていても平気なのと、ウィゼルは笑った。 「傍らに竜がいるのは心強いが、そのせいで野宿する羽目になるのは、度し難いけどな」 「故郷を離れた|竜の民《ホルフィス》の扱いなんてそんなもんよ」 「なんで故郷を離れた。たしか、エル・ヴィエーラ聖王国の山奥に竜の里があるんだろう。そこで暮らしていれば、|荷運び《チャスキ》なんて大変なことをしなくてもいいんじゃないのか?」  不意に、気になった。ウィゼルはエルフなのに、どうして|竜の民《ホルフィス》と名乗っているのか。ルークは口にしかけた疑問を|咄嗟《とっさ》に飲み込んだ。ついさっきも己の舌禍でこの少女を怒らせたばかりだというのに、また気分を害させるような羽目になっては面倒になりかねないと分かっていたからだ。それを察したらしく、ウィゼルは苦笑した。 「私の家族は、|やがて芽吹く種を抱く者《ホルフィス》に拾われたのよ。だから彼らの里で育った私は、厳密には|竜の民《ホルフィス》じゃあないけど、|竜の民《ホルフィス》って名乗ってるの」 「家族が居るのか」 「正確には《《いた》》わね。もう何年も逢ってないけど……」  ウィゼルが微かに表情を曇らせる。触れてはならない話に土足で入り込んでいる自覚はあった。つられるように黙り込んだルークの肩を、ウィゼルが小突いた。 「なんだ?」 「何だじゃないでしょ。通りの邪魔になってるから、どきなさいよ」  振り返ると、若い女が急ぎ足で通り過ぎて行った。その後ろを、数人の男達が慌ただしく追いかける。罵声とも悲鳴ともつかない声を上げ、女と男達が人通りの多い路地を器用に縫い、走っていった。 「……ここで待っていて」  女の背中をずっとみつめていたウィゼルは、静かに言い放った。表情には、感情という感情が渦巻いている。怒鳴るわけでもなく、恐怖に取り乱す風でも無く。実に静かな、底冷えのする怒り。なまじウィゼルの面立ちが良いせいで、鋼の刃のような怜悧さすら感じる。気の弱い人間が目の当たりにすれば、軽く恐怖を感じる類のものだったが、一癖も二癖もある大人達に囲まれて育ったルークにとっては、恐怖を感じるようなものでは無かった。だから、さして怯むこともなく、追いかけようとするウィゼルの腕をつかんだ。 「止めておけ、巻き込まれるぞ」  彼女がこれから何をしようとしているのか、何が起こってしまうのかも、考えなくても分かりきっていた。 「心配ならここで待っていると良いわ」 「面倒事に巻き込まれたウィゼルを誰が助けに行くか分かっているか」 「《《だから》》よ。だから、貴方はここで待っていてと言ったの」  ウィゼルがルークの手を乱暴に振り払う。ルークをここに置いて行けば、少なくともウィゼルがルフの天秤に出くわしたとしても、ルークだけは逃げられる。ウィゼルの考えは、結局そういうことだ。正しくはある。誰も迷惑を被らないだろう。ウィゼル自身が危ない目に遭うというたった一つの点を除いては。険しい顔つきのルークを突き飛ばすと、ウィゼルは女の後を追うようにして裏路地へと消えていった。 「……これだから感情的な女は嫌なんだ」  まるで イブティサームのようだと、ルークは頭を乱雑に掻き毟った。激情にかられた人間に待てと言われて、大人しくいうことを聞いてやるほど、ルークは行儀の良い人間ではない。大きなため息を吐くと、ウィゼルの背中を頼りに走りだした。

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9pt

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